GOOD SUTFF ~弱者の精鋭~ Part.3
武舞台に入った選手の名を、審判が高らかにコールした。この場にいる人間の大半は両選手を知っているから、このコールは、主にメアの為のものだ。
「特訓組! 番付圏外、補給部隊所属、ジョン・ニコルズ!」
呼ばれたニコルズは、緊張を吐き出そうと深呼吸している。
「騎士団組! 番付九十七! 守備隊所属、アーリン・クレイ!」
対するクレイは落ち着いたもので、ゆったりと剣を抜いていた。この所作だけでも、両者が踏んできた場数の差が明白である。
そして、審判の合図で、対抗戦の火蓋が切って落とされた。
「始めッ!」
打合いが始まり、兵士達からは堪えきれない歓声が上がる。なんだかんだで戦場に立つ者達だ、お行儀良く観戦しろと言われても、始まってしまえば興奮は抑えられないのだろう。
ただし、一歩退いている観覧席のグリムは静かに戦況を見つめてから「なるほどな」と鼻を鳴らしていた。
「どうしたのじゃグリム? やはり出場すれば良かったと思っておるのか」
「ん? あぁ、違ぇよ。フェリシアの人選が気になっただけだ」
メアがのじゃっと首を傾げると、彼はウォーレンへと水を向ける。
説明するなら部下に詳しい奴に任せたいところ。
「なぁ。あんたは人選にも関わってないんだよな」
「それはもう完全に。しかしながら、あの選出は彼女らしいですね」
「これこれ、二人で納得するでない! どこに共感しておるのか、妾にはさっぱりじゃぞ!」
振り返りたい気持ちをぐっと堪えながらメアが説明を求める。
目は試合に釘付けなのに、耳は背後を気にしているから変な体勢になっていた。グリムが支えてやらなきゃ、きっと椅子ごと倒れただろう。
「要するにだ、フェリシアもきちんと特訓の成果を見極める気でいるって事だ」
まずはグリムが語った。
単純に気に入らないでのあれば、番付上位の騎士と兵士だけで固めればいいのに、彼女はそれをしなかったのだ。騎士団組先鋒の番付は九十七。これはグリムが分かる限り、現在警備に就いていない番付持ちの中で最下位にあたり、フェリシアがそいつを先鋒としたのは、特訓が活きれば善戦しうる力量差を考慮しての事か。特訓組の大半は番付圏外だが、その中にも実力差はある為、段階的に高い壁を用意しようという算段なのだろう。
「……では先に進むにつれ、手練れ同士の試合となる訳か。それは楽しみじゃな。しかし、段階的というのは具体的にどう量るのじゃ?」
「そこで番付が活きるのですよ、メア殿。フェリシア副団長は対抗戦にあたり、およそ番付の一〇刻みで選出しているようですので」
そう言われれば納得しそうな所だが、メアは頷きかけてから尋ねる。
「それにしては、先鋒の数字が半端じゃな」
「城壁の警備は普段通りに続いておりますからね。特別に選ぶことはせずに、非番の者から選出したようです。戦場でも、常に万全の状態で戦えるとは限りませんから、現状で扱える戦力を用いることで、公平性を保とうと考えたのでしょう」
「なんと……、粋な計らいをしてくれるものじゃ」
「魔族との友好に関して思うことはあるでしょうが、彼女は優秀です。個人の感情を優先して対抗戦の意図を無視するような真似はしませんよ」
「…………俺は異議あるぜ、ウォーレン」
「お主が嫌われておるのは態度が太いからじゃろ、自業自得ではないか」
呆れかえるメアから的確に指摘されても、グリムは悪びれることなく肩を竦め、彼女の観察力を証明していた。そして、彼女の観察眼は武舞台上の試合にも注がれている。
現在は、四試合目開始から五分が過ぎようとしているところだ。
「ふぅむ、不思議じゃな……。先の三試合もじゃが、特訓組は試合が始まって暫く経つと、途端に動きがよくなるのう。それまでの硬さが嘘のように消えておる」
「ええ、まるで見違えます。これほど成長するとは、嬉しい誤算としか言いようがありません。――グリム殿、一体どのような訓練内容だったのですか?」
「馬鹿みたいにキツかっただけで、特別なことはなにも。基本的には身体作りと体力作りで、あと俺以外の連中は連携して攻め続けるための訓練をしてた」
身体作りの効果は、グリムを含めて、特訓組の兵士達が明らかに一回り大きな肉体となっていたから、ウォーレンも納得するところ。しかし、それだけは動きが良くなっている説明にはならないと彼は続けた。
「他にも理由があるのではありませんか? 肉体的な変化はすぐに出るでしょうが、精神的な部分はそう容易くは鍛えられません」
