表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大嫌いな先生のお試し妻になったら、謎に甘い生活が待っていました  作者: 遊井そわ香
第一章 天職検査の結果は……先生の妻!?
5/52

妻体験の相手は……

「妻って……どういうこと?」


 ベルシュから、当然であろう疑問が投げられる。


「天職検査で、わたしには妻の才能があることがわかったんだ。逆に言えば、妻の才能しかないとも言える……。えぇいっ! こうなったら、妻の道を極めてやろうじゃないの!!」


 わたしは両手で机をバンっと叩くと、勢い良く立ち上がった。

 吹っ切れた。迷いは微塵もない。天職結果に従ってみよう! ……ただし、ユガリノス先生じゃない相手と。


「実習内容は『妻』。実習先は『ベルシュパン屋』。これで決まり!! 運命は自分の手で切り拓くのだ。えいえいおー!!」

「なにを突然っ⁉︎ オレ、ノアナのこと友達としか思っていないし!」

「わたしはベルシュのこと、美味しいパンをくれる人だと思っているよ! 他のパンを見るな。オレのパンだけを見ろって言うなら、他のパンに浮気せず、ベルシュパンだけを食べ続けるから!」

「はぁ? オレじゃなくて、うちのパンを気に入っているだけじゃないかよ!」

「そうですけれど、なにか問題でも? ベルシュパン屋のパン、どれも美味しい。大好き。毎日食べられる。これはもはや、愛と呼んでいいレベル」


 わたしの人生を方向づける重要な話をしているというのに、ルーチェは腹を抱えて大笑いし、ベルシュは困惑したように顔を擦った。


「パンが好きだって言うならさ。確認させてくれ」

「いいよ」

「どうやってパンを作るか、知っている?」

「簡単簡単。小麦粉を練って、形にして、焼けばいいんでしょう?」

「どうやって小麦粉を練るわけ?」

「ええっ⁉︎ 考えたことがなかったけれど……。両手でこうやって擦り合わせて」


 両手を合わせ、前後に動かして擦る動作をすると、ベルシェの頬が引きつった。


「言い方が悪かった。材料を聞いたんだ。小麦粉はそれだけだとサラサラしていて、まとまらない。パンを作るには他の材料が必要だ」

「ああ、材料の話ね。最初からそう言ってよ。えぇと……クリームパンにはクリーム。チョコパンにはチョコ。もちもち白パンにはもちもち。メロンパンにはメロン」

「…………。パンを焼くときの温度は?」

「六千度」

「太陽かっ⁉︎」


 ルーチェからツッコミが入る。呆れ顔でため息をつくベルシュ。


「不合格。ベルシュパン屋とは破局だ」

「なんでっ⁉︎」

「パン職人になるには、知識と技術と経験が必要だ。それに、朝早く起きなくてはならない。お寝坊ノアナは、パンを食べる客にしかなれない」

「ガーン!!」


 朝に非常に弱いわたし。ベルシュパン屋に嫁ぐ夢は跡形もなく散った。


「まだ残っていたのか」


 死神の仮装をしているかのような、全身黒服男が教室に入ってきた。

 ユガリノス先生である。


「下校時刻はとうに過ぎている。早く帰りなさい」

「ノアナが、春休みの実習先を書けなくて困っているんです。妻体験をしたいようなんですが、家事ができないズボラなノアナでも、受け入れてくれる男っていますか?」

「ルーチェ、勝手に話さないでよ!!」

「しょうがないじゃない。職場体験実習をしないと、単位をもらえないんだよ。ノアナが二年生にならないと困る」

「自分ファーストのドライな人間だと思っていたのに……。わたしに熱い友情を感じてくれていたんだね」

「勉強嫌いなノアナのおかげで、試験で最下位にならずに済んでいるんだもん。ノアナが留年しちゃうと、あたしとベルシュで試験の最下位を争うことになっちゃう。万年最下位のノアナが必要なの」

「それが理由⁉︎ 友情はどこにいった!」

「友情ね。はいはい。ここにあるある」

「なんか適当! 流されている!」


 わたしとルーチェが騒ぐのを、ベルシェがニコニコ顔で見守っている。

 いつもの構図だけれど、違うのは、ユガリノス先生がこの場にいること。先生は、わたしの実習計画書を手に取った。


「体験職業……妻?」

「あ、あのっ! 特定の誰かの妻というわけではなくてですね。全世界に向けて発信しています。妻体験をさせてくれる人を、年齢限定で募集しています!」

「年齢限定?」

「はい。同級生限定です!」


 視線でベルシュを絡めとるかのように、じっと見つめる。

 ベルシュは青ざめ、鞄を抱えた。


「帰って、パンを作らないと!」


 ベルシュは駆け足で教室から立ち去った。

 

 わたしの前には運命の分かれ道がある。ベルシュの逃亡によって、ベルシュパン屋で実習する道は閉ざされた。残りの道は、三つ。

 ユガリノス先生の妻体験をするか。それとも、人気のないブラック会社で職業体験をするか。はたまた、もう一度一年生をやるか。


 重い沈黙を破ったのは、陰気な低音ボイスだった。


「家事能力の低そうな君を、体験とはいえ、妻をして歓迎する男がこの世にいるだろうか。爪楊枝のほうがまだ、需要があるだろう」

「なんて嫌味な発言! きぃーっ!!」

「それよりも、体験職業欄に妻と書くのはやめなさい。家事を体験したいなら、家政婦や清掃業務や料理アシスタント。はたまたベビーシッターなど、いくらでも書きようがある。なのに妻とは……。夫婦にしかできないことを体験したいのか?」

「夫婦にしかできないことって、なんですか?」

「私に聞くな」


 だったらルーチェに聞くしかないと顔を向けると、「知らないなんて五歳児か!」とのツッコミが入った。どうやらわたしは五歳児以下らしい。


「残念だが、一般企業は体験者募集を締め切っている。融通の効く個人事業主も、今から面接となると渋い顔をするだろう。人が寄りつかないブラックな職場しか残っていないぞ。労働条件の悪いところにいると、働くことが嫌いになり、生きること自体がつらくなる。労働環境は大切だ」

「だったらどうすれば……」

 

 先生は長いため息をついた。モジャ前髪が、吐息でふわっと浮いた。


「君はまったくもって、手のかかる生徒だ。仕方がないから、実習先に私の名前を書きなさい」

「は?」

「問題児の君を留年させたら、来期一年五組を担当する先生に迷惑がかかる。不本意だが、私が君の相手になろう」


 おとなしく聞いていたルーチェが悲鳴をあげた。


「ちょちょ、ちょっと、ノアナできるの⁉︎ 先生って極度の潔癖症だよ! チョークの粉が服にかかるのが嫌で、ほとんど板書しないっていうのに。人差し指で埃チェックされて、ネチネチと嫌味を言われるのが目に見ているよ!」

「…………」


 だが、他に道はなし。渋々、実習先の欄に『ユガリノス先生』と書く。

 運命に逆らおうとしたのに、結局、ユガリノス先生の妻体験をすることになってしまった。



 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