GOOD SUTFF ~弱者の精鋭~ Part.4
スカーレットの特訓を騎士団の練兵に取り入れるかは、対抗戦の結果と内容を鑑みて決定されることになっていたが、特訓組九名を鍛えた張本人であるスカーレットは、自分が口を出す範疇にないとして、検討の場には姿を見せなかった。
参加したのは騎士団長ウォーレンと副団長フェリシア、そしてメアである。対抗戦に出場した騎士団側の九名から感想を聞いた後に開かれた会議は、夕暮れ前に結論をみて、月が空に昇る頃には普段通りの時間が流れていた。
ただ……、そろそろ真夜中も近づいた頃、魔族居住区近くにある城壁西側の城門が、少しばかり騒がしくなっていた。
城壁の外側から、住民も寝静まった西門城下町通りに響くのは、くぐもった押し問答である。
「なぁ~、頼むよ。ちょいと通してくれるだけでいいんだよ」
「ですから何度も申し上げておりますように、夜間における城下町への入場は特別な通行証を持っていない限り許可できないんです。ご理解ください、スカーレット様」
騒音の主はスカーレットと、彼女に対応している門番である。
かれこれ十分ほど門の横にある覗き窓越しに押し問答を繰り返しているが、いくら無理だと言ってもスカーレットが退かないのだ。
「そう固いこと言わずにさぁ。一時間もしたら戻ってくるから、入れてくれないかね」
「無理なものは無理です。仮に貴女が夜間通行証を所持していても、魔族が城下に入る際には必ず騎士団員の監視を付ける取り決めがなされている以上、貴女を通すわけには参りません。明朝お越し下されば問題なく通れますので、そのようになさって下さい」
「だぁかぁら、それじゃあ遅いんだってのさ」
「――何を騒いでいるのかな?」
唐突に声を掛けられた門番が振り返れば、夜でも変わらず和やかな表情を称えたウォーレンが、私服姿で佇んでいた。
突然のことに門番たちは驚きながらも敬礼するが、覗き窓の向こうにいるスカーレットは、これ幸いと彼を呼んでいる。
「あぁ~、丁度良かったよ団長さん。ちょいと頼みを聞いてもらえるかい?」
「勿論窺いますがスカーレット殿、少々声を落としていただけますか。貴女の声は夜の街に力強い、住民が目を覚ましてしまいますので」
そう促すと、ウォーレンはまず門番達から事情を訊く。まぁ事情といっても、スカーレットが中に入れろと押しかけてきたと、ただそれだけの事なので、ウォーレンが事態を把握するのにも数分と掛からなかったろう。
やがて納得した彼は、ついで覗き窓越しのスカーレットに尋ねた。
「――差し支えなければご用件を伺っても? メア殿に緊急の用事でしょうか? 伝言であれば、私が責任を持ってお届けしますよ」
「いやまぁ……大事には違いないんだけど、緊急って言われると大袈裟だね。城の方までちょいと足を伸ばしたいってトコさ」
「城内にですか? そうなりますと、残念ですが明朝にならなければ――」
「いやいや、それじゃ遅いんだって団長さん! 今この時ってのが大事なのさ、今日一で面白い一番があると小耳に挟んだとあっちゃ、あたいとしても放っておくわけにいかないのさ、分かっておくれよ~」
なんと陳腐な言い分かと、門番達は思ったことだろう。言葉にせずとも、彼等の寄せた眉間は露骨に訝しんでいるのだが、ウォーレンは少し考えてから許可を出した。
門番達がいま一度確認するのも無理はない。
「よろしいのですか?」
「私がご案内すれば問題ないだろう、君達は番を続けなさい。――スカーレット殿も、納得していただけますね」
「錠付けるでも、なんでもいいから急いどくれよ、見逃しちまうだろう?」
「……開けて差し上げなさい」
そうして、遂に城下町に入ることが叶ったスカーレットは、ウォーレンの案内に大人しく、そして静かに従い、城の敷地内へと入ることになった。彼女は目的も行き先も告げてはいなかったのだが、迷うことなく案内された先は正しく彼女の目的地、屋内練武場の方向である。
最早踏み慣れた練兵場の進みながら、スカーレットは尋ねていた。
「……よくあたいの行き先が分かったね、団長さん」
「今夜、貴女の興味を惹くものと言えば他にありません。尤も、それは私も同じですが」
防音魔法のおかげで練武場周辺は静かなものだが、音は無くとも気配は漏れ出ている。しかし、いざウォーレンがその扉に手をかけた段になって、スカーレットが彼を止めた。
「……? 見届けるおつもりでは?」
「そうだけどさ、こういうのはこっそり覗いてこそってモンだろ? 途中で入って、水差しちまっても野暮だしね。ってワケで、上に窓があったろう? そっから拝見しようじゃないか」
覗き見とは、あまり良い趣味とはいえないが、ウォーレンも思うところはあるようで、彼女の提案を受けて屋内練武場の裏へと回る。換気用の小窓は少しばかり高い位置にあったが、むしろ積まれていた木箱のおかげで、覗き込むには丁度いい高さであった。
