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大嫌いな先生のお試し妻になったら、謎に甘い生活が待っていました  作者: 遊井そわ香
第一章 天職検査の結果は……先生の妻!?
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職業体験プログラム

 今日は終業式。明日から春休みということで、実習計画書を今日中に提出しないと家に帰れない。


「困ったぞ。うーん……」


 わたしは放課後の教室で、頭を悩ませている。

 春休みは宿題がない代わりに、職業体験実習が義務付けられている。

 そう、義務付けられている!!

 どんなにやりたくないと叫ぼうが、生徒の義務として、職業体験が春休みのプログラムに組み込まれているのだ。

 親友であり悪友でもある、ルーチェに尋ねる。


「ねぇ、ルーチェ。職業体験実習をしないとどうなるんだっけ?」

「単位がもらえないから進級できないよ。一生、一年生のまま」

「最悪だ……」


 わたしは鉛筆を握りしめたまま、おでこを机に打ちつけた。

 中退して働くつもりだったので、実習先を探していなかった。ユガリノス先生が学費を出してくれることになったが、それは昨日決まったこと。今から実習先を探しても、人気のないブラックな職場しか残っていないだろう。

 モジャ髪の妻以外、わたしには天職がない。これでは働きたい実習先があっても、書類選考の時点で不利。

 職業体験実習をしないと単位がもらえず、進級できないのなら、わたしはヨボヨボのおばあちゃんになっても一年生をやっている可能性がある。


「年下のクラスメートに『おばあちゃん。そこ、段差があるから転ばないよう気をつけてね』って気を使われたのに、うっかり転んで骨折して入院とか、あり得そうでイヤだ!」

「ちょっと、ノアナ! どんだけ一年生をやるつもり⁉︎ 実習先なんてどこでもいいじゃん。春休みの間だけなんだから、ブラックな会社だって……。あ、そういえば、昨日天職検査を受けたんだよね? どうだったの?」


 ギクっ!! 

 天職検査を受けに行ったことを思い出したルーチェ。

 親友ルーチェといえども、陰気でダサい嫌われ者のユガリノス先生の妻が天職だなんて言いたくない。

 どう誤魔化そうか悩んでいると、クラスメートのベルシュが教室に入ってきた。


「あれ? まだ帰っていなかったんだ」

「うん。やることがあって……」

「ノアナ。春休みの実習先が決まっていないんだって」

「えぇ? そういう人いるんだ。天職に関連した先で簡単に実習できるじゃん」


 ベルシュはわたしの前の机に腰をかけると、鞄からパンを取り出した。


「朝の売れ残りのパンなんだけど、食べる?」

「食べる食べる!!」


 ベルシュはパン屋の一人息子。店の売れ残りのパンをくれる、優しい男友達。

 クリームパンを食べていると、素晴らしい考えがひらめいた。


「そうだっ! ベルシュパン屋で実習をしてもいい?」

「あー……ごめん。実習者が五人いてさ。無理だと思う」

「そうなんだ。残念。ベルシュは、自分ちで実習するの?」

「いや、オレは他の店で働く。世界一のパン職人になりたいからさ。視野を広げたいんだ」

「向上心があるね」

「オレなんてまだまだ。ルーチェには敵わないよ。偽装問題で世間を騒がせている食品会社のお客様相談室で実習するなんて、すごいよな」


 ふっくらと焼けた丸いパンが人間になりました。と言いたくなるような、ベルシュの丸顔。その丸顔が、ルーチェに向けられる。

 チョココロネを食べていたルーチェは、得意げに胸を張った。


「まあね。あたしの天職は『伝説のクレーマー処理係』。伝説よ、伝説!! 食品会社は、その伝説への第一歩っていうわけ。噂によると、実習先であるお客様相談室では、働いていた人の九十五パーセントが病んで退職したらしい。これは、一般のクレーマーだけではなく、職場環境にも問題があることを意味している。つまり、外と内。ダブルクレーマーが存在しているのよ!! 実習前訪問をして、確信したわ。上司にクレーマー気質あり、と!! ふふっ、あの上司と対決できるかと思うと、ワクワクしちゃう。どんな闇を抱えているのかしら? 楽しみ。すべてのクレームがあたしのスキルになる。強敵クレーマーが、あたしの伝説を後押ししてくれるのよっ!」

「ル、ルーチェ。すごいな。突き抜けている……」

「同感……」


 恋をしている乙女のような、うっとり顔のルーチェ。

 ルーチェは変人の枠に入っていると思うけれど、天職というのは、他の職種の人からすれば理解し難いもの。

 ベルシュの天職はパン職人。女の子とデートするよりも、小麦粉を練っている時間のほうが好きらしい。太陽よりも早く起きて店に出すパンを作っているし、パンノートには新作パンのアイデアがぎっしり書いてある。

 わたしの母の天職は、園芸師。一緒に草むしりやったことがあるけれど、わたしは十分でをあげた。母は草むしりはやりがいのある仕事だと言っていたけれど、わたしには地味でつらい肉体労働だった。

 天職というのは他人からしたら、大変な作業だったり、おもしろみがなかったり、やる気にならないものだったりする。けれど当人にとっては、人生の時間を費やす価値のあるもの。


 わたしは白紙のままの実習計画書を見つめた。

 ルーチェの言ったとおり、実習先はどこでもいい。適当に書いても許される。

 たとえば『退屈師』を目指したいと書いて、実習先は自宅のベッドでもいいのだ。退屈を極めるべく、春休み中ベッドの中で過ごせばいい。

 だけどそんなことをしたら、新学期、情けない気持ちになるのが目に見えている。

 みんな天職検査を受けていて、どの仕事が自分に一番向いているのか。情熱を傾けたい仕事はどれか。人生に喜びを与えてくれる仕事はなにか。

 それを体験的に知るために、春休みの職業体験実習がある。

 みんなが瞳を輝かせて職業体験の報告をしているときに、「退屈な春休みでした」なんて、虚しい報告はしたくない。

 わたしだって、才能を活かした仕事がしたい。人生を豊かに輝かせたい。世の中の役に立ちたい。


「ねぇ、ノアナ。昨日、天職検査受けに行ったんだよね。どうだったの?」

「そうなの? オレも知りたい!」


 わたしは無言で、体験職業欄に『妻』と書いた。


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