第九話
第九話 母親たちの独白 その一 鮎帰南
七月、東山家にあさ美の母、美幸の妹の南が訪ねてくる。
挨拶もそこそこに、南が切り出す。
「お姉ちゃん、悠輔ちゃんはあさ美をどう思っているのかしら?」
「妹から、気になる女の子になりかけてる、ってとこかしら」
「あさ美は悠輔ちゃんのお嫁さんになるつもりでいる。」
「そうみたいね。まだ中学生だから、そんなに決めかからないでもいいと思うんだけど。」
「あさ美は本気よ。単純な思い込みだったのが、ライバルが出てきたから、気持ちが明快になったみたい。他の人に悠輔ちゃんを渡したくないって。完璧な美人の多喜ちゃん、委員長で悠輔くんが好きそうな頭の良い都子さん、二人に劣っていると思うから、可哀想なくらい一生懸命よ。」
「それは私も感じる。あさ美ちゃんは明るい性格なのに、時々悩んでる。『二人に勝ってるのは胸の大きさぐらいだから、身体を好きにしてもらったら、お兄ちゃんは私だけを見てくれるのかな』って。」
「ちょっと。お姉ちゃん、けしかけたんじゃないでしょうね。」
「違うわよ。もちろん、止めたわ。男はセックスした女は自分のものだと勘違いするから、身体を許すのは、悠輔に好きだと言わせた後だって。『お兄ちゃんはそんな男じゃない』って反発したけど。あなたのその大きな胸をどういう目つきで見てるか、よく観察しなさい、って言ったら、思い当たることがあるみたいで、渋々ながら納得したわ。」
「まあ、悠輔ちゃんも年頃の男の子だもんね。」
「あさ美ちゃんの積極的な態度に刺激されて、都子ちゃんの淡い恋心がはっきりした愛情になった。多喜ちゃんも、弟扱いしていた悠輔を男性として意識するようになった。三人ともエスカレートしてるわね。悠輔はそれが分かってない。」
「そこなのよ。悠輔ちゃんは甘えん坊で、頼りない。」
「悠輔に不満があるの? あさ美ちゃんに相応しくないとでも?」
「そうじゃない。あんな真面目でいい子はいないわ。お姉ちゃんがやかましく言わなくても、横手高校で成績上位なんでしょ。私は昔からお姉ちゃんがうらやましかった。あんな育てやすい子を持って、どんなに幸せなんだろうかと。
それに比べて、あさ美は成績がよくない。ちょっと目を離すと遊んでばかり。将来が心配だわ。悠輔ちゃんがお嫁にもらってくれたら、こんな嬉しいことはない。」
「悠輔はあれで、けっこう面倒なのよ。放っておくと本ばかり読んで、人付き合いをしようとしないし。
あさ美ちゃんはいい子じゃない。素直だし、物の本質を見極める能力は大したものよ。学校の成績はともかく。私はあなたがうらやましかったな。あんな可愛い女の子、私は産めなかったもの。」
「学校の成績が悪いのが悩みなの。出来のいい子しか育てたことのないお姉ちゃんには、私の苦労は分からない。」
「どうしたいの?」
「だから、あさ美を悠輔ちゃんにもらって欲しい。お姉ちゃん、協力して。」
「まだ中学生よ。母親のあなたまで、そこまで焦って娘の将来を決めてしまうのは、いくらなんでも早すぎない?」
「私もそう思ってたんだけど、あさ美はそうじゃない。けなげに悠輔ちゃんを慕っている。」
「そりゃ、私だって、気心の知れたあさ美ちゃんがお嫁さんなら、嫁姑の気苦労もない。でも、悠輔はまだ結婚なんて考えてないわ。十代半ばですもの、女の子と楽しく付き合いたいとは思ってるでしょうけど、そこまでよ。
けどね、あの社交性のない男を好いてくれる女の子なんて、この先に現れるかどうか。ぼーっとしてたら、たちまち婚期を逃してしまうんじゃないかと心配もする。私もどうすべきか決めかねてる。
正直、もうちょっとは母親の私が可愛がってあげたいしね。あの子が小さいときは、仕事が忙しくてあまり母親らしいことをしてあげられなかった引け目もある。
最大の問題は、悠輔を好いてくれる女の子が、同時に三人もいること。三人とも素敵なお嬢さんで、悠輔にはもったいないくらい。たぶん、悠輔も選べないのよ。そもそも、選ばなきゃならない状況だって自覚があるかすら怪しいわ。」
「お姉ちゃんは,あさ美じゃダメなの?」
「そうじゃない。あさ美ちゃんは好きよ。でも、結婚は当事者の意思が一番でしょ。」
結論の出ない会話で、姉妹はお互いを見つめる。