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二年ぶりの糸紡ぎは、最初は手間どったが、流れや動きを体が思い出したら後は楽だった。つむは次々と糸を巻かれて、まるまる太っていく。亜麻のかわりに、太った糸巻きが部屋の隅に積み上がっていく。その様子を見るのは、エーレは好きだったので、段々と楽しくなってきた。
窓からさしこむ光が床の上をどんどん移動し、エーレはどうして自分が西の塔に居るのか、なんとなく理解した。ここは日があたる時間が長い。たいまつを点さなくとも作業を続けられる。
積み上がった亜麻が残りわずかになったところで、エーレはくるくるとまわる糸車を眺めながら、うとうとしてしまった。馬車で長く移動したことや、知らない環境での精神的な圧迫が、エーレはかなり堪えていた。ゆっくりと意識が遠のいていく。
「お嬢ちゃん、手伝おうか」
はっと目を覚ますと、傍に見知らぬ女がたっていた。
エーレはよだれを拭い、その女を見上げる。女の背後にもうふたり、女が居るのが見えた。
三人とも灰色のドレスを着て、灰色の布を頭に被っている。ひとりは下唇を突き出したような顔で、ひとりは手の大きさがあきらかに左右で違い、ひとりは足がそうだった。
エーレは立ち上がる。「あの……陛下が、お手伝いを寄越してくだすったんですか」
「違うよ」
下唇の目立つ女が、にこにこして云う。声が掠れていた。やけに愛想がいい。
「あたしらが自分から来たんだ。あんた、一所懸命糸を繰ってるから、手伝ってあげたいなと思ってね」
「でも……あたしがやんないといけないです」
「謙虚な子だね」
女が笑い、背後のふたりも笑った。どうやら、下唇の目立つ女しか、声が出ないらしい。背後のふたりは楽しそうだが、声をたてることはない。
女が優しい目をして云う。
「そうは云っても、糸を金にできないんじゃないの?」
エーレははっとして、三人を見詰めた。「どうしてそれを?」
「あたしら、早耳なんだ」
女はにっこり笑い、背後のふたりもそうした。「ものは相談だけどね、お嬢ちゃん。あたしらなら、あんたが紡いだ糸を金にできるよ。あんたが真心こめて紡いだものならね」
世のなかには不思議なことがあるもんだわ、とエーレは思っていた。
三人の糸繰り女達は、エーレが紡いだ糸を、いつの間にか運び込まれていたもう一台の糸車にかけなおし、つむににまきとっている。そうして、それをしていると、最後の最後までまきとった瞬間、糸は金色にきらきらとかがやきだすのだ。
エーレはそれを横目に見ながら、まだまだある亜麻を糸にしていた。傍にはあの、下唇の目立つ女が居て、つむに手をかざしていた。そうしていると、こちらも、いつの間にか糸が金になる。まったく不思議なことに。
「あんがとう、おばさん達」
「いいのよ」
糸繰り女達の手伝いのおかげで、エーレは亜麻をすべて、金の糸にすることができた。これで自分が処刑されないかもしれない、というのと、兄が無事ですむ、と思うと、エーレは鼻の奥が痛くなった。あんな兄でも、兄は兄だ。
涙をこぼしたエーレに、女が心配そうに云った。「どうしたの、お嬢ちゃん? あたしらがこわかったの?」
「ううん。そうじゃないの。あたし、あの……金の糸を紡げなかったら、きっと死刑になるんだと思って、びくついちまってたんだ」
「まあ!」
片手が大きい女が手巾をくれ、片足の大きい女がエーレをなだめるように優しく撫でながら椅子へ座らせた。下唇の目立つ女が、くすくす笑っている。
「大丈夫だよ、エーレ。レヒトはいい子だから」
「レヒト?」
「ああ、あの子、自分の名前も云わなかったんだね。あんたに糸を紡ぐように云った子よ。血みたいな赤い目の」
すん、と洟をすすって、エーレは女を仰いだ。「おばさん、陛下を知ってんの? どうして?」
「糸繰り女っていうのはね、噂話に強いのよ」
三人は優しく微笑んで、エーレのせなかを順繰りに撫でた。「さあ、もう夕飯の時間は過ぎてる。明日は朝から手伝いに来るからね。いいかい? エーレ」
「……あんがとう、おばさん達」
「いいんだよ。あんたが精一杯頑張ってくれたから、あたしらだって金の糸をつくれるんだ。じゃあ、侍女達にあんたに飯をもってこいって云っておくからね」
エーレは手巾で顔を拭いながら頷いた。女達が一定の速度でせなかを撫でてくれるので、眠気が差してくる。エーレは目蓋をおろす。
「エーレ?」




