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第一八話

   第一八話 クリスマス狂騒曲

 「お願いだから、クリスマスイブの夜、俺の家に来てくれ。」悠輔が豊に泣きつく。

クリスマスイブは三人のうち、誰と過ごすのか? 答えの出せない悠輔。だったら全員でパーティーをしようとの美幸の提案が、悠輔の知らぬうちに進められた。

 悠輔が美幸から知らされたときには詳細が決まっていた。一二月二四日一八時から、東山家で開会、料理は美幸が準備するので参加者は持ち寄らない。お返しをする悠輔の負担が大きくなるから、プレゼントはなし。パーティーというより気安い食事会にしたいので平服で参加のこと。

「えー、やだよう。俺だってイブは予定があるんだ。」豊は嫌な顔をする。それに、この集まりが『気安い食事会』で終わるわけがない。

「デートか? 今度の彼女も、どうせ長続きしないだろ。それより親友を助けると思って。飯を食わせるから。うちの母さんの料理は美味いって、言ってたじゃないか。」

「人をプレイボーイみたいに言いやがって。まあ、そりゃ、いいとして。おまえん家の飯は確かに美味いよ。けど、女たちに囲まれて、いたたまれないから助けてくれって、俺は何をすりゃいいんだ?」

「いてくれるだけでいい。親父がいればいいんだけど、毎度のことながら出張中。お前がいれば、女たちも無茶なことは言わないだろうから」

「俺にしてみりゃ、うらやましい限りだがな。可愛い妹、深窓の御令嬢のお姉さん、才色兼備の委員長、三人の美少女に好かれて。美人の担任教師からは個人授業。年を取らない魔女のお母さんを入れれば五人か。酒池肉林というかハーレムというか。」

「さすがに青山先生は来ないよ。お前こそ、とっかえひっかえのくせに。」

「断り切れなくて付き合ったら、そのうちに『私にかまってくれない』って振られるのの繰り返しだ。何やっても好かれ続けるおまえは異常だ。」

「お前の解釈は所々ズレてる。この年で将来の伴侶を選べと強要される俺の困惑も分かってくれ。」

「身から出たサビのような気もするが。」

「女の争いは怖いんだぞ。頼むよ、助けて。」

「じゃあ、こうしよう。俺は彼女を連れて行く。あまり面識のない女子がいれば、あの女たちも過激な言動は控えるだろう。ただし、長居はできない。こっちだって彼女と二人にならなきゃならんからな。俺たちが帰るところでパーティーはお開き、ってのはどうだ。」

「それでいこう。恩にきるぞ。」

「友達に恩を売るようなセコい真似はせんよ。それより、今回はのがれたとしても、そう遠くないうちに結論を出さなきゃならんと思うぞ。」

 豊の予想どおり、パーティーの居心地は良くなかった。女たちは露骨な言い争いこそしないものの、言葉の端々でけん制しあう。

 料理を手伝ったとあさ美が言えば、自分の方が上手だと都子が返す。それならば、自分が名店に注文させてもらえれば、もっと美しい、と多喜。私の料理じゃダメなのかと美幸がむくれてみせる。多喜は、毎回美幸の負担が大きいのを軽減したいと返す。そもそも悠輔がはっきりした態度を示さないから、自分たちは争う羽目になるのだ、と。

 いたたまれないのは悠輔より豊の方だった。美幸の料理は最高だと取りなすものの、同意したのは悠輔だけだった。女たちは聞いちゃいない。

 俺はいてもいなくても同じなんじゃないか? 最近付き合い始めた彼女は事情を知らないから、キョトンとするやらモジモジするやら。全校女子の憧れの『乙姫様』が参加すると言ったら喜んで付いてきたけど、それも限界だ。料理は美味かったけど、それを楽しむ雰囲気じゃないぞ。

