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第一三話

  第一三話 父と娘

 都子の父、神楽女健造かぐらめ けんぞうはスーツを着ていても筋肉質だとわかる偉丈夫である。顔つきは厳つくて表情は硬い。礼儀正しく美幸に謝罪しながら、口調に圧迫感がある。悠輔は初対面から気圧され、自己紹介がやっとで、うつむき気味になる。

 都子は怯えながらも真っ直ぐに父と対峙している。

 美幸は静かに健造を見ている。悠輔は、この修羅場に恐ろしげな大男と平静に対峙する母を、大したものだと感心する。

 女二人が向き合っているのに、男の自分が逃げるわけにはいかない。その思いで、悠輔は辛うじて踏みとどまった。こんなとき、親父がいてくれたら、と詮無いことを思う。

 都子は怯えながらも、帰るように言う父親の言葉を拒絶した。最初は穏やかだった健造の口調が段々と怒りを含んでくる。

「四の五の言うな。」

 怒気を込めた声を放つ健造は立ち上がって手を振り上げる。都子は身をすくめる。

 悠輔は都子に覆い被さる。

「小僧、なんのつもりだ」

「どんなに腹が立っても、男は女を殴っちゃいけない。男は女を守らなきゃならないんだ。殴るなら俺を殴れ。」

 震えながら啖呵を切る。むかっていく勇気が無いのが、我ながら情けないとは思う。せめて女の子を庇わなければ。

「誰かの受け売りを、偉そうに。」

健造は吼えた。

「親父の教えだ。悪いかよ。女に手を上げるようなヤツに、俺の親父を悪く言う資格はねえ。」

 恐い。だけど、ここで逃げるわけにはいかない。

「親子の問題に、他人が入るな!」

激高した健造は、娘の視線に動きを止められた。震える手で若造を抱きしめながら、血走った目が訴えている。この人に手を出したら、私はお父さんを決して許さない。

 にらみ合う父と娘。

 美幸が静かに言う。

「神楽女さん、冷静になるため、今日のところはお引き取り願えませんか。御嬢様は私が責任を持ってお預かりします。」

怒りで我を忘れていると自覚した健造は、冷静になって拳を降ろす。

「東山さん、お見苦しい真似をしました。

 悠輔くん、すまなかった。君の父君は立派な男だ。娘とはいえ、怒りにまかせて女に手を上げる私はどうかしていた。もう愚かなことはしない。だから、そろそろ娘から離れてくれないか。父親として、男に抱かれている娘を見るのは辛いんだ」

悠輔は慌てて都子から離れる。都子の手が、名残惜しそうに悠輔を求める。もう父親を見てもいない。健造は寂しげにうつむく。

「東山さん、お言葉に甘えて、今日のところは一旦引き上げます。この非礼は、あらためてお詫びさせてください。」

健造は深々と頭を下げ、東山家を去る。

 見送った美幸は応接間に戻ると都子に声をかける。

「夕ご飯、食べた?」

虚を突かれた都子は一瞬、言葉に詰まる。

「……いえ、まだです。でも、こんなときに食欲がありません。」

「いけないわ。人間、ちゃんと食べないと、考えが悪い方に行ってしまうの。無理にでも食べなさい。余り物しかないけど、すぐに用意するから。その間にシャワーでも浴びて、落ち着いてね。

 悠輔、シャワーの使い方を教えてあげて。のぞいちゃダメよ。下着を見るのもね。」

「するか、そんなこと。」

都子がスーツケースから着替えを出すのを待って、悠輔は風呂場に案内する。

「東山くん、ありがとう。カッコ良かった。」

「違う。立ち向かう勇気も無い、情けない男だって、落ち込んでるんだ。」

「そんなことない。あの父に言い返せる男なんて、滅多にいない。私のために。私、まだ動悸が収まらない。」

都子は悠輔に抱きつく。

「ほら、胸がドキドキしてるの、分かるでしょ。こうしていると、もっと高まっていく。もう、離れたくない。」

悠輔は都子の背に手を回す。

「はい、そこまで。」

 美幸が後ろから声をかける。二人は慌てて離れる。

「都子ちゃん、落ち着きなさい、って言ったでしょ。悠輔、今日はもう、都子ちゃんに近づいちゃダメ。自分の部屋にこもってなさい。」

 悠輔はスゴスゴと二階に上がる。

「都子ちゃん、とにかく汗を流しなさい。あなたは今、高ぶって自分を見失っているの。

 ご飯を食べて、今晩は私と一緒に寝ましょう。」

 その夜、落ち着きを取り戻した都子は、美幸に自分のことをポツリポツリと語った。生い立ちや、両親のこと、家でどういう立場なのか。静かに話していると、平静になっていくのが自分でも分かる。

 美幸は口を挟まず、静かに聞いた。

 翌朝、朝食を食べながら、都子は頭を下げた。

「美幸母さま、東山くん。昨日はすいませんでした。美幸母さまに話を聞いていただいて、随分と落ち着きました。昨日の騒ぎで、この家にご迷惑をかけているることが分かりました。反省しています。今晩、家に帰ります。今日はこのまま学校に行います。」

「それがいいわ。お父様には連絡しておく。今日は学校まで送ってあげる。また、いつでも遊びに来なさい。」

 お茶を入れながら、美幸は言う。

 悠輔と都子はそろって登校した。都子は悠輔の腕を取るようにして歩いた。悠輔は照れながら、まんざらでもない顔をしていた。その姿が、たちまち校内で噂になった。

 いつものように、一年六組に侵入してきたあさ美は、常とは違う雰囲気を感じ取り、何があったのか悠輔を問い糾した。悠輔は正直に白状し、あさ美は激怒した。

「神楽女さん、そういう家庭の事情に、お兄ちゃんを巻き込まないで。お兄ちゃんもお兄ちゃんよ、くっつかれてデレデレしちゃって。上書きしてやる。」

 あさ美は悠輔に抱きついた。

 教室に歓声が巻き起こり、都子は叫ぶ。

「学校で何てことするの。離れなさい。」

 いつの間にか近くに来ている多喜が何も言わず、静かに悠輔を見ている。これは相当怒ってる。悠輔は思わず「ごめんなさい」と言う。

「どうして謝るのです?」

「謝らないで!」

「謝ってもダメ」

 三人娘の声がそろう。悠輔は健造ににらまれた以上の恐怖を感じた。

「静まりなさい。はい、ここの生徒以外は出て行く。ホームルームを始めます。」

出席簿で教卓をバンバン叩きながら、光里が大きな声を上げる。

「東山くん、事情を説明してもらうわ。後で職員室に来なさい。」

この台詞、何度目かな、と光里は思う。説明させるって、私は嫉妬してるのか。いや、そんなことはあり得ない。

 ふと浮かんだ自己分析を、光里は慌てて否定した。


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