表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/28

第四話

第四話 姑と嫁候補

 東山家の夕方。

 来客を告げるベルに応え、東山美幸ひがしやま みゆきが玄関を空けると、息子、悠輔が通う横手高校の制服を着た女生徒が立っている。

「初めまして。東山くんのクラスの委員長、神楽女都子と申します。東山くんへ、クラスの連絡事項のプリントを持って来ました」

「わざわざ有り難う。まあ、上げってちょうだい。悠輔は留守なの。たぶん本屋ね。好きな作家の新刊が出るとかだから、今頃は夢中で立ち読みしてるわ。遅くなるわね。」

美幸は返事も待たず、都子を応接間に招き入れる。

 都子は驚いた。高校生の親となれば四〇歳代であろうに、二〇歳代にしか見えない。しかも美人。

「お茶とコーヒー、どちらにする?」

美幸の気さくな物言いに都子の緊張が解けていく。

「では、お茶をお願いします。あの、お母様?」

「あなたにお母さん呼ばわりされる覚えはないわ。」

美幸ににらまれ、都子はおののく。その様子を見て美幸は笑い出す。

「ごめんなさい。ほんのお茶目よ。一度やってみたかったの、嫁と姑の争い」

「嫁だなんて、そんな」都子が赤らむ。

「おや、可愛らしい。冗談が過ぎましたね。初対面の気がしなくて。あなたの真っ直ぐな目線と姿勢に好感を持ったからね。委員長のことは悠輔から聞いているわ。成績優秀で真っ直ぐな性格の美人だって。想像どおりだわ。

 都子ちゃんと呼ばせてね。私のことはお母さんでいいわ。プリントは口実で、私に会いに来たのでしょ?」

 駆け引きのない実直な美幸の物言いが、都子の琴線に触れた。都子は直接的な会話が好みだと、この母親は瞬時に見抜き、実直に話しかけてくれる。ならば自分も真っ直ぐに話そう。

「はい。東山くんたちの話に出てくるお母様がどんな方か、会ってみたくて来ました。もっと怖い方を想像していました。」

「正直ね。ますます気に入ったわ。単刀直入に聞きます。悠輔を好いてくれている?」

「はい」

「普通の女は、好きな男の母親を敵視するものよね。悠輔は、はっきり言ってマザコンよ。」

「だと思います。でも、男はみんなマザコンです。好きになった男の大事な人を敵に回すなど愚かです。それに、乙原先輩やあさ美さんは幼い頃からお母様と親しくしているようです。二人に対抗するためにはお母様と親しくなるべきです」

「その年で、大した分析力と実行力ね。でも、そこまで明け透けに言っていいの?」

「お母様は正直な人を好むとお見受けしました。明晰なので、下手に装えば見抜かれて嫌われてしまいます。本音をさらけ出すのが得策と判断しました」

「この短時間でそこまで考えたか。見事ね。あなた、将来、私の会社に来ない? それともお父様の会社に入るが決まっているの?」

 美幸が複数の会社経営に関わっていると、後で都子は知った。

 都子の父、神楽女健造は観光業を主体とした地場企業、神楽観光の取締役をつとめる、市内の名士である。都子は、何かにつけてそれを言われるのが嫌だった。都子の出自を問わない同級生は、他人への興味が薄い悠輔ぐらいだろう。

 美幸の口調は、神楽女グループへの関心ではなく、純粋に都子個人が欲しいのだと感じさせる。家ではなく自分を見てくれるのだと、都子は美幸への好感を強めた。

「その時にお母様のお眼鏡に適いましたら。いまは、東山くんのこと、乙原先輩やあさ美さんのことをお話しいただけますでしょうか?」

「いいわ、都子ちゃん。あなたのこと、多喜ちゃんやあさ美ちゃんと同じくらい好きになったから、何でも教えてあげる。

 でも、その前に、私の疑問に答えて。悠輔のどこがいいの? 真面目で努力家だけど、他に取り柄のない。大した能力はないから努力の割に成績が上がらない。ただ勉強するだけの、地味で面白みのない男じゃない。あなたほどの才色兼備なら、もっと優秀な男を選び放題でしょうに。」

「あの生真面目さがよいのです。好きになってしまったのです。他人の心情は推し量れても、自分の心理は分析できません。お母様だって、東山くんが大好きでしょ?」

「そりゃ、母親だもの。あの子の駄目なところほど愛おしいわ。」

「東山くんは母性本能をくすぐるところ、ありますね」

「そうね。危うさを感じさせるときある。だからね、多喜ちゃんは、どうかすると私より母親っぽく、悠輔の面倒見るわね。悠輔はあさ美ちゃんの前じゃお兄さんぶるけど、本質は社会適応性が低いわ」

「乙原先輩って、どうして「お姉さん」になったんですか?」

「それはね……」美幸は悪戯っぽく笑った。

 気の合う二人の話は、延々と続いた。

 帰ってきた悠輔は、思いもしない取り合わせの二人の談笑に目を丸くした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