味の無い毒
目の前で人が焼かれている。
人であることも定かではないくらいに。
テツ「いいか、よく見ておけ。ここらじゃあ、弱い人間は一瞬で消される。生きるなら強く生きろ。まぁ、心のねぇお前にゃ関係ねぇ話だがな」
ボク「うん」
嫌な臭いが、ずっと鼻の奥にこびりついていた。
店の男「おい!こら待て!」
どうしてこんなことになったんだっけ。
…あぁ、そうか。
テツが晩飯を盗ってこいって言ったから。
テツ、怒るかなぁ。
店の男「この野郎!はぁ…やっと追いついた…てめぇふざけんな!」
頬を殴られると、口の中に血の味が広がった。
店の男「おら!死んじまえ!」
だんだん気が遠のいていく。
遠くでテツの声が聞こえた気がしたが、そこで意識は途切れた。
目が覚めると、体のあちこちがズキズキと痛んだ。
テツ「よう。ひっどい面だな~」
ボク「テツ…晩飯、盗れなかった」
テツ「お前は盗みの才能がねぇな~」
ボク「なんでここにいるの?」
テツ「あぁ?そりゃあ、お前が殴られるのを見てたからだよ」
ボク「…なんかそれ、むかつく」
テツ「あぁ~!?お前がしくじるのが悪いんだろうが!ほら、さっさと立て。飯食っちまうぞ」
ボク「飯、あるの?」
テツ「俺を誰だと思ってんだ。立派な盗っ人、テツ様だぞ。俺はこの仕事に誇り持ってんだ。お前もいい加減、成長しやがれ」
固まった血をはらうと、テツの後ろを付いて歩く。
晩飯を食べ終わる頃、酒を飲んで気分の良くなったテツが話し始める。
テツ「隣町にだんご屋があるだろう」
ボク「うん」
テツ「そこの娘がえらくべっぴんでな、今度攫って来ちまおうと思ってんだよ。なぁに、用が済んだらすぐに帰すさ」
ボク「攫ってどうするの?」
テツ「あぁ!?お前はほんっとに心も無ければ夢もねぇな~。そりゃあ、食っちまうんだよ!」
ボク「人も食えるのか」
テツ「お前に話した俺がばかだったよ。ほら、もう寝るぞ」
ボク「うん」
人も食えるなら、店の男も食べられるのかな。
でも、おいしくなさそうだ。
テツが女の人を連れてきたら、一緒に食べてみよう。
次の日、目が覚めると、テツが家を出るところだった。
テツ「おう、起きたか。傷はどうだ」
ボク「平気」
テツ「そうかい。俺はだんご屋に下見に行って来るからよ、お前今日は好きにしてろ」
ボク「うん」
テツを見送った後、しばらく考える。
好きにしてろって、どうしたらいいんだろう。
眠くないし、お腹は…空いてる。
あ、そうだ。
だんごを盗みに行こうかな。
そしたらテツも喜んでくれるかな。
隣町のだんご屋に着くと、若い女の人がせっせと働いていた。
縁台には、だんごを食べているテツが堂々と座っていた。
ボク「テツ、女の人攫わないの?」
テツ「あぁ!?なんでお前がいんだよ!?」
腕を引っ張られ、顔を近づけてきたテツが小声で話し始める。
テツ「お前、声がでけぇんだよ。あのな、俺がこっそり店を覗いてたらよ、後ろから『おだんごいかがですか』って声かけられたんだよ。振り向いたらあのべっぴんの娘ときた。断るのは男じゃねぇだろ」
ボク「えっ、それって下見の意味が」
テツ「うるせぇ!い~んだよ、たまにはゆっくりだんごでも食おうと思ったんだよ」
ボク「ふ~ん」
だんご屋の娘「あら、お子さんがいらしたのね。君もおだんごいかが?」
テツ「娘さん!こいつぁ俺の子供じゃねぇんだよ!」
ボク「食べる。テツ、女の人は後で食べるの?」
テツ「シィー!黙ってろ!娘さん、えらいすんまへん。こいつ、口の利き方を知らんもんで」
だんご屋の娘「いいえ、おだんごお作りしますね。それから私の名前、サチです」
テツ「可愛らしい名前でよ~くお似合いですわ~」
サチ「まぁ、お上手なのね」
そう言うとサチは、店の中へ戻って行った。
さっきまでニコニコしていたテツの顔が、サチの姿が見えなくなると、いつもの顔に戻った。
テツ「お前、尾けて来るんじゃねぇよ」
ボク「そういうわけじゃないけど、テツが好きにしてろって言った」
テツ「盗みは下手なくせに、尾けんのは得意なのかよ。岡っ引にでもなったらどうだ」
ボク「なれるかなぁ」
