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第一五話

  第一五話 熱血? 体育大会

 横手高校は学業に重きを置く進学校なのもあり、学校行事は地味である。体育大会も最低限の活動に抑えられている。それでも、スポーツが好きな生徒は盛り上がる。

 横手高校の体育大会は伝統を重んじる校風らしく、残暑が厳しいとの批判があっても一〇月に開催される。

 紅白に分かれて整列した生徒の前に、それぞれの組の団長が立つ。

 「優勝するぞ」開会前、白組団長の掛け声に、元気よく答える生徒は六割程だろう。

「なんだ、気合いが足りんぞ。もう一回。優勝するぞ!」

運動音痴だからやる気のない生徒の一人、悠輔も仕方なく大きな声で応える。

「練習はしたんだ。あとは気楽に楽しもうぜ。」と豊が悠輔に声をかける。

悠輔は豊のコーチで三週間ほど百メートル走の練習をし、走行フォームを直した。スタートは随分と良くなった、と豊は励ましてくれるけれど、そんな簡単に勝てるようになるものではない。

「徒競走で毎年ビリになって、非難の目にさらされるのに楽しめるか。おまえはいいよな、スポーツ万能だから。」

「そんなことない。百メートル走やリレーは、本職の陸上部には適わない。サッカー部やバスケ部にも、足の速いヤツがいるしな。」

「そういうレベルと一緒にするなって。おまけにあれだ。」

悠輔が目線で示す先は人もまばらな観覧席。高校ともなれば応援に来る父兄などほとんどいない。その中に、人目を引く美人がグラウンドまで乗り出している。悠輔が見ているのに目敏く気が付いた美幸が手を振って応える。

「悠輔、頑張ってね。白組の応援するからね。勝ったら、今夜はスペシャルディナーよ。」

周囲の男子がざわつく。

「この野郎、あんな綺麗な人まで」「許せねえ」「俺、白組で良かった」「誰だ?」

もみくちゃにされる悠輔の代わりに豊が応える。

「悠輔のお母さんだよ」

「全然似てねえ」「嘘だ」「どう見ても二〇歳代だぞ」「うらやましい」「家に遊びに行っていいか」といった声が次々に上がり、悠輔は更にもみくちゃにされる。

「男子、整列しなさい」

委員長の都子が声を上げる。列に戻りながら豊が声をかける。

「おまえ、障害物競走に出るんだろ。だったらチャンスはあるさ。腐らずに、お母さんにいいとこ見せようぜ」

「おまえ、また母さんの味方か」

豊はニッと笑う。「飯が美味いもんな」

 横手高校の体育祭は全員参加の百メートル走の他、選抜参加の競技に最低一つは参加しなければならない。豊はリレー選手に選抜されている。ほかに五百メートル走にも出場する。

 陸上競技の距離は百メートル、二百メートル、四百メートル、八百メートルと続く。五百メートルという中途半端な距離は本格的に陸上競技を学ぶ陸上部に不評で、毎回のように改正が求められるのだが、横手高校は体育科の発言力がそれほど強くないのと、競技時間の都合との理由でそのままになる。陸上部が出場したからない種目なので、豊のような陸上競技以外で運動が得意な生徒の狙い目になっている。

 白組男子の列が戻る頃、観客席に光里が走る。

「東山さん、グラウンドに入らないでください」

「青山先生、ごめんなさいね。いつも悠輔がお世話になっています。英語の補習事業を減らしていただいたおかげで、数学の成績が元に戻りました。有り難うございます。」

露骨な嫌みに光里はむっとする。

「お母様のご指導のたまものです。でも、英語の成果は出ませんで、申し訳ありません。」

「いえいえ。ところで、悠輔は人気者ですのね。高校に入って随分と明るくなりまして、先生には感謝しております」

美幸のお世辞が光里の神経に刺さる。この若作り、態とらしくボケをかまして。三者面談での発作をまだ根に持ってるのか。

「東山くんの周りに人が集まったのは、お母様に反応したのです。あまり男子生徒を刺激するような発言はお控え願えますか。申し上げにくいのですが、東山さんは目立ちますので。」

「こんなおばちゃんが? 活発的な服装がお似合いの先生の美しさの方が、よほど殿方の視線を集めていますわ。」

一々勘に障る。確かに、大学時代に、もう高校生ではないからオシャレしたいと選んだジャージは、社会人になると派手かもしれない。

「とにかく、観客席にお願いします。」

 美幸の声援の効果ではあるまいが、体育大会は白組優勢のまま進んでいく。

 一年女子の百メートル走で都子は一等。文武両道の評判を高めた。

 続く一年男子百メートル走で、豊は女子の歓声を浴びながら一等。

 悠輔は最下位。案の定、美幸の声援が逆に辛い。白組の男子からの二重に冷たい視線が厳しい。

「ドンマイ。惜しかったよ。」一等賞のリボンをつけた豊は悠輔に声をかける。

「ビリだよ」

「だけど、もう少しで抜けそうだったじゃないか。練習の成果は出てるよ。気を取り直して頑張ろうぜ」

「有り難う。おまえにそう言ってもらえると気が楽になるよ。一等賞、おめでとう」

 一年男子選抜、障害物競走。障害物競走というけれど、障害物を用意するわけではない。目隠しをして野球バットを軸に三回転、そのまま後ろ向きに二〇メートル走る。準備に手間がかからないのが、運動に力を入れない横手高校らしい。

