第二四話
第二四話 決着
東山家。悠輔はあらたまって美幸の前に座る。
「結論を出したの?」と美幸。
「うん。今晩、三人に集まってくれるよう、連絡してくれない。無料通信システムとやらなら、一斉に知らせられるんだろ。」
「いい加減、携帯を持ちなさい。どこの世界に、彼女への連絡を母親にさせる息子がいるのよ。」
「どうせ俺はマザコンですよ。母親の裁量で嫁選びをしてもらってる、情けない男ですよ。ここまで来たら、最後まで見てもらうよ。」
「開き直ったわね。」
「親離れの第一歩だ。」
「そんなこと言うと、お母さん、泣いちゃう。」
「わざとらしい鳴き真似はやめろ、いい年して。」
ぶりっこが似合うほどに若く見えるのが、我が親ながら恐ろしい。
「悪い悪い。悠輔が他の女に取られちゃうと思うと、シリアスに耐えられなくて。本音を言えば、可愛いおまえを一生、私のものにしておきたいけど、そうはいかないものね。私の方が先に死んじゃうんだものね。
今晩六時にこの家に集合でいい?」
「頼む」
「で、誰を選ぶの?」
「その時に言うよ。」
その日は静かに過ぎていった。あさ美は横手高校に侵入してこなかった。都子は委員長としてしか悠輔に接しなかった。多喜が理由をこじつけて一年六組を訪れることもなかった。
三人の娘は、計ったように定刻一〇分前に東山家を訪ねてきた。美幸は何も語らず、茶の間に三人を通した。既に悠輔が座っている。
「三人とも、来てくれて有り難う。こんな素敵なお嬢さんたちが、俺みたいなダメ男を好いてくれるなんて、あり得ないよな。三人とも素晴らしすぎて、選ぶというか優劣をつけるなんてできなかった。それでみんなに迷惑かけた。ごめんなさい。」
悠輔は頭を避けた。
「決めたよ。ずっとそばにいて欲しい人は、あさ美だ。」
あさ美の丸い瞳から、涙があふれ出す。
「あたしでいいの? 頭が悪いから、お兄ちゃんが困ったときも助けてあげられない。気の利いた会話もできない。それでも、いいの?」
「かまわない。俺の方こそ、ダメ男で苦労をかけると思う。
多喜姉さんと一緒なら、一生面倒を見てもらえるだろう。都子と一緒なら、立派な仕事が出来るかもしれない。
でも、そばにいて助けあいたいと思える女はあさ美なんだ。たくさん失敗して苦労かけちゃうだろうけど、好き合っていれば、何とかなるさ」
「うん、あたし頑張る。まずは高校受験ね。お兄ちゃんと同じ高校に通うの。」
多喜と都子はサバサバした表情をしている。予想があったのか、吹っ切れたのか。
「このドタバタでないがしろになっていました。あさ美、受験前に申し訳ないことをしました。」
「姉さん、切り替えが早い……」
「というか、入学試験まで二週間。あさ美さん、あなた、大丈夫なの?」
「都子まで。」
「この間の模試ではB判定とC判定の境ぐらいだった。担任の先生からは、ランクを下げた方がいいって言われたけど、強引に願書を出してる。」
「悠輔くん、あなた何やってるの。大事なお嫁さんのピンチよ。ちゃんと勉強教えてあげなきゃ。」
「あさ美にかまってると叱られてたような気がする……」
「ズルズルと結論を出さなかった悠輔くんが悪い。恋敵を貶めて受験を失敗させたとあっては、女が廃ります。今日から、私が英語を教えます。」
「よく言いました、都子さん。それでは社会科はわたくしの受け持ちですね。あさ美、安心しなさい。横手高校受験の傾向と対策は生徒会にそろっています。わたくしが必ずあなたを合格させてみせます。」
「社会科は俺が……」
「おまえのは講談で、受験対策には間に合わないわ。数学と理科は私の担当ね。多喜ちゃん、入学試験の過去問題のデータを都子ちゃんと私にも送って」
「母さんまで」
「悠輔、感謝しなさい。これほどの講師陣が組めるのは奇跡よ。」
「感謝するのは俺じゃなくて、あさ美の方じゃ?」
「お兄ちゃん、まだ分からないの? どういう選択をしても、みんな、お兄ちゃんが大好きなの。あたしの幸せは、パートナーのお兄ちゃんの幸せ。みんな、あたしたちを認めてくれたのよ。」
「あさ美、泣いてる暇はありません。勉強を始めます。苦手箇所の克服からね。模試の結果とか、家にある?」
あさ美がうなずく。
「妹に持ってこさせるわ」と美幸。
高密度の二週間となった。多喜が組んだプログラムを都子が的確に実施した。『教育者としての経験は若い先生よりありますよ』と豪語した美幸の指導力も卓越していた。
あさ美は短期間でめきめきと試験対策を身につけた。
そして、春が来た。
横手高校二年三組。始業前の準備をする悠輔の前に、真新しい制服の一年生が立つ。飾り気を極力排除した地味なセーラー服はちっとも似合っていない。それでも丸顔の可愛らしさがあふれる。短めのスカートを翻して言う。
「お兄ちゃん、物理教えて」
「入学早々、おまえは。理科は母さんに教えてもらえ。」
