第二〇話
第二〇話 チョコレート戦争
二月一四日、バレンタインデー。
横手高校の校則、「授業と学校行事に関係のない私物は校内に持ち込まない」を適用すれば、チョコレートの持ち込みはできない。はずなのだが、規制が緩い校風のため、休み時間にこっそり渡すぐらいは教師もお目こぼししている。生徒もそれが分かっているから、半ば公然とチョコのやりとりが行われている。大っぴらに見せたり、渡すのに時間がかかって授業に遅れたりすると没収されるが。
朝礼前、例によって、あさ美が悠輔に取り付く。
「はい、お兄ちゃん」
大きなチョコレートを差し出す。包装紙が店の物でないから手作りだろう。その露骨さに悠輔がたじろぐ。
「そういうものを校内に持ち込んじゃ駄目なの。校則違反。」
都子の叱責にあさ美が口を尖らす。
「あたし、この学校の生徒じゃないもん。」
「なら、学校から出て行きなさい。あなたは毎度毎度、勝手に入ってきて。」
「いいじゃない。学校はコー権力が及ばない、チガイホウケンがあるから誰が入ってもいいんでしょ。」
「どこでそんなデタラメを覚えてくるのよ。」
都子は眉間を押さえる。
「まあまあ、委員長。穏やかに諭せば分かることですよ。」
興奮して視野が狭くなった都子が気づかないほど、静かに教室に入ってきた多喜が声をかける。
「生徒会長はどのようなご用件で?」
「いつものように、悠輔の忘れ物を届けに来たのです。」
「弁当ならちゃんと持ってるよ」と悠輔。
「これですよ。」
多喜はセカンドバックからマフラーを取り出し、抱きつかんばかりにして悠輔の首に巻く。男子生徒からは嫉妬のうめき、女子生徒からは黄色い声が上がる。多喜の三つ編みが手に当たった悠輔はビクリとなる。
「そんな忘れ物がありますか」。どう見ても新品の手編み。
多喜は都子の抗議を受け流して続ける。
「それとこれも。」小ぶりだが有名ブランドの高額なチョコレートを取り出す。
「お昼ご飯のデザートです。勘違いで没収されないよう、鞄に入れやすい物にしたわ。」
「そんな言い訳、通用しません。」
「校則はお弁当の内容まで規定してないでしょ?」
「生徒会長が詭弁を弄して。学校を乱しているのが分からないのですか。」
「委員長、こんな言葉をご存じ?」
多喜は都子の耳元でささやく。
「恋は盲目。」
あまりの明け透けに都子は絶句する。あさ美も言葉を失う。
言い争いになりかけるところを、いつものように、ホームルームを始めると光里が多喜とあさ美を追い払ってお開きになる。
怒りが収まらない都子は、放課後、東山家を訪ねた。委員長という立場上、校内にチョコレートを持ち込めないから、最初から家まで行って悠輔に手渡すつもりではあった。
悠輔は不在だった。多喜のマフラーを見た父親の剛は、それだけでは寒かろうから冬服を買うと、面倒くさがる悠輔を無理に連れ出したのだ。せっかく帰ってきたんだから、たまには父親に付き合え、と。
「おかげで私もまだチョコを渡してないのよ。手作り、上手にできたんだけどな」と美幸。
「予想はしてましたけど、息子というより思い人のようですね。」
「そりゃ、あれほど好感度の高い男はいないもの。あなたもそう思うのでしょ?」
「はい。」顔を赤らめながら都子は答える。
「あなたは賢くて計算ができるうえに正直。悠輔のことで暴走するのを除けば、気持ちのよいお付き合いができる。」
「恐縮です」
「で、何があったの?」
都子は今朝の経緯を説明した。
「多喜ちゃんも、あなたに悠輔を取られそうと思ったら、自分の思いが姉としてではなく、恋だと認識しちゃったのね。『恋は盲目』とは、よく言ったわ。普通なら、そんな無茶をする子じゃない。確信犯もいいとこだけど。
あさ美ちゃんはもっと必死ね、自分は頭が良くないとのコンプレックスがあるから。成績優秀な二人に勝つために、過激なことをしなければいいんだけれど。」
「私が悪い?」
「そうじゃない。あなたは悠輔に迷惑をかけたくなかったのでしょ。事があからさまになれば、チョコを没収されて叱られるのは悠輔ですものね。ちゃんと考えて行動しているのに、ルールを無視した二人に出し抜かれた。悔しいでしょうね。我慢も限界。」
「はい。」
「でもね、三人とも大事なことを見落としているわ。悠輔がチョコをもらったぐらいでなびくかしら? 悠輔に選んで欲しかったら、物じゃなく、自分がどれだけ悠輔のためになる女かを強調すべきね。」
「確かに。」
「ラブコメもこの辺が潮時かもしれない。本当は、私があの子の世話ができなくなるくらい年寄りになるまでは、母親という恋人のものにしておきたいけれど。そうも言ってられないようね。今日は問題にならなかったけど、求愛が段々と激しくなって、取り返しの付かない事態を起こす前に、決着をつけましょうか。
それぞれが自己アピールをする場を設けましょう。それを元に、誰を伴侶にするか、悠輔に選ばせます。」