 ケーキを食べ終わる頃、多喜が言う。

「そろそろお開きが近づいたようです。皆さん、この後の予定は?」

「僕ら、そろそろおいとましたいな。いや、特に予定があるわけじゃないんだけど。」

豊が歯切れの悪い口調で言う。

「お引き留めするのも無粋ですわね。でも、もう少しお付き合いくださらないかしら。ちょっとしたゲームをしようと思いますの。勝った者が、この後の悠輔を独占する」

「聞いてないよ」と悠輔。

「言ってませんもの。あなた、どうせ本を読むか勉強するぐらいしか予定はないでしょ。皆様、いかがかしら?」

あっけにとられる都子とあさ美より先に、美幸が言う。

「面白そうね。私も参加するわ」

「母さん!」

悠輔の声を無視して美幸は続ける。

「それで、どんなゲームをするの?」

「あのー、僕ら、帰っていいですか?」

「豊さんには審判をお願いします。ゲームは「悠輔の悪口大会」。一番多く、悠輔を貶した者が勝ち。皆さん、優柔不断なこの男に、だいぶ不満が溜まっているでしょうから、ここで発散してはいかがかしら。」

「もしかして、今のもカウント?」

「はい」

豊はあわてて紙と鉛筆を悠輔に用意させる。

「お兄ちゃんは優柔不断じゃない。優しいだけよ」

「あさ美、それはほめ言葉ね。マイナス一ポイント。豊さん、よろしくて?」

「は、はい」

豊は記録用紙を作りながらうなずく。あさ美は憮然とする。

「乙原先輩がそうやって何でも仕切るから、悠輔くんがシスコンになって、いつまでも自立できないんです。」

都子が言い放つ。多喜は受け流す。

「それはわたくしへの悪口ですね。」

「いや、「シスコン」は悠輔への悪口と認めます。神楽女さん、一ポイント。」

「豊、おまえ、面白がってるだろ。」

「悠輔に拒否権はない。黙っているように。」

悠輔の問いを無視して豊が裁定する。こうなりゃ楽しんでやる。

「お兄ちゃんはシスコンじゃなくてマザコン。お母さんが二人いるようなもの。」

「あさ美ちゃん、一ポイント」

「異議あり。「マザコン」は悪口かしら? でも親離れが遅いのは確かね。一緒にお風呂に入ってたの、小学五年生までだったかしら」

「異議を却下します。お母さん……美幸さんに一ポイント。」

「あら、それでしたら、わたくしも小学生の悠輔をお風呂に入れましたわ。」

「あたしはお風呂に入れてもらった方。小学五年生ぐらいまでだったかな。胸が出てきたからって、お母さんに止められた。」

「暴露大会……」豊の彼女がつぶやく。

「ロリコンの性癖まであったとはね。」

「誤解だ! その頃は俺も子供だ。」

「神楽女さん、一ポイント。悠輔、黙ってろ。」

「最近なら、お兄ちゃん、私の胸をチラ見してるときがある。見たいなら、いくらでも見せてあげるのに。」

「いやらしい。」女たちの声がそろう。

「誤解だ!」

「あさ美ちゃん、一ポイント。悠輔、黙ってろって。」

「勉強ばかりで運動もしないから、鬱屈が溜まっちゃうのよ。身体を動かして発散するってのがない。」

「それは俺も思う。美幸さん、一ポイント。」

「スポーツで鍛えればメンタルも強くなるだろうに、そういうのはズボラ。」

「だからすぐ凹む。情緒不安定。」

「落ち込んだときは典型的な陰キャ。」

「逆に、すぐ調子に乗る。」

「そういうときは多弁だけど、肝心のことははっきり言わない。」

「運動神経が鈍いから運動したがらない、のは仕方ないか。」

「実は頭もあまり良くない。そのぶん努力はしてるけど。」

「本ばかり読んで人付き合いが悪い。コミ障。」

「だから友達が少ない。」

「空気読めない。」

「興味がないことにはまったく関心を示さない。」

興に乗った女たちの悪口は止まらない。よくも次々に出てくるものだと豊は感心する。愛情は相手の欠点すら愛おしんでこそだと、妙な心境になる。

「そろそろ出尽くしましたか。結果発表です。一位は美幸さん、一二ポイント」

「やったぁ」

