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 翌日も、侍女達は上機嫌だった。何人か名前を教えてくれて、エーレは朝食中、侍女達とお喋りした。エーレの言葉遣いが可愛いと、侍女達はくすくす笑った。

 糸車を綺麗に掃除して、運び込まれた亜麻を見上げる。どういう訳だか、今日の亜麻は昨日の倍くらいあった。これを今日中に紡げるだろうか。




「エーレ、やってるね」

「エーアリヒおばさん!」

 糸を紡いでいたエーレは嬉しくなってエーアリヒを仰いだ。見なくても糸を紡げるくらいに感覚はとりもどしている。

「見てよ、もうこんなに紡いだんだから」

 自慢しようと、紡いだ糸を見遣ると、不思議なことに先程まではただの亜麻糸だったものが、金の糸にかわっていた。エーレは目を瞠る。

 エーアリヒがエーレの頭を撫でる。「エーレ、ひとりで金の糸を紡げるようになったんだね。凄いじゃない」

「違うよ、さっきまではただの亜麻糸だったもん。おばさんがなんかしたんでしょ?」

「わかった?」

 エーアリヒがにやっとした。


「ツァールトおばさんと、トロイおばさんは?」

「ごめんね、忙しいのよ」

「そうなの? ……あたしがいやんなったんじゃないよね?」

「そんな訳ないよ、エーレ。あんたみたいにいい子ははじめて」

 エーアリヒはにっこりして、からからと休みなくまわる糸車を見遣る。

「あんたは正直だね。それに優しい。誠実だしね」

 エーレは誉められてくすぐったく、くすくすと笑った。エーアリヒは愛しそうに、エーレの頭を撫でる。


 エーレは思い出して、にっこりした。

「おばさん、陛下はふとっぱらだよ。おばさん達を飯に招いていいって。今晩、来てくれる?」

「ああ……」エーアリヒは困ったみたいに眉をひそめる。「ごめんね、今夜は忙しいんだ」

「そうなの?」

 エーレは哀しくなって、口を尖らせた。折角、お礼ができると思ったのに。

 それから、はっと思い付く。「結婚式だ」

「うん? なんだい?」

「陛下は、明日、あたしと結婚するの。結婚式をやるでしょ、そしたらさ。結婚式は、ご馳走がたっくさんあるし、おばさん達に腹一杯食べてもらえるよ!」

 嬉しくなって大きな声で云うエーレに、エーアリヒは目をしばたたいた。

「あら、でも、いいの? 偉いひと達が出席するだろう? 糸繰り女が這入りこんだら、迷惑じゃないかねえ」

「そんなことないよ!」エーレはにっこりした。「そうだ、おばさん達はあたしの母ちゃんの妹だってことにする。もうそんなもんだもん、いいよね。ほら、結婚式には親戚が来るもんでしょ。陛下はわかってくれるよ、エーアリヒおばさんの云うとおり、いいひとだもん」

 エーアリヒは目を潤ませ、ぱっと顔を背けた。エーレはきょとんとする。

「おばさん?」

「ああ、ごめんね、亜麻くずがその辺を舞ってるから。窓を開けるよ」

「うん。あたし頑張って、これ全部紡ぐよ。そうしたら結婚してもらえるから、おばさん達にいい思いしてもらえる。おばさん達、好物はなんなの? 陛下に云ったら、きっと用意してくれるから、教えて」

 エーアリヒが洟をすすった。


 エーレは気合いをいれて、糸を紡ぎ続けた。途中で、包丁でつけた傷が開いてしまったが、手を洗い、きつく指を縛ってなんとかした。エーアリヒが心配そうだったが、エーレは笑って大丈夫だと云い、糸を紡いだ。

 エーレは欠伸をする。

「エーレ、もういいよ。あたしが少し我慢すればいいんだから」

 エーアリヒが筋の通らないことを云っているが、エーレは頭を振った。眠たい頭で必死に糸を紡ぐ。「もうあと少しじゃないの。大丈夫だよ。あたし、全部終わるまで寝ない」

「エーレ、大丈夫なのよ」

 エーアリヒの声が滑らかになっているのにエーレは気付いたが、それを気にしている余裕はなかった。欠伸ばかり出る。眠くて仕方がない。

「エーレ、ありがとう、本当にありがとう……」




 指に痛みが走って、エーレは目を覚ました。

 上体を起こす。エーレはベッドに、俯せになっていた。

 陛下がエーレの右手を撫でている。血で汚れた布が床に落ち、陛下は顔をしかめていた。ベッドにも血がついている。

「陛下」

「どうしてこんな、無茶をした」

 エーレはぱっくり裂けてしまった傷口を見て、陛下の顔へ目を移した。「陛下、あたし精一杯、糸を紡ぎました。結婚してくれるんですよね」

「今はそんなことを話したくない」

 エーレは息を吸って、はっとした。

 部屋の隅に、まだ糸になっていない亜麻が残っている。ひと抱えはあるだろう。あたし……できなかったんだ。






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