テツ「あほか!嫌味も通じねぇのか。お前、だんご食ったらさっさと帰れよ。俺はサチちゃんと喋ってから帰るからよ」
ボク「でも、やることない」
テツ「じゃあその辺散歩でもしてろ」
サチ「お待たせしました~。はい、さくらだんご。そういえば、お二人ともお名前はなんておっしゃるの?」
テツ「俺はテツ。こいつはボク」
サチ「ボク?」
テツ「名前がねぇんだよ。男だから、僕ちゃんでボク」
サチ「あら、そうなの。でも素敵なお名前ね」
テツ「こいつは心もねぇからよ~、一緒にいてもな~んも楽しくねぇの」
サチ「心が無い?」
テツ「まぁ、感情がねぇってこった。飯を食っても酒を飲んでも笑いやしねぇ、殴られても泣きもしねぇ、仕舞いにゃあ冗談も通じねぇ。サチちゃん、あと少しで食べられるとこだったんだぜ?」
サチ「あらま、それは怖いわぁ。でも、テツさんそんな言い方してるけど、本当は心配してるんでしょう?」
テツ「無い無い」
サチ「ボクさんも、きっと感情が無いわけじゃないと思うなぁ。だって、こんなにおいしそうにおだんご食べてるもの」
テツ「おいしそう~?いつもの顔と変わらんが」
ボク「さくらだんご、うまい」
サチ「ほら!ボクさん、またいつでもおだんご食べに来てちょうだいね」
ボク「うん」
テツ「隣町に来ることもあんまりねぇからな、散歩に行っても目立つことすんじゃねぇぞ」
ボク「うん」
だんご屋でテツとサチと別れ、知らない町をぶらぶら歩く。
すると、遠くにたくさんの人が集まっているのが目に入り、近づいてみる。
そこには、土下座している女の人。
その女の人を踏みつけている、着物を着た太った男。
周りを囲う人たちのひそひそとした会話が耳に入る。
「子供がぶつかってしまったらしい」
「城人を怒らせたらしい」
「子供の親が謝っているが、きっと助からないだろう」
城人というのは、あの着物の男だろうか。
城人が何かを叫ぶと、城人の手下共が何かの準備を始める。
そして、あっという間に準備されたそれは、屋根よりも高く燃え上がっていた。
土下座していた女の人は、子供に向かって「絶対泣いたらいかんよ」とだけ伝え、城人の手下によって炎の中に消えて行った。
城人が、子供に向かって何か話しかけている。
子供は、首を微かに横に振るだけ。
城人はそれを確認すると、満足そうに去って行った。
その日の夜、ご機嫌に帰って来たテツに、隣町で見た光景を伝える。
テツの表情が見る見る暗くなり、ゆっくりと話し始めた。
テツ「前にも見たろう。俺らの命は、奴ら城人の機嫌次第ってわけだ」
ボク「城人って何?」
テツ「そういや、お前にそれを話したことは無かったな。簡単に言やぁ、ただの金持ちの貴族だ。表上はな」
ボク「本当は違うの?」
テツ「貴族は貴族でも、妙な噂があってな。貴族同士の集まりにゃ顔を出さねぇとか、夜は出歩けねぇとか。町外れに奴が住んでる城があるが、誰も近づこうとしねぇ。それとも、近づけねぇ理由でもあるのか…。城に住んでる人らしき何か、それが城人だ」
ボク「人じゃあ無いの?」
テツ「そこが妙なわけよ。ただの貴族なら、そんな名前付かねぇはずだろ?奴らはきっと、人に化けた何かだ。そうでもねぇと、人を焼くなんざ思いつかねぇよ」
ボク「…あの子供は、これからどうなるの?」
テツ「そんなのは俺らの知ったこっちゃねぇ。いちいち情を移してたらきりがねぇよ」
ボク「本当は助けた方が良かったのかな」
テツ「助けるだぁ!?やめとけ!お前に何ができるってんだよ。逆らえば、お前も焼かれちまうぞ」
ボク「うん…」
テツ「…確かに、サチちゃんの言う通り、心がねぇわけじゃあ無さそうだな。感情を知らないってとこか」
ボク「心、あるの?」
テツ「いいか?俺はサチが好きだ」
ボク「うん」
テツ「お前はあの焼かれた家族を心配してる。ほんで、さくらだんごが好きだ。立派な感情だろ?」
ボク「うん」
テツ「ほんでもって、俺は立派な盗っ人だ。お前にもいつか夢中になれるもんが見つかるさ。ほら、もう寝るぞ」
ボク「うん」
ようやく寝つけたその夜、懐かしい夢を見た。
熱い…これは、火?
