S・O・S ~僻地からの救難信号~ Part.1
カラッと晴れた昼下がりのことである。
個人でも魔族に抗しうる実力を買われ、魔族居住区での仕事が発生する際、騎士団員に同行することが常となったグリムは、その広場から外れた場所で巨大な影を見上げていた。
噂になっていたムーンベアの威圧感は、毛皮となって干されている現在でも健在である。
「……フェリシアもやるな」
この巨体に残った傷は僅かに二つ。稽古でボコられ、フェリシアの実力はまさに身に染みているグリムからしても、やはり見事だと感心せざるおえない手腕といえる。
仮に自分だったらばどうしただろうか? なんて、暇つぶしついでに考えている彼だったが、背後から呼びかけられては脳内戦闘を中断するしかない。
「ちょいと散歩に行っててね。待たせたかい、坊や?」
「顔出すって伝えてあんだから待っとけよな、スカーレット」
グリムは面倒くさそうに振り返ったが、獣魔を率いてきたスカーレットがその程度で反省などする訳もなく、ニカッと豪快な笑みを浮かべるばかりだ。
「どこに行ってたんだ?」
「裏の山さ。この間坊やと歩いた時は夜だったから、明るい内に見ておきたくてね」
普段装備している申し訳程度の胸鎧も外しているから、本当にただ散歩に行っただけなのだろう。もっとも丸腰だとしても、彼女の前ではどんな魔物もや猛獣も尻尾を巻いて逃げだすはずだ。
「それで、あたいに用ってのは? 騎士団の連中まで連れてくるとは、珍しいじゃないか」
「渡すモンがあってな」
言いながらグリムが投げ渡したのは小さな革袋で、スカーレットはちょっと残念そうだった。
「なんだ、酒じゃないのかい」
「あんたそればっかりだな、他に欲しい物ねえのかよ。とりあえず開けてくれ、ある意味じゃ酒と同じ物だから」
当然、中身は酒ではないので、掌のうえに転がり出た十枚近い金貨を見ても、スカーレットの反応はイマイチだった。人間であればもう少し驚いたりもするものだが、やはり魔族にとっては謎な物体として扱われているのだろう。
尋ねられる内容を先読みして、グリムは説明を始めた。
「魔族は物々交換が主流らしいが、人間は通貨を使って物のやりとりをしてる。金ってやつだな。つまりそれを使えば、同等の価値があるものを買えるって訳だ。酒でもなんでも」
「……ふーん、そいつは便利だねぇ。よく考えつくもんだ」
この反応に、グリムは違和感を覚えた。酒に変わると聞けば目の色変えて喜ぶと思ったが、スカーレットはどこか訝しんでいる様子である。
「どうした? なにが気になる?」
「使い方は分かったよ。だがこいつは、褒美ってことだろ? 働いてもいないのに何かを貰うってのは、どうにも気に入らないのさ。何に対する褒美なんだい、これは」
「働いたろ。特訓中の指南役をやった払いだよ」
一週間分の報酬として金貨十枚以上は破格だが、この中には継続して指南役を務めている分の払いも含まれている。騎士団員たちへの支払いと時期が重なったためまとめてしまおうという事になったらしく、取り敢えず日割り計算で出された報酬が、いまスカーレットの掌にある金貨という訳だ。
ただまぁ、彼女が気にくわない点はそこではない。
「あたいも嘗められたモンだ。報酬欲しさで鍛えてるとでも思ってんのかい、ここの王様は」
国も王も数あれど、戦士の心を知る王は稀だ。ましてや、百を超える年月を戦いに捧げてきた魔族の心を知る人間の王などは、恐らく存在しないだろう。スカーレットにとっては戦こそが生きがいであり、勝利こそが報酬であるというのに、たかが指南役程度で褒美を出されること自体が、彼女にしてみれば侮辱にあたるのだ。
しかし、血管を浮かせたスカーレットを前にしても、グリムは落ち着いたままだ。というより、彼はこの時になって、何故ウォーレンから配達役を任されたのかを理解した。
「何かを教えて、育てるってのは誰にでも出来るもんじゃねえ。グッさん達にしたって、あんたのおかげで強くなれたと感謝してるし、場合によっちゃ、戦うより難しいことをやったんだ。王様がどういう気かまでは知らねえけど、この報酬は妥当だと俺は思う」
というよりも、指南役を任せておいて無報酬の方がおかしいのだ。しかも見事な成果までだしているのだから、これで払いを渋るようならきっとグリムが文句を言いに行っただろう。
「とはいえ、やっぱり気に食わないねぇ」
「まぁ人間の道理だから、あんたはそうだろうな。でも人魔でよろしくやっていくには、合わせていくしかない。俺等が魔族に合わせることだって、そのうち出てくるさ」
「言っても坊やは納得出来るかい? これまでの生き方を変えることに」
「そこは上手いこと説得してくれよ、理にかなってりゃ流れるさ」
グリムは肩を竦め、さらに続ける。
「それにあんたが受け取らねえと、色々と面倒が起きる」
上に立つものが正当な評価と報酬を手にしなかった場合に起こるのが、買い叩きである。スカーレットが無償で働いているのに、部下である魔族が受け取るのかとなれば、彼等は黙って従うだろう。雇う側にしてみれば安く済むならこれ幸い、ずる賢い連中ってのはどこにでもいるものだ。