早速とばかりに木箱の上に腰掛けたスカーレットは、中を見るなり楽しげに嘯いている。
「おお~、やってるやってる。団長さんも見て御覧よ」
「では、隣に失礼して」
なんだかんだで興味を惹かれているウォーレンも、一緒になって中を覗くと、気迫溢れる立ち会いが繰り広げられている最中であった。
木剣を握り戦っているのは、グリムとフェリシア。もうどれ程の時間ああしているのか、二人共に汗だくで、しかし疲れなど微塵も出さずに剣を振り続けている。両者が纏う闘争心は、防音魔法越しであろうと伝わる熱量で、きっとどちらかがぶっ倒れるまで続けるだろう。
「……なんだか惜しいねぇ」
しばらくの間、真剣に戦いを眺めていたスカーレットがぽつりと溢した。
「グリム殿が、ですか? 私には、より切れ味が増したように見えますが」
「え? あぁ違う違う」
問われたスカーレットの返事は、カラリと笑っている。
「最高の肴があるのに、酒がないってのが勿体ないと思ってね」
「なるほど、しかし丁度いい」
ウォーレンは納得するや、懐にしまっていた酒瓶を取りだした。それは立場上、度々酒を贈られる彼が、頂戴したまま寝かせ続けてきた中でも、特に強烈な一本である。
「……くれるってのかい? こいつを、あたいに?」
「ええ、上等な酒ですよ。きっと気に入るはずです」
ちゃぷんと籠もった酒音に、スカーレットの手は自然と伸びていたが、いざその瓶首を掴む手前で彼女の手が止まる。
「でも、あんたに贈られたモンだろ? あたいが呑んじまったら、筋が通らないじゃないか」
「残念ながら私では愉しむ事が難しく持て余しておりまして。同じ呑まれるのであれば、分かる者に愉しまれてこそ酒も本望でしょう。人魔の平和を渡した酒となれば、送り主も納得してくださいます」
「ちょいと団長さん、あたいが酒で靡く女だとでも?」
「思いませんね。義理を重んじ戦に殉ずる、音に聞こえし戦姫の有様を目の当たりにし、その印象は確かなものとなりました。高潔さに、人も魔族もありません。故に私は、奇跡のような和平への先駆けに感謝しているだけですよ」
「仮初めとして終わるかもよ」
「その際は、互いに成すべきを」
彼我の戦力差を知りながらも、ウォーレンが湛える静かな覚悟。そいつを真正面から受け止めたスカーレットは、微笑み浮かべて酒瓶を受け取った。
中々どうして、こういう手合いを気に入ってしまうのだ。
「貴女の口にあえばよいですが」
「それこそ余計な心配ってヤツさね、酔える全ては好物だもの。――おっと見てみな団長さん、下も決着つきそうだよ」
瓶首を捻り割って酒を流し込むスカーレットの横から稽古を覗けば、丁度グリムが攻め込んでいるところだった。僅かなきっかけを逃すことなく仕掛けて圧す、決定打となったのは意外にも剣ではなく、彼が放った前蹴りであった。
鳩尾に受けたフェリシアは壁に叩きつけられ、息の詰まった一瞬の間が過ぎれば、彼女の首筋に木剣が添えられている。
これにて決着。
見届けたウォーレンは、だが部下が敗れたにもかかわらず、清々しい表情をしていた。
「特訓の成果でしょうか、力強くなった。この短期間でフェリシアを破るとは驚きです」
「元々、才能あったしね。一線を踏み越える度胸が付きゃあ、攻め手も増える。成果というなら崩した蹴りよりも、その後にすぐさま詰めに行ったクソ度胸の方だろうさね」
握った拳で成果を噛みしめているグリムを眺めるスカーレットは、どこか誇らしげであったが、同じ光景を見ていたウォーレンもまた嬉しそうだ。
彼の返事は、立ち上がるフェリシアに合わせて続けられる。
「ですがスカーレット殿、まだ終わってはいませんよ」
「……? おかわりがあるってかい」
「アヴァロン流剣術の懐は広く深い。底を見るには、グリム殿をもってしてもまだ早い」
嘯くウォーレンの言葉を証明するように、フェリシアは手にしていた直剣を模した木剣を置くと、代わりに壁に掛かっていた細身の木剣二本を抜いた。
その表情は、普段よりもムッとしている。
「おやおや、二刀ときたか」
「アヴァロン流剣術には多くの型がありますが、その中でも基本となる右手一刀はフェリシアが苦手とする型なのです。もっとも、その型ですら彼女を凌げる者はおりませんでしたから、先を試せる好敵手を得て、内心は喜んでいるでしょう」
「あたいには怒り心頭って感じに見えるけどねぇ……。坊やも災難だ」
まさにスカーレットの言うとおり、グリムはより苛烈になった打ち込みに追われてボコボコにされていたが、見方を変えれば、越えるべき壁が順繰りに高くなっていってくれる訳だから、日を追えばありがたみを感じるだろう。
「……あたい等も、楽しみが増えたってトコか」
「ふふっ、そうなりますね」
見守られていたことなど露知らず、グリムとフェリシアの打ち込み稽古は、明け方まで続いたという――……
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