女の人が自分に話しかけているが、なんて言っているのか聞き取れない。
ここは…どこだろう。
男の人の声がする。
なんて言ってるんだ…?
もう少し、もう少しで聞こえそう…。
「大丈夫かい、僕ちゃん」
はっと目が覚める。
テツ「お前、大丈夫かあ?」
ボク「うん…」
テツ「今日はよ、城人が嫁さん探しをするらしい。人が集まった隙に、食いもん盗みに行こうぜ」
ボク「うん」
さっきの夢をなんで懐かしいと思ったのかなんて、家を出るときにはとっくに忘れていた。
広場に着くと、昨日見た城人が、女の人を何人も地面に座らせていた。
テツと一緒に物陰に隠れ、隙を見計らっていると、城人共の会話が聞こえてきた。
城人「どうしてこんな身分の奴らから嫁をもらわにゃいかんのかね~」
城人の手下「城人族は、女の不足にございます」
城人「もっとマシな女はおらんのか」
城人の手下「風の噂で、隣町でだんご屋を営む娘がいると聞いたことがございます」
城人「たかが噂ごときで、隣町まで行けってのか?」
城人の手下「かなりの美人のようで、きっと気に入るかと」
城人共が一斉に隣町へと向かい始め、広場に座っていた女の人たちは、安堵の表情を浮かべた。
ボク「隣町のだんご屋って、サチさんのことだよね?」
テツ「あぁ。俺らもすぐに向かうぞ」
ボク「うん」
テツは見たことないくらい怖い顔をしていて、だんご屋に向かうまでの間、一言も喋らなかった。
テツと一緒にだんご屋に先回りすると、今日もサチはだんごを作っていた。
サチ「あら、テツさんとボクさん!いらっしゃい」
テツ「サチちゃん!ここにいちゃいけねぇ!」
サチ「どうしたっていうの?」
テツ「城人の野郎が、サチちゃんを嫁にしようとしてんだ!」
サチの顔が見る見る青くなる。
テツ「奴らもこっちに向かってる。今すぐ俺らと逃げよう!」
どういうわけか動こうとしないサチを、テツが説得しているが、遠くにはこちらに近づいて来ている城人共が見え始めていた。
サチ「…テツさん、ボクさん、ありがとう。でも…誰かが引き受けないと」
テツ「そんなん誰かに任せておけばいい!サチちゃんが行かんでもいい!」
サチ「私が助かったとしても、他の誰かが苦しむなら意味が無いわ。城人がもうすぐそこまで来てる。二人とも店の中に隠れていて。そして、私にはもう関わらないで」
何も言えないでいるテツの腕を引っ張り、一緒に店の中へ隠れた。
城人「おい、娘はどこだ」
サチ「いらっしゃい。おだんごいかかですか」
城人「ほう。こりゃあべっぴんだ。だんごなんぞ要らん。お前、俺の嫁に来い」
サチ「…喜んでお受けいたします」
城人「そうだろう、さっそく我が城へ行くぞ。この店はもう必要ないだろう、焼き払ってしまえ」
サチ「待ってください。この店は、父から受け継いだ私の大切な店です。この店には一歩も入らず、何もしないと約束してください」
城人「…嫁となるなら、頼みの一つくらい聞いてやろう。おい、お前らも聞いたか!この店には手を出すな!」
城人の手下「承知しました」
城人共が去っていく足音を、店の中でただ聞き捨てることしかできず、さっきから下を向いて動かないテツに話しかける。
ボク「本当にいいのかな」
テツ「何がだよ」
ボク「サチが連れてかれちゃったよ」
テツ「んなこと分かってんだよ。サチちゃんがそうしろって言ったんだ。それに、俺らに何ができるってんだよ」
それからテツは、ふらっとだんご屋を出たまま、家にもだんご屋にも帰ってこなかった。
しばらく経った頃。
隣町をぶらぶら歩いていると、見覚えのある子供を見かけた。
あぁ、城人に母親を焼かれた子供かと気が付き、話しかけてみる。
ボク「ねぇ、君、城人にお母さんを焼かれた子だよね。その、なんていうか、大丈夫?」
子供「関係ないだろ」
ボク「うん、そうなんだけど…」
それからなんとなく、その子供と一緒にそこに黙って座っていた。
子供「お前、名前は?」
ボク「ボク。君は?」
子供「サク」
ボク「あのさ、あの時、君のお母さんが「泣いたらだめ」って言ってただろ?なんで泣いたらだめなの?」
