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大嫌いな先生のお試し妻になったら、謎に甘い生活が待っていました  作者: 遊井そわ香
第一章 天職検査の結果は……先生の妻!?
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ジュリサス様の記憶

 白亜の別荘の正面には澄んだ湖が広がっていて、カモがのどかに鳴きながら泳いでいる。あたたかな春風に水面がそよぐ。

 先生は別荘の裏へと歩いて行った。追いかけると、別荘の裏には庭園があった。


「わあーっ!! 写真集に出てくる庭みたいで素敵! 歩いてもいい?」

「どうぞ」


 父は薬草師で、母は園芸師。両親の影響で、わたしも幼い頃から植物に関わってきたから、緑豊かな場所が大好き。

 スキップするような軽やかな足取りで、レンガの小道を歩く。

 小道の両側に植わっている多種多様な植物は、いつでも花を楽しめるよう、開花時期の異なる植物が組み合わさっている。その植物の合間に、キノコの形をした陶器が置いてある。

 大樹の下にはベンチがあり、アーチには薔薇の蔦が絡まっている。

 作業道具が入っている木製の小屋は、メルヘンの世界をイメージしたような赤い三角屋根と丸窓。

 赤い帽子が見えたので茂みを覗いてみると、とんがり帽子を被った置物の小人が立っていた。

 ラベンダーの根元に小さな家があって、その家の扉を開けてみると、木彫りのリスの親子が住んでいる。

 

「これって……」


 記憶の引き出しが開き、忘れていた記憶が浮上する。

 走って、ユガリノス先生のところに戻る。


「わたし、この庭知っている!! お母さんの仕事で、何回か来たことがある。キノコの陶器も小人もリスの親子も、わたしが選んだもの! わたしの好きなオーナメントを置いてもいいと言ってくれたのって……先生?」


 母は園芸師として、東南地区にある別荘の庭管理を任されていた。

 美しい庭なのだと母が誇らしげに話したので、草むしりの手伝いをするいう名目で連れてきてもらった。十分ほどで草むしりに飽きて、あとは遊んでいたけれど。

 遊び疲れて、ふと別荘を見上げたら──二階の窓に若い男性が立っていた。

 肩につくぐらいの、サラサラの金髪。菫色の瞳。王子様のように整った顔と、儚げな雰囲気。

 手を振ると、男性は慌ててカーテンを閉めた。だがすぐに窓が開いて、「君の好きなオーナメントを庭に置いてもいい」と叫んだ。


 わたしはこのとき、十四歳だった。男性の声を聞いたのは、これが最初で最後。

 その後。窓辺に立っているのを何回か見かけたが、彼は痩せぎすで、不健康な青白い顔色をしていた。病人なのだろうと、思った。彼は、わたしがいるときに庭に出てきたことはなかった。

 それから半年後に母が病気になり、別荘の庭管理人を辞めた。

 わたしは庭のことも、その男性のことも忘れた。


 記憶の引き出しから流れてきた、母の優しい声。

 ──お母さんも、ジュリサス様から聞いたわ。お言葉に甘えて、ノアナの好きなオーナメントを買いにいきましょう。


「そうだ……。名前は、ジュリサス様……」

  

 金髪ですみれ色の瞳。儚い容姿のジュリサス様。

 黒髪で碧眼。陰気な容姿のノシュア・ユガリノス先生。

 名前が違うし、髪と瞳の色も違う。

 

 わたしは首を横に振って否定した。


「違うよね。ジュリサス様って名前だったもん。先生のお兄さんか弟?」

「ジュリサスは……死んだ」

「そうなの? いつ?」

「昔」


 仕方なく答えているといった、重い口ぶり。わたしは口を噤んだ。

 誰にでも話したくない過去がある。そしてそれを共有できるほど、わたしと先生は親しくない。

 太陽が山際にかかる。風の冷たさに寒気がして、ブルっと震えた。


「中に戻るか」

「うん」


 先生に促されて、別荘内に戻る。

 エントランスに置いてある荷物が視界に入った瞬間、驚きのあまり言葉を失った。目にしている現実が信じられない。


「君が明るくて根が素直なのは、親御さんの愛情をたっぷりと受けて育ったからだ。親御さんとの思い出のある物を捨てる必要はない」


 ピンクうさぎのぬいぐるみを手に取る。

 ほつれていた糸も破れた穴も消え失せ、とれかけていた右耳がピンっと立っている。それだけじゃない。薄汚れていた布地が綺麗になっていて、まるで新品のぬいぐるみみたいだ。