「部下を安く見積もられるのは、あんただって癪だろ?」
「当たり前さね。そんな不届き、許しゃあしないよ」
「なら、受け取ってくれるな。騎士団としちゃあ、あんたに正当な報酬を出してるって事実さえあればいいだろうから、後のことは関知しねえさ。部下に配ってやるでもいいし、なんなら俺が受け取ろうか?」
「今の話聞いて、坊やに渡すと思うかい」
にべもなく断わられたグリムが広げていた手を静かに閉じると、スカーレットは金貨を袋に戻して、そのまま胸の谷間にしまい込んだ。
「でもこれだけなら坊や一人で事足りるだろうに、随分と大所帯で来たもんだね」
「他にも用事があるからな」
グリム以外にも、十数名の兵士が魔族居住区の広場に集まっていた。
「開墾に参加した連中や、畑の見張りに回した連中への支払いもあるし、なにより金の使い道を教える必要があるだろ。まだ城下町への出入りは制限されてるから、ひとまず入り用な物を聞いて屋台を出すって話になったんだと。大人数で来たのは聞き取りに手がいるからさ」
「そりゃあ面白そうだけど、いきなり言われても困るねぇ。あたいは取り敢えず――」
「――酒ならあるから他を頼む」
「う~ん、益々困っちまうね。どんなモンがあるんだい?」
メアの話を聞く限りでは、商売の概念さえ魔族にはないらしいので、困惑は予想出来たこと。そういったサポートに時間が掛かることを予想して頭数であり、勿論グリムもその役目は担っている。
アヴァロン王からは、武器を除いたほとんどの品物を取引する許可は下りていた。パッと思いつく限りでは、日用品に調理器具、衣服や装飾品、あとは食料、嗜好品あたりだが……。
「あんたに勧めるってなると難しいが……、服なんかどうだ? その腕じゃ着替えるの面倒だろうし、袖を通しやすいシャツもあるぜ。あとは頑丈な櫛とか、石けんかな。身体洗うのに使える、こっちじゃ水浴びも難しくて困るだろ」
「興味はそそられるけど、ピンとは来ないね」
とは言いながらも欲しそうなので、一応グリムは記憶しつつ他の候補を挙げてみる。
「あぁ、あんた煙管吸ってたよな。煙草の葉はどうよ?」
「そうだね。ちょうど切れそうだし、人間の煙草も面白そうだ。いくつか見繕っておくれよ」
「はいよ、了解。……あと酒はどうする? 銘柄じゃねえぞ、ボトルか、樽か?」
「当然、樽で頼むよ」
「……冗談のつもりだったんだけどな。訊かなきゃよかったぜ」
軽口は災いの元。これもまた剽げながらグリムが記憶に残していると、浮かんだ疑問をスカーレットが口にする。
「報酬を受け取っていない者はどうなるんだい? 畑の見張りやらで、何名か出してはいるが全員じゃない。買い物とやらに価値があるなら、あぶれた者から不満が出るよ」
「みんな一緒にとはいかねえさ。でもウォーレンが色々と手を回してる、今あぶれてる連中にも仕事は回ってくるはずだ」
力仕事はいつだって人手不足。協力体制が取れるのであれば、その働きぶりはガロウ達が示したとおりに有用で、アヴァロン王国としても魔族の力はありがたいのである。
「それに金を稼ぐ手段は力仕事だけとは限らねえしな。魔族っていっても戦いの他にも取り柄があるだろ? そいつを活かして稼ぐって手もあるし、逆に人間に物を売ったっていい」
「売るったってねぇ。あたい等はここに来るまで、戦場から戦場への根無し草だったんだよ。あるのは武器と野営装備が精々さ」
「狩りはするだろ? 動物の肉とかも売れるぞ。それに……、丁度ここにある毛皮なんかも」
見上げるほど大きいムーンベアの、しかも綺麗な毛皮となればかなりの値が付く。グリムはこの手の目利きが上手いとは言わないが、そんな彼でも分かる程度に質が良い。
「売るなら渡り付けてやろうか? あんたが鍛えてやった補給部隊のヤツならいい商人を知ってるだろうし、買い叩かれることもないだろ」
スカーレットの特訓を受けた最初の九人は、おおっぴらに口にせずとも、漏れなく彼女を尊敬し感謝していた。恩義のある彼等を間に挟めば、スカーレットを騙そうなどという馬鹿な考えを持った人間は避けることができるだろう。しかし――
「いやぁ、こいつは売れないね」
スカーレットはあっさりと断わった。
「ってのも、あたいの持ち物じゃないんだよ」
「そうなのか? てっきりテントに敷くつもりで干してるのかと」
「あたい好みだけどね、こいつはガロウが管理してンのさ。討ち取った者にこそ相応しいって言ってたから、副長さんにでもくれてやる気なんだろ」
「……ふーん、なら仕方ねえな」
貰ったところで絶対にフェリシアも困るだろうなと思いつつ、黙っていた方が面白いことになりそうなので、グリムは何も言わなかった。だが、からかうネタが増えたことを平静の裏で喜んでいられたのも束の間、羽音と共に聞こえてきた慌ただしい声に、グリム達は空を見上げることになる。
「姐さん! 大変です!」
腕に翼を持つハーピィの女戦士が、血相変えて降下してきた。
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