サク「そんなことも知らないのか。城人は、泣いたり、弱い奴が大嫌いなんだ。だから泣いちゃいけないんだ――――
――――「申し訳ございません!私が責任を取ります!なので、この子だけは…!」
あっという間に用意されたそれは、瞬く間に燃え上がり、小さい自分には何もできなかった。
「私がおらんくなっても絶対泣いたらいかん!城人の前で、感情を出したらいかん!強く生きて!」
そう言うと、炎の中へ消えて行った。
「悲しいか?」
男のその問いに、首を横に振って答えた。
「それでいい。泣く奴は嫌いだからな。お前は見逃してやろう」
嫌な臭いが、いつまでも体にまとっていた。
「大丈夫かい、僕ちゃん」
「うん」
「ありゃりゃ、心を失くしちまったのかい。名前はなんていうんだい」
「名前…?」
「名前も失くしたのか?じゃあ、今日からお前はボクちゃんだな」
「ボク…」
「おう。いい名前だろう?俺は盗っ人やってるテツってんだ。俺と一緒に来るかい」
「…いいの?」
「おうよ。ほら、今日は疲れたろ、帰ってもう寝るぞ」――――
――――サク「おい、お前、大丈夫か」
ボク「…ぼくのお母さんも…焼かれたんだ…そうだ、泣いちゃいけないんだ…」
サク「…そっか」
ボク「テツの野郎!情を移してたらきりがねぇって言ってたくせに!助けてんじゃないか!」
サク「お、おい、急に叫んで、何の話だよ」
ボク「ぼくはボクだ!心もある!盗っ人なら、好きな人くらい盗め!」
サク「よく分かんないけど、そうだそうだ!」
ボク「ありがとう!君のおかげだ!今度、一緒にさくらだんご食べよう!」
夢中で走り出していた。
なんで気付かなかったんだろう、テツはきっとサチのところにいる!
城人の城の前に着くと、見つからないよう隠れながら、テツを探す。
ボク「テツ~!いるんだろ!」
案外すぐ近くにいたテツが、驚いた顔をしながら近づいてきて、小声で話し始める。
テツ「なんでお前がいんだよ!?」
ボク「テツ!あの時、ぼくを助けてくれてありがとう!ねぇ、サチを盗みに行こうよ!立派な盗っ人だろ?」
テツ「…言うようになったじゃねぇか…いっちょ行くか!」
ボク「うん!」
『城人は夜になると出歩けない』という噂を信じて、夜になるのを待つ。
日が沈み、星も見えないほど真っ暗な闇の中で、城に見えていたその建物は、岩場へと姿を変えた。
テツ「こりゃあ、正体が人じゃねぇってのは間違いねぇみたいだな」
岩場に近づくにつれて、汗が垂れ落ちる。
テツ「おい、熱すぎねぇか…」
ボク「岩が…赤い」
テツ「見張りが居ねぇのも気になるが、進むしかねぇ」
触れたら手が溶けてしまうような岩場の間をすり抜け、奥へ、奥へ。
進んだ先には、岩の上に横たわっているサチの姿があった。
テツ「サチ!」
駆け寄ってサチの体を起こすと、サチが寝ていたその岩だけは熱くなかった。
テツ「サチ、しっかりしろ!」
サチ「…テツさん…?」
テツ「あぁ、良かった。一緒に逃げよう」
サチを連れ、出口へと走り出したそのとき、熱さが一気に増し始めた。
テツ「なんだってんだ、ここは…」
サチ「起きたんだわ…」
テツ「起きた?誰が…?」
直後、獣が叫んでいるような騒音、今までの非にならないほどの熱風が起き始めた。
テツ「急ごう!」
体のあちこちを火傷しながら、無我夢中で岩場の外へたどり着いた。
とにかくここを離れなければ、そう思いながらも一度だけ振り返ると、岩場全体が燃え上がり、その火の中には何かの姿が見えた。
ボク「化け物…!」
テツ「ボク!急げ!」
恐ろしくて、もう振り返ることはできなかった。
逃げた先にあった川へ飛び込むと、火傷した体を冷やす。
テツ「ありゃあ一体なんだ!?」
サチ「…化け物。昼間は人の姿をしていても、日が暮れるとともに、城は岩へ変わり、あいつも元の姿に戻る」
テツ「元の姿って、奴は火そのものってことか!?」
サチ「分からないわ…」
テツ「…だが、もしそうなら、水を嫌ってるってぇのと辻褄が合う。そうでもねぇと、泣いてる奴を片っ端から燃やすなんて考えねぇ」
サチ「…見て、もう日が昇り始めてる」
ボク「さくらだんごが食べたい」
