S・O・S ~僻地からの救難信号~ Part.7
「メア様、こちらへ!」
フェリシアの命を受けた二名の騎士に護衛されながらメアは城へと急いでいたが、そう簡単にたどり着けるような状況ではなかった。『星渡りの蝗』がばらまいてくれた鉄虫のせいで、其処ら中から悲鳴が上がっている。
「大通りはダメだ、路地を使おう」
「まだ歩けますか、メア様」
路地へと入りながら騎士が振り返ったメアの右足には大きな裂傷があった。
鉄虫に襲われた時、彼女は獄炎の天蓋に魔力を注いでいたために、身を守りきれなかったのである。よりにもよって足をやられてしまうとは不甲斐ない限りだが、彼女は痛みを隠して強く頷いた。
「魔族の身体は頑丈じゃ、先を急ごう。妾が戻らねば、城に逃がした民が危うい。フェリシアに託された以上、果たして見せよう」
「城下町は庭も同然です。我々に――」
「上じゃッ!」
先導していた騎士の頭上。建物の壁に敵影を見たメアが叫んだが間に合わず、彼女の警告も虚しく、飛びつかれた騎士は背中と後頭部を鉤爪で貫かれて即死した。そして仲間を殺られたもう一名の騎士も、どこからか湧いてきた鉄虫に組み付かれ急所を刺されてしまう。
狭い路地へと入ったのが仇となり、動きが止まればあっという間。騎士二人が倒れるまで数秒の出来事で、彼らを孔だらけにした鉄虫は、ついでメアへと襲いかかる。
「ええい! こんなところで倒れる訳にはいかぬのじゃ!」
騎士の骸に背を向けてメアはすぐさま逃げをうった。
ここでやられてしまっては彼らの犠牲が無駄になると自分を納得させながら、彼女は恥を忍んで迷路のような路地の中を、右へ左へ必死に逃げた。すると、今度は入り組んだ路地の構造が幸いしたのか、或いは別の目標を見つけたのかは知れないが、いつの間にか鉄虫がメアの背後から消えている。
物陰に身を潜めながらメアは乱れた呼吸を整える。いつもなら何て事ない運動量だが、裂けた足で無理をした分、体力を大きく消耗していた。それに出血も酷くなっている。
「ぬぅ、血が止まらぬ……。こうなると、グリムのありがたみが身に染みるのう」
「誰か、そこにいるのか?」
伺うような、聞き覚えのある声。
メアが残してきた血痕を辿って顔を覗かせたのはグッドサンであった。
「メ、メア様⁈ なぜこんな所に! それにその傷は!」
「すこし刺された程度じゃ、大事ない。それよりも妾は城に急いでおる、手を貸してくれぬか」
「勿論です。さぁ掴まってください」
グッドサンに引き起こされながら、メアは彼がこの場にいる理由を問おうとしたが、その手間はすぐに省かれることになる。連れ出された路地で出会ったのも、これまた見覚えのある者達。グリムと訪ねた教会の子供たちと特徴的な髪型のシスターであったが、顔見知りでありながら子供達の表情が強張った。
グリムと教会を訪ねたときメアは人間の姿に化けていたし、名前だって偽っていたのだから仕方の無い反応だ。しかしメアは努めて優しく子供達に語りかける。
「案ずるな。其方達は妾が守ってみせるのじゃ。――グッドサンよ、とにかく城へ向かおう。確かお主は幾人かの指揮を執っていたはずじゃな。部下は何処に?」
「分かりません。伝令を受け子供達を逃がそうとしたところで、あの虫に襲われ散り散りに。無事だと良いのですが」
「そうじゃな、信じて行動するしかあるまい。我らも持ち堪えるぞ」
そうして移動しようとした矢先のこと、子供達から悲鳴があがる。狭い路地はむしろ敵に有利なようで、壁を伝って数体の鉄虫が接近していた。
迎え撃つべく前に出たグッドサンは剣を構え、その隣でメアも拳を構えた。足の傷をおしてでも抗わなければ待つのは死のみ。
「メア様は――」
「――退がったとて同じことじゃ、みすみす見逃してはくれまいよ。童を見捨ててなにが魔王女、戦るぞグッドサン!」
「……はい!」
叩き、殴り、蹴り、払い。メア達は死にものぐるいで抗った。
しかし、グッドサンでは鉄虫を切ることは難しく、手負いのメアでは鉄虫を打ち壊すことは叶わない。二人に出来るのは払うことが精々で、それさえもすぐに苦しくなる。相手の数は三体程度だというのに、持ち堪えられたのは僅かに数秒。飛びかかる鉄虫の鉤爪が、今まさにグッドサンの頭部に突き立てられるようという刹那――
「突撃ーッ!」
猛々しい号令が響き、それとほぼ同時に数名の騎士が突っ込んできて、空中にいた鉄虫をたたき落とした。あと一瞬でも遅れていれば、グッドサンの頭に孔が開いていたことだろう。
だが驚きはまだ続く。なんと騎士を引き連れて救援に来てくれたのはMr.5番手。魔族への印象悪い守備隊長の一人、ロックフォードであった。
「きゅ、救援、ありがとうございます」
「……まさかお前がいるとはな、グッドサン」
ロックフォードも予想外だったらしいが、子供達を一瞥した彼は神妙な面持ちで続ける。
「よく守った、ここは我々に任せて城へ向かえ。そこの魔王女を連れて行け、北の通りに出れば迎えが待っている」
「了解です!」
「助太刀、感謝するのじゃ」
そう礼を言った傷だらけのメアの姿を観察すると、ロックフォードは不満そうに鼻を鳴らす。
まるで信用した訳ではないとでも言いたげに。
「副団長の命に従っているだけだ、裏切ればおれがこの手で斬ってくれる。さっさと行け、時間を無駄にするな」