「妾も団長と同意見じゃ。グリムよ、勿体ぶらずに教えて欲しいぞ」
「まぁ言っちまえば慣れたんだろ、緊張と重圧に。……いや、どっちかつぅと麻痺してるって言った方が正しいのかもな。特訓最終日に、グッさん達が稽古付けてくれって頼んだんだ、スカーレットに」
聞けば納得せざるを得ない。元獣魔将軍を相手にした際の緊張感に比べれば、騎士団の番付上位者相手の試合なんて可愛いもの。グリムが言った「麻痺している」という表現さえも控えめで、実際には彼等の精神でなにかが壊れたのだろう。
「成程のう。試合の中で打合うことでその差を知り、硬さが取れていったのじゃな」
「最初は戸惑ったろうがな。それにスカーレットは、技術はあるのに満足に戦えてない奴を選んで鍛えてた節がある。俺も気付いたのは最終日になってからだけど」
「どうりで、良い勝負になる訳じゃ」
下馬評は騎士団組の全勝だった。
ところが八戦を終えた時点で四勝三敗一分けと、驚くことに特訓組が優勢。悉く格上相手の試合だったにもかかわらず、この時点で、特訓組の負け越しは消えており、練兵場は熱気に反して静まりかえっていた。
そして、その静寂の中、最終戦を戦う両名を審判が呼び込んだ。
「特訓組大将! 番付圏外! 警邏隊班長! リバー・グッドサン!」
「気張っていきな!」
「い、いってきます!」
スカーレットに背を叩かれ、グッドサンが緊張した面持ちで前に出た。
「騎士団組大将! 番付五番! 守備隊隊長! ロビン・ロックフォード!」
呼ばれた5番手の男、ロックフォードを見下ろすグリムの眉間に皺が寄ったのは、直接手を合わせたからこそだ。
「最後の最後で一桁、しかも5番手か……。グッさんも運がねえな」
「番付十七から六番手までの兵士は、城壁の警備に就いていますからね。残った番付の中でもっとも数字の大きいのが彼なのです」
「グッドサンというのはグリムの上官じゃよな。お主はどう見る、勝てると思うか」
メアにそう問われたグリムは、険しい表情で武舞台にて相対する両名を見つめている。番付の数字はそのまま実力を示し、圏外と5番手では結果は分かりきっていた。
「……無理だ。グッさんじゃ、逆立ちしたって野郎には勝てねえ。俺を除いた上位五人の実力は団子だが、それは俺から見た場合。連中とその他の間には、大きな差があるんだよ。伊達に隊長張ってねえってことさ」
「しかし、そう断じるのは尚早だと思いますよ、グリム殿」
ウォーレンが異論を挟むと同時、審判のかけ声が響き渡って試合が始まった。静かな探り合いを眺めながら、横目でメアが尋ねている。
「ウォーレン団長、その所以を聞かせてもらいたいのじゃ」
「選出順が気になります。ここまでフェリシアもスカーレット殿も、非力な者から先に戦わせておりましたが、スカーレット殿はグッドサンを最終戦に据えた。番付を基準とするならば、彼の出番は四戦目か五戦目が順当。そこを外し、敢えて大将を任せたのには理由があるはずです。或いは、期待があるのでしょう」
対抗戦の経緯は特訓組が四連勝し、引き分けを挟んでからの三連敗である。これは試合が進むにつれて、如何ともしがたい実力差が露わになった結果といえるだろう。それ程までに番付の壁は厚く、だからこそ不思議だとウォーレンは言った。
なにしろ五戦目以降の特訓組選手は、八十から九十番台とはいえ番付持ち。圏外のグッドサンよりも実力的には上にあるはずなのだから――
「ふぅむ、その不可解に期待が見えるという訳じゃな?」
「……そこまで甘かねえぞ、野郎は」
変わらず険しい眼差しで呟くグリム。だが彼が握りしめる拳をチラと見たメアは、微笑みを浮かべて試合に目を戻した。
武舞台上では、グッドサンが果敢に戦っている。決意と期待を剣に乗せ、打ち込み受けるその姿は年に似合わず泥臭いが、彼を嘲笑する者は一人としていなかった。
なにしろ渡り合えている。
万年番付圏外の弱兵が、愛想ばかりの昼行灯が、守備隊隊長の一人にして番付五番のロックフォードと無様ながらも渡り合っている。
両者の攻防は時間を忘れさせ、そうはさせじと試合の経過時間を知らせるために、盾が打ち鳴らされた。
まだ半分と、グリムが歯がみしている。グッドサンはよく戦っているが――
「……残り五分。しんどいな」
「妾には互角に見えるのじゃが、厳しいのか?」
「そりゃそうだ、野郎は本気出してねえ。グッさんに付き合ってるって感じだ」
同じ感覚は戦っているグッドサンにこそあった。