テツ「お前、今の状況分かってんのか!?」
サチ「…そうね、じゃあいっぱい作らないとね」
テツ「サチまで何考えてんだよ!今は遠くへ逃げねぇと!」
サチ「見たでしょう!?あの化け物を!…助けてくれたのは感謝しているわ。でも、さっきは運が良かっただけ。あんな化け物からなんて、きっと逃げられるはずない…これから先、あの化け物に怯えながら生きるなんて、耐えられない…また捕まるくらいなら、私は私のまま死んでしまいたい…」
テツ「サチ…」
あんな化け物と一緒に過ごしていたんだ。
気が参ってしまうのもしょうがないのかもしれない…そう思うと、サチを止めることは誰にもできなかった。
すると、サチの背後遠くで、火柱が上がっていることに気が付いた。
サチ「店の方向だわ…!」
走り出したサチを、テツが呼び止めても、サチは足を止めなかった。
サチをテツと一緒に追いかけている道中、テツが呟いた。
テツ「私は私のまま死んでしまいたい、か…」
ボク「どうしたの?」
テツ「なんでもねぇよ」
だんご屋へ着くと、火柱は確かにだんご屋から上がっていた。
そこには、人の姿に化けた城人共がいた。
サチ「酷い…」
城人「お前が悪いんだろう。これで探す手間が省けたってもんだ」
テツ「化け物め…!」
城人「あぁ、あの姿じゃあ動くのに不便なもんでな」
テツ「人に化けた今は手下を連れてやがんのかよ。化け物のときゃあ手下にも見放されるのか?」
すると突然、城人が腕を振りかざし、手下の一人を思いきり殴ると、辺りには砕けた岩が転がった。
城人「説明は終わりでいいか?全く無駄な時間を過ごした。おい、娘。我が城へ帰るぞ」
サチ「…私の名前はサチです。父が付けてくれた名です。その父も、お前ら化け物に…!」
城人「だからなんだ?」
サチ「私をお前なんかに渡すもんか!」
城人「何を言っている?」
サチ「ボクさん、さくらだんご作ってあげられなくてごめんね。テツさん、ありがとう」
そう言うと、サチは燃え盛るだんご屋の中へと消えて行った。
城人「やっと見つけた女だったが、人間ってのは燃えて死ぬのが好きだな。さてと…」
城人が慣れた素振りで近づいてくる。
城人「悲しいか?」
テツ「あぁ」
城人「…貴様、泣いてやがるな」
テツの顔を見ると、堪えんばかりの涙が溢れていた。
テツの泣き顔を見るのは初めてだった。
ボク「テツ…」
テツ「すまねぇ、お前が大きくなるまで一緒にいてやれなくて。でも、それでも泣いてやらないと、サチが報われないだろう。お前には心がある。泣いても泣かなくてもいい。それを決めるのはお前だ」
城人がテツを炎に放り込まずとも、テツは自分の足で、サチがいるだんご屋の中へと消えて行った。
――――10年後。
燃えたあのだんご屋の場所で、新しいだんご屋を営んでいる。
城人「なんだこのしけた店は。まさかあの女の跡継ぎか?」
ボク「いらっしゃい。あの女?よく分かりませんが、うちの店ではさくらだんごがお勧めです」
城人「要らん要らん」
サク「あの甘くて一度食べたらやみつきになってしまう、うちの自慢のさくらだんご。食べずにお帰りになるなんて勿体ないですね」
城人「…そんなにうまいのか」
ボク「ええ、そりゃあもう。この世のものではないほど」
城人「ふん、そんなにうまいなら食ってやろう」
サク「準備して参ります」
さくらだんごを平らげた城人は満足そうに帰って行き、毒が回って死んだという噂を聞いたのは、それからたった数分後のことだった。
だが、誰も城人の死体は見ていない。
城人がいたはずのそこには、黒い塵だけが残っていたらしい。
町外れにあったはずの誰も近づかない城も、跡形も無く消え去っていた。
まぁ、たくさんの命を面白がって奪った奴の死因なんぞ、誰が考えてもどうでもよかった。
ボク「さくらだんごは、やっぱりうまいなぁ」
サク「お客さんに出す分が無くなっちまうよ」
ボク「いっぱい作ればいいんだよ」
物語を書き進めていくにつれて、化け物のことをなんて呼ぼうかなと思い、
ちょっと自分でも読み方は分からないんですけど、城人にしました。
由来はテツが教えてくれてましたね。