美幸は子供のように大喜びで悠輔に抱きつく。

「俺、人間不信になりそう。」

美幸を振りほどきもせず、悠輔はつぶやく。

「そうかあ。これほどまでに理解されて愛されてるおまえが羨ましいぞ。じゃあ、これでお開き。」、と豊。

 客は帰って行く。東山家には美幸と悠輔の二人が残される。

「いつも二人なんだけど、賑やかな後には寂しくなるわね」

「俺、疲れた。」

「ゆっくり風呂にでもつかって。一緒に入ってあげようか?」

「そうやって息子をからかって。襲われたらどうするんだ。」

「いいわよ。」

真顔で美幸に見つめられた悠輔はドキリとする。

「おまえはまだ分かってないようだから教えてあげる。男はね、好きと性欲が分離できない生き物よ。だから性欲を満たした女には、その分だけ好きって感情が薄れるの。抱けば抱くほど、段々と気持ちが離れていく。よほど鈍感な女でなければ、女は男のそういう気分が分かるわ。それでもその男を好いたままの女なんていない。無条件に男のすべてを受け入れられる女なんて、母親ぐらいよ。

 それが分からないから、息子はいずれ母親から離れて、好いた女のところに行っちゃう。おまえのようなマザコンでもね。」

 寂しげな美幸、何も言えない悠輔。

「でも、今は私といる。この幸せをかみしめてるの。」

美幸は悠輔を抱きしめる。

「なぁんてね。」

美幸は急に明るい声を出す。

「物わかりのいい母親で良かったでしょ? 母親と愛人のいいとこ取りが出来るんだから、こんな美味しい女、他にはないぞ。」

「風呂、入ってくる。」

悠輔は憮然として美幸から離れる。

 東山家を辞した豊と彼女は夜の街に消えていく。三人の乙女は手持ち無沙汰に歩く。

「結局、母親にさらわれるとはね。乙原先輩、どこまで予想してたんですか」

都子は多喜を見つめる。

「美幸母さまが参加するまでは想定してました。けど、一位は予想外でした。美幸お母様は悠輔の悪口を止める側に回ると思ってました。そうなれば、わたくし、自信があったんですけど。まさか、お母様があそこまで赤裸々に悠輔の悪口を言ってでも、勝ちを取りに来るとは。」

「息子を恋人にしちゃう母親、何て言いましたっけ?」

「エディプスコンプレックス、でしたっけ?」

「それは息子の方が母親を性的に求める概念。……まさか、ね」

「それはないと思いますよ。まあ、そうなったらそうなったで、身体を使ってでも、母親から悠輔を奪いますけど。

一つ失敗。この悪口は言い損ないました。」

「乙原先輩、なにげに過激なこと言うときがありますね。というか、ほんとにブレませんね。」

「あの母子と何年の付き合いだと思っているのです。あなた、嫌になった?」

「まさか。この程度で冷めるくらいなら、最初から好きになっていませんよ。」

「それでこそ、ね。あさ美、あなた、さっきから何をブツブツ言ってるの?」

「負けて悔しいの! 言い損なったお兄ちゃんの悪口、今になって幾つも思い出した。音痴だとか、助けてあげてるのに感謝が足りないとか。

 ああ、言い足りない。悪口を沢山言えるって事は、それだけ理解してるってこと。言い争いじゃ、頭がいい姉ちゃんたちに適わないけど。

 とにかく、『お兄ちゃんは私のもの』。」

「あなたもブレないわね。そんな助けがいのない男のどこがいいの?」

「全部!」

あさ美は即座に言い返す。多喜が笑い出す。

「楽しいわ。大人の男なら、『もう一軒行こう』と飲みに行くところでしょうね」

「それなら、私の家に来ませんか。急なので何のお構いもできませんけど、もう少しお話ししましょう」

「二回戦? 何を賭けます?」

「お兄ちゃんを初詣に誘う権利」

「いいですわね。晴れ着を着てお誘いします。」

「勝ってから仰い。」

「今度はあたしが勝つ。」

 決着は付かなかった。新年早々、東山家に艶やかな娘が三人並んだ。

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