第六話
第六話 男の友情
「豊くんと悠輔がケンカ? 珍しいわね」
東山家、暗い顔のあさ美は悠輔の母、美幸に成り行きを説明する。
「教室でお兄ちゃんに数学を教えてもらったの。そしたら豊さんが『俺にも宿題を教えてくれって』。」
春木豊は中学時代からの悠輔の友達。勉強ばかりで友達の少ない悠輔と、社交的でスポーツが得意、野球部の次期エースといわれる豊とは、性格は逆だけど妙にウマが合う。高校でも同じクラスになり、友達づきあいは続いていた。
「で、お兄ちゃんが『まったく手をつけずに、全部を聞きに来るな。自分でやってみて、分からないところを聞きに来い』って。
そしたら豊さんは『なんだよ、ケチくさい。可愛い「妹」にはデレデレして、男は相手しないのか』。
お兄ちゃんは『デレデレなんかしてない。お前こそ、すぐに俺に甘えて』。それで言い争いになって。
『お前は人付き合いが悪い。というか、他人に関心がない。だから友達もいない。最近は女の子に好かれてるから、自分がいかにわがままか、分からないんだろうな。』
『女を取っ替えひっ替えするヤツに言われたくない。』
悪口の応酬になって、
『もう、お前とは口きかない』『おお、清々するわ』って」。
「それはまた、極端な」、と美幸。
「二人とも意地を張り合って、何日も無視しあってるみたいなの。あたしのせいで、仲良しの二人がケンカ別れしちゃう。あたし、どうしたらいいのか分からない。」
「あさ美ちゃん、泣かないの。大丈夫。男を機嫌良くさせて、仲直りさせるなんて簡単。美味しいご飯を食べさせればいいのよ。あんな仲良しだもの、二人も仲直りしたいと思っているに違いない。きっかけさえ作ってあげればいいの。あなたも手伝ってね。」
翌朝、横手高校一年六組。あさ美は豊の席の前に立つ。
「この前は、あたしのせいでお兄ちゃんとケンカになってごめんなさい。お詫びにご飯を作ります。今晩、東山家に来てください。」
「あさ美ちゃんのせいじゃないから、お詫びなんていらない。なんで悠輔の家?」
「美幸おばさんが御馳走するからです。来てくれないと、あたしが叱られます。」
「言葉が妙に堅いと思ったら、お母さんの差し金か。あさ美ちゃんを困らせるのはよくないな。わかった、部活が終わったら、そのまま行くよ。」
その夜、美幸はにこやかに豊を招き入れた。腹を減らした青少年に凝った料理と品数はいらない。シンプルで調理の上手さが引き立つ定番が相応しい。お米は銘柄米でなくても炊きたてならいい。献立は唐揚げとポテトサラダ。そのかわり量は用意する。
「熱いうちに食べてね。下ごしらえはあさ美ちゃんがしたの。ポテトサラダの芋を潰したのもあさ美ちゃん。」
「いただきます」
横に座る悠輔にわだかまりはまだあるが、美幸の勢いと食欲に負けて、豊は箸を取る。
「うまい」
「でしょ。下味のタレの作り方と二度揚げのタイミングにコツがあるの。さあ、どんどん揚げるから、いっぱい食べてね。」
豊は、悠輔が呆れるほどの勢いでご飯をかき込んだ。
「ごちそうさまでした」
美味しいご飯をお腹一杯食べて、幸せな気分になる。つまらない理由で喧嘩を続けるなんて、馬鹿らしいことだ。
「さてと、悠輔。おまえ、豊くんに言うことがあるんでしょ。」
悠輔は豊の方を向く。今なら素直に謝れる。
「ごめん! 高校に入って勉強が難しくなって、担任の青山先生に叱られるとか色々あって、つい、おまえに当たってしまった。おまえに甘えていたのは俺の方だ。ほんと、すまなかった」
「いや、俺の方こそ。おまえの都合も考えずにいた。部活で疲れて寝ていまい、宿題してないのをおまえに助けてもらおうとか、虫がよすぎた。悪かった。」
「さあ、仲直りしたところで、デザートにしましょう。とっておきのアイスクリームがあるのよ」
「いや、もう、お腹いっぱい。」
「アイスは別腹よね」
給仕しながら、美幸はしみじみ語る。
「豊くん。ありがとう。悠輔は真面目ばかりで社交性がないから、あなたのような友達がいてくれて嬉しいわ。これからも、どうか仲良くしてくださいね。」
「こちらこそ。俺、いい加減なとこあるから、悠輔のような努力家は尊敬してます。つまらない意地を張って、大事な友達を失うところでした。お母さん、仲直りさせてくれて、有り難うございます。」
「よかった。よかった」あさ美が泣き出す。
「なんで、おまえが泣くんだ」
「だって、アイスが美味しいんだもん。違った、男同士はいいなあ、嫉妬するなあ。そうじゃない、仲直りできてよかった。」
感極まって言うことがごちゃ混ぜになっている。あさ美は泣きながらアイスをぱくついた。