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端で見ている分には喜劇、当事者にとっては悲劇

   第一話 妹、登場

 春四月、朝。県立横手高等学校の普通科、一年六組。

 入学からさほど日を経ずに、授業数と宿題の多さに早くもだれかけている一年生たちが、英語の小テストの勉強ししている。

 隣の中学校からフェンスを乗り越えてこちらに走ってくる女生徒がいる。東山悠輔ひがしやま ゆうすけは思わず、「あのバカ、何をするつもりだ」とつぶやく。

 駆けてくるのは、いとこの鮎帰あさあゆがえり あさみだ。窓から教室に入ってくる。

 活発な性格を示すようなショートボブの中学生が、一目散に悠輔に駆け寄る。地味で特徴のない横手高校のセーラー服のなかで、アイドルグループの制服かと見間違うお洒落なブレザーは目立つ。それが似合う丸顔と大きな目が人目を引く。

 最近、成長したのだろう。制服が小さい。特に胸がシャツを押し上げている。それを見る男子生徒の視線をものともせず、快活な声を響かせる。 

「今日の英語の授業は当てられそうなんだけど、訳せないの。分からない単語がいっぱいあって。」

「辞書を引け」

「えー、面倒くさい、時間かかるし。お兄ちゃん、教えてよ」

「すぐに単語が引けるよう練習するんだって、いつも言ってるだろ。」

「お兄ちゃんみたいにできないよ。時間ないの、お願い!」

 悠輔はわざとらしく溜息をつきつつ、

「分からないのどれ?」

あさ美は尻尾を振って主人にじゃれつく犬のような表情で、教科書を差し出す。

「この文のこれとこれ」

悠輔は頼られるのが嬉しいのを隠しきれない苦笑いを浮かべながら、 あさ美が示す教科書を見る。中学生の頃から使い込んだ英和辞典を鞄から取り出す。

「Today many countries have developed their own unique lunch culture.」の developed、unique、culture、に鉛筆で丸印がついている。

「d、e、v…………」と言いながら辞書をめくると、一度で目的のページが開かれる。

「developedはdevelopの過去形か現在完了形。この文は現在完了な。developは……」

またしても一度で目的のページを開く。

「動詞。発展させる、と。」右手で教科書に書き込みながら、左手で辞書を繰る。

「次、unique」

 これも一度で目的のページが開かれる。

「独特な」

「culture。c,u,l,t……文化。後で自分の字に書き直しておけよ。これで訳せるな。」

「お兄ちゃん、すごーい。」

「ほんとう、凄いわね。どういうタネ?」

感嘆した隣の席の女学生、神楽目都子かぐらめ みやこが思わず声をかける。

「手品じゃない。辞書を引いてたら、いつの間にかできるようになっただけ。」

 悠輔は真っ直ぐに都子を見つめ返して答える。その瞬間、都子はドキリとした。こんな真っ直ぐに自分を見る男は初めてだ。他の男は、きれいな都子に見られるとドギマギして目線を外すか、下品な目を向けてくるかだ。

 照れながらも、若干の自慢が入った悠輔の視線は素直で優しい。都子の感情が跳躍する。私はこの人を好きになる。

悠輔の言葉の途中で、あさ美が間に入る。

「そうよ。お兄ちゃんは努力家なのよ」

「お前が威張るな。で、次は?」

「はい、これです。」

「お前も辞書ぐらい出せ。そうやって甘えてるから、いつまで経っても出来るようにならないんだ。」

言葉が厳しいが、口調は優しい。

「明日からから頑張るから、今日は教えて。お願い。もう授業が始まっちゃう。」

「……しょうがないな」

 悠輔が辞書を引き、あさ美が意味を教科書に書き込んでいく。

 なるほど、仲の良い兄妹とはこういうものか、と都子は思う。この調子で、兄が甘やかすから、妹はいつまで経っても甘えてばかりなのだな。

 その間も、あさ美は悠輔と都子の間に入り、都子から悠輔が見えないようにする。

 (この子、邪魔ね)。都子はいらだつ。

「これで今日の分は終わり、と。お兄ちゃん、ありがと。」

あさ美は振り返り、甘えた声から一転して、きつい表情で都子をにらむ。

「なに?」視線の強さに驚いた都子が問う。

 都子は一本気で、理不尽なことを言われると体格の大きな男子相手でも堂々と反論する。だから女子に頼りにされても、敵意を向けられることがなかった。

「なんでもない」

 あさ美は窓から出て行く。

「可愛い妹さんね」と、都子は次の言葉を探すように、じっと悠輔を見つめる。

「どこが可愛いんだ。それと、あれは妹じゃなくて従妹」

「そうよ。いとこ同士って結婚できるんだからね。」

 振り向いて窓から顔を出したあさ美が、また都子をにらむ。

教室がどっと沸く。

「早く帰れ。授業が始まるんだろが」

「はーい」。隣の中学校へ駆けていく。

「神楽女さん、ごめん」

「いいのよ。あの子、鋭いわ。私、真面目な努力家は好きよ。」

 美人というより整った顔立ちの同級生からのストレートな好意に、悠輔は言葉を失った。

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