試合開始からこれまで好きに打たせて貰っているという、さながら稽古に似た感触。時折返してくる剣も全力とは程遠く、グッドサンでもなんとか反応できていた。
しかし、残り五分を過ぎてから形勢が変わり始める。
一振り毎にロックフォードの返しが鋭さを増し、グッドサンは防戦を強いられるようになっていた。特訓により膂力こそ増しても、それで返せる実力差には限りがあり、ロックフォードがその範囲を超えた相手となれば、技術面で劣るグッドサンには最早勝ちの目はないように思われる。
それでも彼が粘れていたのは、ひとえに心が前を向いていたからだ。たとえ自分が勝てなくても、引き分ければ対抗戦には勝利できる。その一念だけで持ち堪えていたといえるのだが、ロックフォードに圧倒されるにつれて徐々に攻め気が失われ、ついに気持ちまでもが守勢に回った瞬間――
一瞬の攻防でグッドサンの剣がその手からはじけ飛び、ガランと音を立てて地面を跳ねたかと思うと、彼の首筋にはロックフォードの刃が突き付けられていた。
終わる時はじつに呆気ない。
しかめっ面で決着を見たグリムの耳には、跳ねた剣の残響と兵士達の歓声が混じって聞こえるばかりである。そんな彼の気を知ってか知らずか、メアは気安い感想を口にしていた。
「う~む。グッドサンもよく戦ったが、相手が上手だったと言わざるを得ぬな」
「ええ、メア殿。良い戦いでした」
「そうじゃな。こうなると、やはりグリムの戦いも――」
言いさしてメアは振り返るが、すでにグリムは苛立ちながら観戦席から去っていた。彼はそのままの特訓組の方へと歩いて行くと、武舞台から戻ってきたグッドサンに一瞥をくれ――
「……ダセぇ負け方っすね」
そう吐き捨てて練兵場から出て行った。
称えるでも労うでもなく、単純明快な落胆。
その理由が分かるグッドサンが二重の悔しさを噛みしめて顔を伏せていると、スカーレットの大きな掌が彼の背を叩いた。しかし、顔を上げることが出来ない。
「スカーレットさん……。すいません、負けてしまいました……」
剣で負けることには慣れていたはずなのに熱くなる目頭。グッドサンはこれまでの人生で最大の不甲斐なさを覚えていた。
そんな彼を、スカーレットは誇らしげに見下ろしている。
言葉を大いに足らずともグリムが残していった言葉は、スカーレットにも浮かんでいたこと。彼が吐き捨てていかなければ、彼女が同じ事を伝えただろう。そしてこればっかりは、自分で気が付かなければ身にならないものだ。
やがて、ウォーレンとメアがそれぞれ簡単な挨拶をして、対抗戦は幕を閉じた。
スカーレットの特訓を本格的に取り入れるかは協議の結果を待つこととなり、興奮冷めやらぬままに観戦していた非番の兵士達は、それぞれの休日を楽しみに戻っていく。
そんな中、まだ練兵場に残っている者達があった。
スカーレット達、特訓組である。
「まっ、結果としては上々ってトコだろうね。たったの二週間でよくやったよ」
彼女はそう労うと、一人一人に声を掛けていき、最後に悔しさひとしおなグッドサンに水を向けた。分の悪い勝負と知りつつも彼に大将を任せたのは、それでも一番可能性があったが故。であれば、対抗戦における彼の負けは、スカーレットにも責がある訳だが、単純な慰めなどクソの役にも立ちはしない。
必要なのは前へと進む鼓舞である。
「たかが試合、負けてナンボさね。ただし、もっと強くなりたいなら、坊やが言った言葉の意味をこそ考えな、負けた原因も勝てた理由もそこにある。口は悪くても、あれで坊やはよく見てるよ」
スカーレットに励まされ、グッドサンは年甲斐もなく濡らした頬を拭って顔を上げる。下を向く自分を変えるために志願した、その志を強く持って――
「よし! その意気だ!」
やはり不思議なもので、スカーレットが浮かべる笑みは恐ろしくも頼もしく、向けられる者を奮い立たせる力があり、これまで弱さを嗤われ続けてきた弱者の精鋭達は、この二週間の感謝を込めて不動の礼を彼女へ向ける。
人魔戦争が始まってからの百と数十年、これほどまでに綺麗な敬礼が魔族に向けられたことが果たしてあったのだろうか。
グッドサンが号令を取る。
「一同、スカーレット師に敬礼!」
「「「「「「「「有り難う御座いました!」」」」」」」」
響く挨拶に、スカーレットはむず痒そうに首筋を掻いていた。
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