 とはいえ、けっこう難しい競技だ。目が回ってふらふらと進む、あらぬ方向に駆け出す者が続出して、完走すら厳しい。横手高校の体育大会では数少ない、笑いを誘う競技だ。

「お兄ちゃん、頑張ってぇ」

中学校の制服姿のあさ美が観客席から叫ぶ。

「またか」「おまえばっかし」障害物競争の競技者から罵声が飛ぶ。

「授業中だろうが。早く帰れ」悠輔が叫び返す。

「東山くん、私語はしない」競技管理にかり出された都子から注意される。

「いま、ちょうど中休み。応援してるからねえ」あさ美が叫ぶ。その隣では美幸が手を振っている。 

「この野郎、もう許せん」「絶対負けん」「足、引っかけてやろうか」

「そこ、静かにして。不正は失格にしますからね」都子の叱責

他の競技者がエキサイトしたのが、悠輔に有利となった。スタートするや、急いで走ろうと全速力で回転した者はふらふらになり、立てない者、逆方向に走り出す者など、ゴールに向かえない者ばかりとなった。逆に、いい具合に力が抜けた悠輔はゆっくりと回り、正確な方向に背走し、一位で走り抜いた。

 観客席の美幸とあさ美は大喜び。手を取り合ってはねる。

「おめでとう」都子が抱きつかんばかりにして一等賞のリボンを渡す。家出の一件以来、都子は何かと悠輔にくっつきたがる。

「委員長、近いよ。みんな見てる」

「いいの。ちょっとした役得」

都子は悠輔の手からリボンを取ると、安全ピンを外して悠輔の胸につける。

周囲から歓声とブーイングが巻き起こる。あさ美がグラウンドに駆け入ろうとするのを光里と美幸が押し留める。

 一年男子五百メートル走では、豊とサッカー部員とのデットヒートが展開された。中盤まで豊が先行したが、後半に加速したサッカー部員が追いついた。両者譲らず、同着かと思いきや、最後にサッカー部員がわずかに前へ出てゴールした。

 両者の健闘に拍手が起こる。

「ちくしょう、ペース配分、間違えた。」と豊。

「いや、走り込みの差だな、野球部。」

「言ってくれるじゃないか。次は負けないぞ、サッカー部。」

「おお、いつでも挑戦してこい。」

 二人の握手に、再び拍手が起こる。

 例年にない盛り上がりの中、競技は進む。歓声が大きかったのが二年女子百メートル走。長身で長い髪を三つ編みにした、美形で姿勢の良い多喜がグラウンドに立つと、それだけで周囲が華やぐ。流れるような緩やかさでクラウチングスタートの姿勢をとる、日舞のような美しい動きに周囲から溜息が流れる。

 スタートと同時に観客は息を飲んだ。蹴り出しから飛び出した多喜は一気に加速、スタート前の緩やかな動きからは想像もできない速度で二位以下を引き離していく。ゴールとともに歓声が巻き起こる。

 一等のリボンを受け取った多喜は一礼。なにごともなかったように、また緩やかな所作で自席に戻っていく。次の組がスタートできないほど、拍手が止まない。

 その後も競技は進む。最初のだらけたムードが嘘のような盛り上がりの中、生徒たちのテンションは上がりっぱなしになる。

 最期は三学年合同の男子リレー。スタートに参加した豊は陸上部員と競り合いになり、僅差で二位。二年生、三年生も抜きつ抜かれつのレースとなりる。大歓声の中、最期は白組が一位をもぎ取った。

 これが決定打となった。紅組の追い上げを制して、白組が優勝。万歳が巻き起こり、感極まって泣き出す生徒まで出る。

 閉会式、優勝旗授与が終わると、それまでの反動が出る。長々と続く式典で生徒たちの熱気は急速に冷めていく。

 残暑厳しい一〇月、熱戦で疲れた生徒たちは、長いくせに内容のない祝辞を整列したまま聞かされ、イライラと疲弊が増していく。歴史が長い高校は関係者も多い。教育委員会長、PTA会長、地元選出の県議会、市議会議員と祝辞が続く。

 その上に、大会の盛り上がりに気を良くした校長の挨拶が冗長で、生徒たちを更にイラつかせた。競技の講評だけならまだしも、体育の意義、横手高校の伝統と、延々と演説が続いた。一〇分近くの熱弁が終わったとき、やっとか、という空気が漂った。

「続いて、生徒会長の閉会挨拶です」

 まだ続くのかと溜息が漏れる中、優雅な足取りで台に登った多喜が挨拶をする。

「お疲れ様でした。ゆっくり休んでください。」

 一礼して、涼やかに台を降りる。すらりとした長身と姿勢の良い歩きが簡素な体操服に似合っている。

 生徒たちの気持ちをくんだ短い挨拶に拍手が起こる。「いいぞ、生徒会長」「乙姫様、ステキ」と声が上がる。

 多喜は振り返り、優美に頭を下げて拍手に応えた。

 競技中より激しい、この日一番の歓声が巻き起こった。


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