FIELD WORK ~手を汚す価値~ Part.12
農村の夜は早いものだが、今夜は珍しく陽が落ちても村の中に灯りが目立っている。各自の家から机やら椅子やらを村長の家の前に集めて、ちょっとしたお祝い事と相成っているのだ。
直接的な被害こそ免れていたとはいえ、ムーンベアが出没するというのは農夫たちにとって脅威でしかなく、退治されたとなればその骸を前に祝いたくもなるだろう。
特に幸いだったのは、農夫達を逃がすために戦った騎士に死者が出なかった点である。重傷者は数名いたが、彼等も適切な応急処置を施された後、王都へと運ばれており、その際に馬車を提供したメア達は、負傷者を運んでいったペルシュが戻るのを待ちながら、農村でのお祝いに参加していた。
というより、村長を始め、農夫やその家族から是非にと頼まれたのである。
ひとしきり盛り上がると、メアは村長やフェリシアとしばらく話し込んでから、村の女衆の輪に交ざって談笑しており、GKとライノも似たようなもので、一緒に畑を耕した農夫達と呑めや歌えやの大騒ぎ。
だが、そんな明るい雰囲気の中で、ガロウ一人だけが、物静かに祝い事を眺めていた。
GK達が馬鹿をやらないよう見張る必要があったし、メアのお守りも続いているため、気を休める暇など彼にはないのだ。もっとも、その任務がなかったとて彼の憮然とした顔つきは同じだったろうが……。
ガロウは静かに眺める、骸となったムーンベアを。
村の広場に置かれた巨大な熊の死骸は首級のように飾られ、村の子供達がおっかなびっくり近づいては怖くなって離れてく。
所詮は餓鬼のすることで、そこに深い意味など無いし、言ってしまえば好奇心だけではしゃいでいるのだろうが、その様子を眺めていると、どうにもガロウは心がささくれていくのを感じていた。
村に戻ってきた直後、事情を知った女衆からはいたく感謝され、その時は不思議と悪い気はしなかったのに、何故だか時間が経つにつれ人間達の笑顔が妙に腹立たしく思えてくるのだ。
「馬鹿馬鹿しい……」
戦えぬ者が他者の死を祝うという巫山戯た行為に、思わず溢れる憤り。
だがその独り言を耳にした者がいた。
監視役として残っていたフェリシアは、しかしその独り言を咎めることはせず、彼に並んでムーンベアの骸を見つめる。
周りの陽気さに対し、二人の雰囲気は雪山さながらに冷え切っていて、その温度に相応しい冷めた声音でフェリシアが溢す。
「…………貴様は、故意に倒さなかったな」
彼女は骸を見つめたままで、応じるガロウもまた同じだった。
「……アンタはあっさり斬ったがな。さしずめ副団長の面目躍如ってトコか」
「なにを躊躇っていた」
「アンタに関係が?」
「無いな。ただ解せないだけだ、戦闘狂の魔族が無駄に戦いを引き延ばしたことが」
好奇心よりも、敵を知ろうとする探り合い。
二人の会話はそんな緊張感に満ちていたが、フェリシアの言葉に嘘はなかった。
ガロウがその気になっていれば、それこそ初撃で戦闘は終わっていたはず。彼の実力が自身に勝るとも劣らないだろうことは、フェリシアも確信があったのだ。にも関わらず、ガロウは執拗にトドメをささず、あまつさえ農夫達から遠ざけるようムーンベアを下がらせたその拳戟には、別の意志が込められていたように思えてならない。
いや、むしろフェリシアには、込められた想いが声となって聞こえていたのかも知れない。
ガキの敵は討ったろう、と――
あいつ等は無関係だ、と――
そう聞こえたような気がしたからこそ彼女は尋ねていたのだろうが、やがて口を開いたガロウは軽蔑するように声を発した。
「人間は正しく、魔族は悪か……」
「なに?」
「そりゃあゴキゲンだろう、弱え連中を護ってやるのは。だがよぉ、お前の殺しと、お前が憎む魔族の殺し、そこに違いはあるのかい」
静かに渋面となり、だがフェリシアは顔を向けはしなかった。
「あの熊公、ガキを人間に殺されたんだろ。なら人間を恨んで当然だ、襲うことに、復讐することに誰がケチを付けられる。テメェにその資格があるってか」
「罪もない農夫たちへの脅威。それだけで、私が斬るには充分だ」
「フン、同族が火種を蒔いておいて都合が悪くなりゃ被害者面か。俺等(魔族)をどう言おうと勝手だが、人間ってのそれほど上等かねぇ。何様だよ、テメェ等は」
「……故に、私が斬ったのだ」
今度はガロウの眉間に皺が寄る。
「戦えぬ者を護るため、私は剣を取った。流れ者の浅はかな行為が原因とはいえ、脅威となればこれを排する。なによりも……」
と言いさして、この先は言い訳に過ぎないと彼女は口を噤んだが、ガロウはなんとなく続く言葉を察した。「人間の冒険者が起こした不始末のケツを拭くのは、人間であるべき」恐らくはそんな所だろうが、理不尽な殺しであったことに変わりは無い。
「だから許されると? 結局はテメェ等の都合だ」
「そうだな。しかし後悔はない」
「あって堪るかよ、相手が何であれ殺しは究極の理不尽だ。その上でお上品に傷つこうなんて虫のいい話だぜ。殺した側にはな、そんな贅沢、許されねえんだよ」
ガロウも長く戦いに身を置き、数多の命を奪ってきた。命を懸けるに相応しい相手としのぎを削り、結果として殺めたことは数えきれぬ程であるが、そこに後悔や苦悩はなく、むしろ彼等を誇りに思っていた。
自ら殺めておいて自己憐憫に浸るなど、彼等に対する侮辱ではないか。ガロウは彼等を忘れないし、彼等もガロウを忘れることはないのだから。
故にガロウは腰を上げて、綺麗な骸を見つめたままに問う。
「……手を汚す価値はあったのか?」
「無論だ」
「なら、この話は終いだな」
そう言ったガロウは、背中を向けてメアの様子を見に行こうとするが、そんな彼をフェリシアはもう一度呼び止めた。
「ガロウ、まだ私の問いに答えていないぞ」
「俺は戦いが好きなんだ。一方的な殺しなんぞ、なにが面白い」
多くの人間を屠ってきたが、それは戦場に於いて戦士として振舞った結果に過ぎない。ただ誇りだけを背負ったガロウの堂々たる後ろ姿を、フェリシアは複雑な思いで見送っていた。
――と、ガロウははたと立ち止まり、肩越しに彼女を振り返る。
「……アンタ、腕はいいな。苦しまなかったろう」
「…………」
フェリシアがムーンベアに向けたのは僅かに二突き。
そのどちらもが急所であり、贖罪と慈悲の刃は、見える者には明かであった。