「そうさせてもらう。主等も生き残るのじゃぞ!」
「みんな! メア様! こちらです!」
グッドサンに促され、メアはその場を離れる。背中を任せた者を信じて振り返らずに駆けていけば、路地を抜けて北側の通りに出た。グッドサンの先導に迷いはなく、幸い鉄虫に見つかることもなかった。
そして彼女たちをそこで待っていたのは、まさかの人馬の娘ペルシュである。鎧兜を身につけてはいても、あの馬体は間違いなく彼女だろう。なにより手にしている特徴的なランスが、それを教えてくれている。
「お姫様、お迎えに来ました! さあわたしの背中に――」
戦場にあるからか、恥ずかしがりな彼女にしては珍しく声を張り上げていたが、メアのお供を見つけて尻すぼみになった。
「……えっと、この子たちは?」
「教会の子供達じゃ、故あって一緒にいる。なんとかこの子等も逃がせぬか」
「そ、そんな……、こんなに大勢はムリですよぉ……」
「メア様! あそこに荷車が!」
戸惑うペルシュの要望に先んじて、グッドサンが指したのは箱を積んだ荷車で、それに飛び乗ったメアは荷を落として場所を空けて子供達を乗せる。
それと平行して、グッドサンは馬に繋ぐための縄をペルシュに繋いでいた。
「どうじゃグッドサン、行けるか⁈」
「準備完了です、メア様」
「よし! ペルシュよ、出してくれ!」
「しっかり掴まっててくださいね」
グッドサンが荷台に乗ったことを確かめてからペルシュは走り始める。
通りは酷い有様だった。鉄虫に刺殺された死体が点々と転がり、流れ出た血液が石畳に赤黒い筋を作っており、時折死体を避けきれずに馬車が嫌な跳ね方をしていた。
「……ペルシュよ、よく来てくれた。お主が来なければ、あの子達も骸となっていたじゃろう」
「僕からも感謝を。しかし、よくメア様の場所が分かりましたね」
「空にある眼のおかげです、彼女たちが見つけてくれました」
言われてメアが空を見れば、数名のハーピィが城下町上空を旋回していた。
どうやら彼女たちが逃げ延びたメアを発見し獣魔の誰かに伝え、それが騎士団に伝わり救援を送る形になったらしい。
「あとで褒めてあげてください、きっと喜びます」
「うむ、存分に。…………むっ!」
微笑んだメアの目元が、すぐさま鋭さを取り戻す。前方に城へと進攻する鉄虫の群れが見えた。考えてみれば当然だが、市民を城へと避難させている都合上、それを狙う鉄虫もまた、自然と同じ方向へと向かうのだ。
つまる、メアが城へと至るには、あの群れを突破する必要がある。
「お姫様、身を低く。振り落とされないように掴まっててくださいね! 少し荒れます!」
「皆の者、踏ん張るのじゃ!」
警告を発したペルシュは、どうか振り落とされないでと祈りながら、右手のランスを絞るようにして脇に抱える。敵陣に突っ込むことには慣れているが、馬車を牽いたまま、しかも誰かを乗せた状態で突撃するのは、流石の彼女でも初めてのこと。
「行きますよッ!」
そうして気合いを入れたペルシュがグンッと加速。ランスから放たれる螺旋の衝撃を身に纏い、自身を一本の槍と化す。幾多の人間を葬ってきたその技は、いま彼らを守る力となって鉄虫の群れを寄せ付けない。
馬車が、戦列を追い抜いた。
「皆、無事か⁈」
「全員乗ってます、メア様!」
メアが問うと、子供達を見ていたグッドサンが答え、そして抜けてきた戦列に目をやる。速力は馬車の方が早く、鉄虫は追いすがろうとしているが、みるみるうちに距離が開いていた。
「……なんとか、切り抜けましたね」
「そうじゃな。まだ安心は出来ぬがのう」
あと数分で城に着くだろう。城門付近にも戦闘の気配はあったが、ともあれたどり着くことは出来る。その僅かな緩みがいけなかった。
「正面ッ!」
ペルシュが叫んだ。
物陰に潜んでいた一匹の鉄虫が、彼女に向かって飛びかかる。鎧を纏っていたことと衝突の衝撃によりペルシュが組み付かれることはなかったが、跳ね上げられた鉄虫は、運の悪いことに馬車の方へと落下していく。
「危ない、メア様!」
咄嗟。鉄虫が振り回す鉤爪をグッドサンが掴み組み合う形となったが、鉄虫の足が四本に対して人間の腕は二本。グッドサンはなんとか刺されまいとしているが、分の悪い勝負だった。
余っているうちの一本が、彼の脇腹に突き立てられる。
「ウッ……、クソォ!」
「投げ捨てるんじゃ!」
だがそれを拒むように、鉄虫はさらにグッドサンを掴もうとする。大きさに反して掴む力は強力で、この力勝負の結末を彼は察する。故に――
「…………メア様」
「ダメじゃ、グッドサン!」
「…………子供達を、頼みます」
そう託して、鉄虫を道連れに身を投げた。
石畳を跳ねるグッドサン
子供達の悲鳴
振り向けないペルシュが問いかける
「お姫様、ご無事ですか⁈ 兵士さんは⁈」
「……止まるな! 戦士の遺志を活かすのじゃ!」
車輪の音に負けぬよう、メアは声を振り絞った。非情ともとれる判断は、だがグッドサンの目に宿った決意を確かに受け取ったからこそで、詫びる言葉は誰にも聞こえぬ呟きとなって彼女の口から漏れていた。
しかし「……すまぬ」と詫びても振り向かず、メアはただ前を見つめる。
見えてきた城門付近では、やはり戦闘が続いている。
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