負けられない戦い(前編)
本編はノアナの一人称でしたが、ストーリーの関係上三人称になりました。
読みづらかったらごめんなさい。
お昼休みの職員室。
人間嫌いオーラを放っているノシュア・ユガリノスに、用事なく話しかける者はいない。また誰もが、ノシュア・ユガリノスは孤独を愛していると思っている。
それだから、もしも魔法でユガリノスの心を読める者がいたら、驚いて腰を抜かすだろう。
ユガリノスは自分の机で珈琲を飲みながら、愛しの妻のことで悩んでいた。
(ノアナと旅行に行きたい。お試し結婚をして五ヶ月になるのだから、旅行に誘っても不自然ではないだろう。問題は、部屋だ。お試しとはいえ、気持ち的には夫婦なのだから、同室がふさわしい。だが、教師と生徒という関係性。さらには十三歳差。倫理的に考えて、同室はダメだろう。寂しいが、やはり部屋を二つとるのが無難だな……)
隣の席のフレオノーラが話しかけてきた。彼女は二年四組の担任である。
「ユガリノス先生、眉間に皺が寄っていますわ。もしかして、ノアナ・シュリミアのことで悩んでいます?」
「なっ⁉︎」
なぜ、わかった⁉︎ というセリフを、ユガリノスはすんでのところで飲み込んだ。だが言葉は飲み込めても、驚きが顔に出てしまった。
フレオノーラは笑顔で頷いた。
「来週、試験ですものね。ベルシュは四組になったことで、やる気が出ましたもの。一年生の頃は、ノアナ・シュリミアとベルシュ。どちらが最下位を取るかで毎回争っていましたけれど、今年はノアナが最下位で決定ですわね。ベルシュは赤点組も卒業するでしょうから、ノアナは一人寂しく赤点補習を受けることでしょう。あの子って、どうしようもない落ちこぼれ。脳みそを母親のお腹の中に忘れてきたに違いないわ。ダメ生徒に苦労しますわね」
ノアナとの旅行問題ではなく、試験のことで悩んでいると思われているようだ。
ユガリノスは安堵した反面、愛する妻を貶されておもしろくない気持ちになる。
「ノアナはダメな生徒ではない」
「教師の仮面を被ることはありませんわ。私の前では正直な胸の内を話してもいいんですのよ。ノアナのようなおバカな生徒の担任だなんて、ストレスが溜まるでしょう。今度一緒にお食事でもしません? 愚痴を聞きますわ。もちろん、二人きりで……うふふ」
フレオノーラは色っぽいウインクを寄越した。
明らかなお誘い。ユガリノスはこういう女が虫唾が走るほどに嫌いである。
「ノアナはできる子だ。バカにしないでいただきたい。脳をフル活用していないだけで、母親のお腹に知性を忘れてきたわけではない。今度の試験ではいい点数をとれるだろう」
「いい点数といっても……せいぜい二十点とか三十点でしょうね」
「いや、五十点とれる!」
フレオノーラは驚いて目を丸くした。ノアナの去年の試験の最高得点は、二十八点である。
「五十点は、さすがに無理ではありません?」
「いや、あの子は実力を発揮していないだけで、潜在的には五十点をとる能力がある」
「では、勝負しません? ノアナが五十点とったら、ユガリノス先生の勝ち。五十点とれなかったら、私の勝ち」
「勝負しない。教師たるもの、生徒の試験結果を賭けるなど言語道断」
「ふふっ。本当は自信がないのでしょう? だってノアナですもの。潜在能力があるといっても、筋金入りの勉強嫌い。おまけにやる気ゼロ。絶対に無理ですわ」
「私の生徒を侮辱しないでいただきたい!」
「あら。では、賭けましょう! ノアナが五十点とったら、謝罪しますわ。でも五十点とれなかったら……」
フレオノーラは意味深げに真っ赤な唇を舐めた。
「我が家のディナーに、ユガリノス先生をご招待します。お一人でいらしてくださいね」
「断ったら?」
「先生の家に遊びに行っちゃおうかな。うふふ」
「……わかった。この勝負、受けて立とう」
二人の会話を聞いていた教師らの間に緊張が走る。
あのノアナが五十点以上とれるわけがない。この勝負はフレオノーラの勝ちだ。
教頭は身震いをした。
「フレオノーラ先生は結婚願望が強い。ワインに睡眠薬を入れて、既成事実を作るつもりかもしれないぞ!」
この話は、人づてにフランソワの耳に入った。
フランソワは天職が名刑事であり、学年一の秀才。フランソワはノアナに教えるべく、二年五組へと走った。
中編は明日9時。後編は明後日9時に掲載します。




