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第一九話

 第一九話 夫婦の会話

 「悠輔の将来? あの真面目な努力家なら、どういう進路を選んでも大丈夫だろ。」

 男親は気楽だな、と思いつつ、美幸は綺麗な眉を上げて剛を見る。

「そっちじゃなくて、お嫁さんのこと。」

「まだ、高校一年生だろ。まさか、子供ができたとか。いや、悠輔も男だからな。いやいや、多喜ちゃんはそんな隙を見せはしない。あさ美ちゃんは……まだ中学生だろ!」

「違います。まだ、そういう関係じゃないわ。でも念のため、避妊の仕方は教えといた方がいいか。いや、下手な教え方したら逆効果かな。いっそ性欲の処理は私がしてあげようか。」

「おい!」

「冗談です。」

「淫靡な目つきが本気に見えたぞ。息子に手を出すほど欲求不満か。長い出張でしてないからな。布団敷け。」

「話がそれたわね。」

「おい!」

剛は股を広げる。ふざけたやりとりに、美幸は幸せを感じる。ああ、この人はいつまでも私を好いてくれる。付き合いが長くなるほどに、私はこの人が好きになる。

「早くその立派なものを入れて欲しいけど、話の後でね。さきに悠輔を好いてくれる女の子の話よ。」

「面倒見のいいお姉さんの多喜ちゃん。お兄ちゃんのいいとこ取りの、妹のあさ美ちゃん。三人きょうだいのつもりが、思春期になって、実は男女だったと意識した三角関係ってことなら、さほど心配することもあるまい。恋愛になるかもわからんだろ。

 もうひとり、神楽女さんちのお嬢さんで、事態が変わったか?」

「その三人目の登場が問題なの。悠輔のクラスの委員長だってのは言ったわね。」

「横手高校は、たしか成績順でクラスの役員を決めるんだったな」

「そう、神楽女都子ちゃん。入学試験以来、成績は一番のまま。現国と日本史は悠輔の方が上だけど、あの子は英語がダメだから、総合成績では随分と下になっちゃう。将来を見据えてるし、あの見識の高さは高校生とは思えないわ。すぐにでも会社経営ができそうなくらい。おまけに美人。」

「神楽女健造さんのお嬢さんが、そんなに才女なのか?」

「ちょっと凄いわ。神楽女さん夫妻の長所だけを引き継いでる娘よ。でも本人は神楽女観光を引き合いに出されるのを嫌がってる。親の七光りなしで自立するのを目指してるし、それで十分に通用しそうね。」

「お前がそこまで誉めるんだから、かなりのレベルだな。そんなハイスペック女子が、なんで悠輔に惚れるんだ?」

「最初は勘違いらしいの。悠輔をすごい秀才だと思っちゃって。それで、あさ美ちゃんが『お兄ちゃん好き!』、多喜ちゃんがかいがいしく面倒見るで、対抗意識を燃やしちゃって。そうこうしているうちに、悠輔の真面目さが愛おしいんだって。そしたら多喜ちゃんもあさ美ちゃんも意識して、曖昧な恋愛感情が瞬く間に将来までを意識するまでになっちゃった。高校生や中学生で、ちょっと普通じゃないわね。」

「やけに詳しいな。」

「ご挨拶って、都子ちゃんがこの家に来たのよ。その後もキチンと経過を説明してくれるの。」

「そこまでするか。普通、女子は彼氏の母親を避けるもんだろ。」

「だから言ったでしょ。『将来を見据えてる』って。悠輔を伴侶にするのと同時に、将来の人材にするにするつもりもあるのね。そのために、姑と良い関係を気づきたい。

 でも、これまでは容姿や親の財産目当てで近づいて来る男ばっかりで、異性を嫌悪してたから、男の子との距離感が分からない。初めて男の人を好きになったらしいんだけど、恋愛感情が出ると小学生みたいになっちゃう。 

 だから、打算と純粋に悠輔を好きな思いとがごちゃ混ぜ。家出騒ぎが象徴的だけど、言動がバラバラ。大人っぽい言動をしたかと思えば、子供のようにうぶな恥ずかしがり方をする。」

「えらく不安定な子だな。大丈夫か?」

「心配ね。幼さと老成とか同居して、ちぐはぐな言動を取りそう。

 上手く世渡りできればいいけど、都子ちゃんが会社経営に失敗でもしたとき、伴侶になった悠輔がどうなるか。」

「友達と遊ぶより本を読んでる方が好きなヤツに、債権者の対応なんか、できないだろうな。それも人生経験かもしれんが。」

「男親は暢気ね。息子が苦しむというのに。

 悠輔は良い子よ。あんな育てやすい子はいない。母親参観の懇談会でお母さんたちが子育ての愚痴をこぼしあうの。勉強しない、玩具を片付けない、とか。盛り上がってる中、私、キョトンとしてたわ。悠輔にそんなこと、一度も言ったことない。この前、妹の南にも言われたわ。出来の悪い子を持った苦労が分からない、って。」

「それで小学生の頃から多喜ちゃんに叱られてる。」

「叱られたというより、諭された、ね。悠輔に勉強の習慣をつけさせたのも、本は本棚にしまうことを教えたのもわたくしです、って。あの子が小学四年生の時。感謝と同時に、末恐ろしい子だと思ったわ。