「どういうこと? なんで、新しいぬいぐるみになっているの?」

「魔法で、新品の状態にした」

「ええーーーっ!!」


 山積みになっている荷物に目を走らせる。

 テーブル。椅子。ソファー。チェスト。台所用品。雑貨。衣類。本。靴。傘……すべてが新品に様変わりしている!


「どうして……」

「君の母親が亡くなって、四ヶ月だ。心の整理がついていないだろう。なのに、物を減らせなど、無神経だった。私は両親との関係が希薄でね。だから君の思いを汲み取ることができなかった。知らなかったとはいえ、汚いぬいぐるみだと言って悪かった。お父さんとの思い出、大切にしなさい」


 うさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。柔らかい耳が顔にふれる。お日様に干したような、ぽかぽかとしたいい匂い。

 ぬいぐるみをもらった日。お土産があることが嬉しかったけれど、それよりも二週間ぶりに父に会えたことが嬉しかった。抱きついて父の太ももに顔を埋めた。大きな手が、わたしの髪を優しく撫でた。

 ──お父さん、大好き!

 ──父さんは、もっともっと大好きだぞ!

 ──あたちのほうがもっと大好きだもん! 世界一大好き!

 ──父さんは、宇宙一ノアナが大好きだぞ!


 感極まって、涙がぽろりとこぼれる。


「先生、ありがとう。すごく嬉しい! 環境が変わった今が物を捨てるタイミングなのに、でも捨てたくなくて。だけど、綺麗な別荘に古い物を置くのは申し訳なくて……」

「君は心から両親を愛しているのだな。そして、両親も君を愛していた。羨ましい。私は、両親との関係を築けなかった。この世からいなくなってほしいと、願っている……」


 先生は話したことを後悔するように、鼻で笑い飛ばした。

 

「私の話などどうでもいい。それよりも、魔法で荷物を片付けるのはやめにする。妻体験実習の一環として、我々の手で荷物を運ぼう。引っ越しの後片付けというのも、妻の大切な仕事だ」

「うわっ! 最悪。イヤだ!」

「やらないのか?」

「はい。魔法でちゃちゃっとお願いします!」

「ふむ。やる気がないというわけだな。君は、引っ越しして一年たっても段ボールが山積みになっているタイプのようだ。片付けの項目、マイナス三十点。先ほどゴキブリ叩きの勇ましさとして二十点あげた。よって合計点は、マイナス十点」

「ふみゃあ! あ、あの、マイナス三十点じゃなくて、マイナス十点にして。お願い!」


 顔の前で両手を合わせる。つぶっていた目をチラッと開けると、先生の薄い唇の片端が上がった。

 嫌な予感がする。


「なるほど。マイナス点をもらってもいいから、片付けをしたくないというわけだな。随分と怠け者の妻のようだ。仕事のやる気度、マイナス五十点」

「ぼふー! 死んだ」


 妻体験、恐ろしい。最終日にはどこまでマイナスの点数になっているのだろうと、頭を抱える。

 すると先生は、交換条件を出してきた。それは、先生が魔法使いであることを秘密にするなら、魔法で荷物を片付けてくれるうえに、片付け項目をマイナス十点にしてくれるというもの。もちろんわたしは喜んでその条件を飲み、親友ルーチェにも話さないことを約束した。



 その日の夜。わたしは鼻歌を歌いながら、ピンクうさぎのぬいぐるみを枕の横に置いた。そして、ふと、違和感にとらわれた。


「このぬいぐるみ。お父さんからもらったって、先生に話したっけ?」


 話していないように思うのだけれど、でも話していないのに先生が知っているわけがない。きっと、話したのだ。それをわたしが覚えていないだけで。

 そう納得して、わたしはキングサイズのベッドで眠りに就いたのだった。


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