「お兄ちゃん、受験勉強の間、かまけなかったのを、まだすねてるの? そんな暇なかったのは分かるでしょ。
あんな詰め込みの受験勉強は、もうこりごり。あたしは分かりやすく教えてくれるお兄ちゃんがいいの。」
「あさ美、聞き捨てならないわね。私の受験指導が間違っていたとでも?」
進級しても悠輔の隣の席になった都子が声をかける。
「そうじゃない。おかげで合格できたんだもの。都子さんは公正で信義に厚い、尊敬できる人。大事なお姉さんだと思ってる。」
「……この子、あんがい人たらしね。」
都子は眉間を押さえる。あさ美は続ける。
「でも、なにより、あたしはお兄ちゃんが好き。おかげでお兄ちゃんと同じ高校に通える。これでもう「他校の生徒は出て行け」と言われなくてすむわ。有り難う。」
「勉強、見てやるんじゃなかった。」
「心にもないことを。」
いつの間にか後ろにいる多喜が声をかける。
「また、悠輔くんのお弁当ですか? 前生徒会長。」
「いいえ、生徒会の引き継ぎの日程を知らせに来たのです、新生徒会長。」
「わざわざ来ていただくほどの用事ではないのに。」
「面白いものが見られそうな気がしまして。予想どおりでした。」
「おい、悠輔。去年と同じような光景だけど、決着をつけたんじゃなかったのか?」
今年も同じクラスになった豊が当惑顔で声をかける。
「俺は決着つけたんだ。けど、多喜姉さんも都子も――母さんもだけど、心配で黙ってられないんだって。あさ美は三人になついちゃって、何かと相談したりしてるんだ。」
豊はどう言っていいのか分からず、あきれ顔になる。
「東山くんを心配している人は、もう一人いますよ。」
今年も担任となった光里が教壇から声をかける。
「後で職員室に来なさい。いきさつを説明してもらうわ。まったく、君ときたら、相変わらずね。英語は欠点すれすれのままだし。」
光里はクラス編成について校長から言われたことを思い起こした。
「『東山悠輔と愉快な仲間たち』はひとまとめにして、青山先生に担任をお願いします。」「東山くんと神楽女さんは別のクラスにした方がよくないですか? 神楽女さんは恋愛感情が先に立って過敏な行動を取る傾向があります。」
校長は静かに諭した。
「青山先生、そうではありません。東山くんの方が情緒不安定な傾向があります。瓜生先生に暴力をふるいかけた件をお忘れですか? 神楽女さんがいれば、東山くんは短気を起こさないでしょう。男の友達が少ない東山くんには、春木くんのような快活な友達が必要です。
聞くところによれば、新入生の鮎帰あさ美さんと東山くんは将来を約束したほどの関係だとか。昨年度もちょくちょく校内に侵入して、男子生徒の注目を集めているそうですね。校内での不純異性交遊――不純ではなくなるのですかな、お嫁さんとなれば。しかし、校内で露骨な異性交遊は困るのです。
常識のある神楽女さんと春木くん、これまで彼らを指導してきた青山先生がいれば、東山くんを正しく導けるでしょう。」
「校長、やけに東山くんにこだわりますね。どこからか、妙な圧力がかかってるんですか?」
「まさか。有望だが危うい生徒を正しい道に進ませたいと考えているだけです。」
言いながら、校長の眉がかすかにだが上がったのを、光里は見逃さなかった。何かあったのだな。
「青山先生こそ、東山くんにこだわって、頻繁に個人授業をなさっていますね。彼には、どうも一部の女性に、尽くしたいと思わせる気質があるようです。それで問題を起こさないよう、当事者の一人といってよい、青山先生に指導願いたいのです。」
額面どおりに受け取って良いものか。ともあれ、今年も問題児の担任となる。溜息をつきそうになりながら、うれしさがこみ上げる光里であった。その感情で自覚した。たしかに、自分は東山悠輔にこだわりすぎている。
「はい、ホームルームを始めますよ。三年生と一年生は自分のクラスに帰りなさい。お嫁さん、東山くんから離れなさい。」
「『お嫁さん』だって。やったぁ、学校公認。」
あさ美は飛び跳ねる。都子は眉間を押さえる。
「皮肉も通じないの、この子は……」
光里はつぶやく。どう「指導」していけばいいのか。
「先生、こんな言葉をご存じですか?」
多喜が近寄る。多喜に苦手意識のある光里は軽く顔をしかめる。この「ただの高校生」は何をやったのだ?
多喜は光里の感情に気が付かぬ風でささやく。
「恋の病に薬なし」
「自分のクラスに帰りなさい!」
あきれ顔のままの豊が悠輔に話しかける。
「悠輔、さっきから気になってるんだが。おまえ、「お嫁さん」になったあさ美ちゃんに、まだ「お兄ちゃん」と呼ばせてるのか? あっちの方はどうなってるんだ?」
あさ美が悠輔にくっつきながら答える。
「お兄ちゃんはね、妹にしか欲情しない変態さんなんだよ。」
「誤解を招くようなこと言うな。まだ何も……」
皆まで言う前に、悠輔は怒り狂った男子生徒たちにもみくちゃにされた。
(了)