 もっとも、悠輔を躾けるのは簡単。片付けないと本が読めなくなると説明すれば、あの子は読みたいばっかしにキチンと本棚にしまうわ。元々勉強が好きだから、各教科まんべんなく教科書を読むように時間を決めてあげればいいだけ。

 そんな悠輔が、愛おしくてたまらない。この母の愛。身も心も捧げたい。」

「母親が身を捧げちゃまずいだろ。」

「言葉のアヤよ。良き伴侶を見つけて欲しい。

 あの子、あれだけ勉強している割には成績が上がらない。担任の青山先生が不思議がるけど、ああいう地頭のいい女には、興味が沸かないことは覚えられない上に、融通が利かない悠輔の苦労は理解できない。そういえば、間違った勉強法で成績を落とした責任を、まだ取ってもらってなかった。

 この際、個人授業だけでなく、一生、悠輔の面倒見てもらうのもありね。ここまで親身ってことは、まんざらでもないでしょうし。教育者としてはともかく、気立てはいいし、七~八歳の年上なら許容範囲だもの。個人授業のどさくさに押し倒すよう、悠輔をそそのかしましょうか。」

「おい!」

「話がそれたわね。」

「冗談だと言ってくれ。」

「ともかく。悠輔の能力は大したことない。可哀想だけど。あの子の人生はどこかで挫折があるわ。そんなとき、あの子を支えてくれるお嫁さんが欲しいの。選ぶのは今しかないかもしれない。あんな社交性のない子を好いてくれる素敵なお嬢さんが三人もいるなんて、奇跡よ。

 剛さん、あなたはどの子が良いと思う?」

 剛は腕を組んで考える。

「三人とも長短あるな。

 まずは都子さん。悠輔の能力を最大限生かしてくれそうだ。しかし、悠輔が期待に応えられないと悲惨なことになりそうだ。見捨てられた方がまだマシで、最悪、一生飼い殺しになるかもしれない。

 次は多喜さん。あの子は旧家のしがらみを嫌っているけど、家を仕切る才がある。二年生で生徒会を切り盛りしてるんだろ。実家を飛び出しても、自分で女系の大家を築くだろうよ。自分にその気がなくても、周りがそうしちゃうんだ。

 悠輔の生真面目さは、それで苦労する多喜さんの癒やしになる。円満な夫婦になるか、共に苦しみの多い一生になるか。いずれにせよ、悠輔は一生、多喜さんに頭が上がらないだろうな。

 最後はあさ美さん。ブラコンと恋愛の区別がついてるのかな。お嫁さんになって、初めて分かる嫌なことに耐えられるかどうか。悠輔の駄目なとこを受け入れてくれる度量を身につけてくれれば、幸せなまま過ごせるだろう。ただし、金銭的には楽じゃないだろう。内助の功なんて時代じゃないけど、あさ美さんが悠輔の出世を助けるなんてないな。お前の言うとおり、悠輔は自分の力で出世するタイプじゃない。年を取ったとき、報われない生涯に苦しむかもしれない。

 俺は、ミドルティーンで結婚相手を決めるのは早いと思う。けど、おまえの言うことにも説得力がある。どうしても、いま選べと言うなら、悠輔にはあさ美さんと平安な生涯を送って欲しいな。悠輔は、波瀾万丈の生涯、髪結いの亭主、ってタイプじゃないだろ。

 いずれにせよ、選ぶのは悠輔だ。三人とも、真面目でフェアなお嬢さん方のようだから、正々堂々、勝負するのはどうだ。」

「さすが剛さん。見事な分析ね。

 お嫁さん候補が、それぞれの良さをアピールする。それで行きましょう。」

 美幸はスマホを取り出す。

「どこに電話するんだ?」と剛。

「無料通信システムで三人に連絡して、プレゼンするように伝えるの。悠輔も一緒だと早いんだけど、あの子はスマホを欲しがらないから。ほんと、時代錯誤のコミ障なんだから。」

「おまえら、どういう関係なんだ?」

「将来の姑と嫁候補。」

「そっちの方が、よっぽど時代錯誤だ。」

 やがて無料通信システム上で喧々囂々が始まり、結論が出ない言い争いになるのだが、美幸は一仕事終えたとばかりにスマホの電源を切る。

「さて、と。剛さん、帰ってきたばかりなのに有り難う。いざというときは頼りになるわ。」

「惚れ直したか。」

「惚れっぱなしよ。」

美幸は剛にキスする。

「いや、ちょっと待て。剛は二階に声をかける「悠輔」

 二階の自室から悠輔が降りてくる。

「なんだよ。母さんが、父さんと話があるから降りてくるなって言うから、風呂にも入らずに上にいたのに。」

「そりゃ悪かった。ゆっくり風呂に入ってくれ。父さんと母さんは外で風呂に入るから、お湯は落としていてくれ。」

「どこ行くんだよ。」

「子供には言えない、いいところ。今夜は遅くなる。先に寝ててくれ。」

「なんだよ。久々に帰ってきたと思ったら。息子との会話もなしに。グレてやる。」

「親の留守中に女でもつれ込むか。お前、最近モテモテなんだってな。避妊はしろよ。コンドームは母さんの部屋の……」

「剛さん!」、たまらず美幸が止める。

「いらねえよ。」と悠輔。

「そりゃ良かった。俺が使うからな。買い足した方がいいかな。」

「やめなさい!」

 悠輔が悶々と過ごした夜、両親は帰ってこなかった。


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