第5章 森の学校
§1 ツチノコやーい!
「まあ、もうこんなに大きくなったん? ヘビやトカゲと違うて、成長が早いなあ」
タヌエがツチノコの子供に、頬ずりしている。お宮参りの帰りらしい。
森の仲間たちにとって、久しぶりのツチノコの誕生だった。ツチノコも絶滅するのでは、と心配してきただけに、仲間たちはほっと胸をなでおろしていた。
人間は、ツチノコについて、本当のところは何も分かっていない。ツチノコの絵というのがあるが、そのひどさに思わず笑ってしまうほどだ。
ツチノコは謎に包まれた生き物と思われてきた。
四国のある村ではウソをつくと「またツチノコ言うとる」と、みんなから相手にされなくなる。あること・ないことを言う者は「ツチノコ人間」とレッテルを貼られる。いい意味では使われてない言葉だ。
長い歴史の間には思い出したようにツチノコブームが起き、人間はツチノコを捜し回ったものだった。しかし、飽きるのも早い。こうした人間の気まぐれで、ツチノコは実は、細々と生き延びてきたのである。
§2 ゆくえ不明
両親がタヌエと話し込んでいると、息子のツッチが大木の洞の中を飛び跳ねている。
「この間も、初めて脱皮した皮をどこかに脱ぎ捨ててな。『あれは神社に納めるものだ』と、今日も神主のシカに、えらい怒られました」
元気が良すぎると、親に苦労をかける。
「週末やから民宿の泊り客もあるし、見つからんようによく言うておかんとな」
タヌエは念を押した。
「あれ。あの子、どこ行ったんやろ。今そこにおったのに」
いくら探しても、ツッチは見つからなかった。
§3 山のごちそう
隆はタヌエの森を歩き回るのが好きだ。
森に行くと、いろいろな動物がいるし、いろいろな木が生えている。
秋になると、木の実が稔る。ドングリをポケットいっぱい拾っては、民宿のお客さんのお土産にした。森には隆が食べられるものもあった。野ブドウ、アケビ、ケンポナシなどを求めて、よく森で迷った。柿を見つけて食べすぎ、夜、お腹が痛くなったこともあった。
秋になったというのに、温かい日が続いていた。
隆はタヌエにあいさつをし、森に入って行った。
野ブドウを摘もうと手を伸ばした。カサッと音がした。ヘビだった。体を丸め、隆をじっと見ている。頭は三角形をしていた。太かったが短いヘビなので、田舎に慣れた隆は、可愛いと思った。
§4 隆、助けられる
もう一度、野ブドウを摘もうとした時、隆の前で何かが動いた。
フランスパンのバゲットやバタールみたいなものが立っていた。頭は小さかった。口に、先ほどまで隆の足元にいたヘビを咥えていた。ヘビは死んだのか、だらんとしていた。
「危ないところやった。これはマムシ、毒ヘビや」
と言いながら、短い手で死んだマムシを隆に見せた。
「ヘビは臆病やから、ほかの動物を見たら逃げる。まあ、逃げんと食べられるからね。でも、マムシは逃げん。毒を持っとるから、相手を倒すことだってできる。体が短うて頭が三角になっとるやろ。これがヘビと違うところや」
よく知っていた。そのものには短いシッポが、ちょこんと付いていた。サルやイノシシ、シカなどと違い、体に毛はなかった。
「あ、ボク、ツッチ。ツチノコや」
父親が言っていた動物だった。
§5 約束
「ボクは隆。パパとママが村で民宿やってるんだ」
ツッチは小さな口を動かし何度も、タカシ・タカシと言っていた。
山の秋の日は、暮れるのが早い。もう薄暗くなっていた。
「ボク、帰らなきゃ」
「タカシ。近くまで送ってやるよ。背中に乗りな」
別れ際、ツッチは言った。
「ひとつだけ、約束してくれない。ボクと会ったこと、誰にも話さないって。話すと、友達じゃなくなるんだ。もう会えなくなる」
民宿に帰ると、父親が玄関に立っていた。
「これから、お客さんと探しに行こうかって相談してたところなんだよ。どこで何をしてたの!」
隆は、実はウキウキしていた。知られないように、しょげてる真似をしていた。
「これ、ママの好きな曲。ママやパパが生まれるずっと前に出たらしいの。ピーター・ポール・アンド・マリー(PP&M)の『パフ(Puff)』って曲。海に棲む魔法の龍のこと歌ってるの」
母親がそれとなく、隆に話しかけてきた。なぐさめようと思ったのだろう。
曲はパフ、マジック(魔法の)、ドラゴン(龍)と繰り返していた。布団に入っても、隆の耳に残った。
(来週は、どんなことして遊ぼうか。しまった! ツッチの住所、訊いてなかった。どこへ行けば、ツッチに会えるのだろう)
そんなことを考えると、いつまでも眠れなかった。