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魔王女さまのレコンキスタ 〜勇者と魔王は並び立ち〜  作者: 空戸之間
第二話 魔王女さまと緋色戦姫
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FIELD WORK ~手を汚す価値~ Part.10


 開墾が始まってからあっという間に一週間が過ぎた。


 本日は曇天なれど温かく、最早違和感なく土を耕しているメアが最後に鍬を振り下ろすと、村長含めた農夫達から拍手があがった。


 彼女の一振りを以て、ついに一面の開墾が済んだのである。まぁ作業的にはここから肥料を撒いたり畝をこさえたりと工程はいくつも残っているが、それでもキツい土掘りを終えた感慨は深く、メア達は土中から這い出た虫を狙う小鳥を眺めながら休憩を取っていた。


 ちなみにだがGKとライノの組は、この一週間も変わらず遠くの場所で開拓勝負を続けているためこの場にいないが、ガロウは清々したといった具合でメアの傍に居る。


「姫さん、お疲れ様です」

「ガロウもよく働いてくれた。お主がおらねば、まだ半分といったところじゃ」


 手ぬぐいと水筒を受け取りつつ、メアもガロウを労った。

 作業ペースが上がったのは彼が戦技を用いて土を解すようになってからなので、その働きには疑いの余地もない。しかも予定範囲を解し終わった後は、メアと並んで鍬まで振ってくれていたのだから、彼女からしたらありがたい限りである。


「――して、どうじゃガロウよ? 人間と共に居る感想は」

「……まだなんとも。自分が対した人間は戦士ばかりでしたから、戦えない人間に価値を見いだすってのは難しい。感想と言われても困りますぜ、姫さん」


 なにせガロウにしてみれば、戦場で斬り結んでいた時間の方が遙かに長いのだから、一週間程度で認識を改めろというのが無茶なのだ。彼にとっては戦場で出会った人間こそが全てであり、そこに誇りも持っていようから、打ち倒した彼等を忘れてしまえというのは、あまりにも心がないとメアも納得していた。

 だからせめて、『人間にも色々いる』ということを知ってもらえるだけで良かった。


「では、戦いと労働とではどうじゃ?」

「比べるまでもねえってことは姫さんにも分かるでしょう。アンタも魔族だ、戦いの中で感じる高揚感は他の何にも代え難いモンです」


 ガロウはそう言い切ったが、彼はふと掘り起こされた広大な土地を見渡した。

 彼が解し、農夫達が掘り起こした一面の大地を眺めていると、言い様のない感慨みたいなものが湧き上がってくるのだ。


「ただ……、なんて言いますか、これはこれで……って感じですかね」

「……うむ、これはこれで、じゃな」


 ガロウは釈然としない様子だったが、メアは満足気に笑った。

 歩み寄るとは、云うは易いが障害は多い。そして目的地が彼方にあるからこそ、進む一歩は小さくとも意味がある。一人が一つ理解する度、そしてして貰う度に確実に前へと進めるのだ。


 その証拠だろうか、初日こそ色濃く警戒していた村長達が、いまでは軽食を持ってメアの元へと集まっている。休憩時にはメアが乗ってきた馬車の傍で一息入れるのが定番となったのは、彼女が持つ人当たりの良さ故だろうか。


 メアは彼等に多くのことを訊いた。


 人間の生活、農夫の暮らし、戦に対する思い、魔族への感情。


 それは決して聞き心地の良いことばかりではなかったが、酸いも甘いも噛みしめて耳を傾ければ、自ずと見えてくるものがある。……いや、聞きたいことばかりは意味が無い、と評する方が正しいか。


 なにより彼女にとって嬉しかったのは、農夫達からも魔族についての問いがあったこと。質問とは少なからず興味があるという証明。まだ完全に気を許されていないと分かっていても、訊かれること、それ自体が交流のための行為なのだから。


 当然そこにも口にしづらい部分はあったが、メアはできる限り答えたし、特に彼等が農夫であるため、魔王城がある黒の大地で採れる作物の話なんかで盛り上がったりした。


 たかが休憩されど休憩で、メアにとってはこちらも大きな収穫なのだ。

 と、そろそろ作業に戻ろうかとなった頃、メアが村長に尋ねた。


 一面分の土を掘り起こしたが、次はなにをするのかと――


「もう一度、畑に鍬を入れて土をさらに柔らかくいたします。掘り起こしこそしましたが、このままでは根付きが悪いもので」

「なんと! まだ耕すのか⁈ ……して、その後は?」

「堆肥を巻いて畝を作り、種まき、そこから八ヶ月世話をして、収穫となります。予定地全てを開墾することは難しいでしょうが、収穫期はこの一帯が黄金に輝いて見えることでしょう」

「それは素晴らしい、妾も待ち遠しいのじゃ! では、実りのためにも作業に戻ろうかのう」


 そう言って腰を上げたメアの耳が、名を呼ばれたような気がしてピクリと震える。しかし仏頂面で見張りを務めるフェリシアを見ても不思議そうな視線を返すだけで、それはガロウも同じだった。


 ――気のせいだろうか


 なんて気を取り直したメアの名を、先程より僅かに大きな声で呼ぶ者がいた。

 この一週間、メア達の馬車を牽いてくれていた人馬の娘、ペルシュの声は、その巨躯に対してあまりにも儚く、風が吹けば消えてしまいそうなくらいである。ガロウをして、『恥ずかしがり』と評するに異論はない。


「妾になにぞ用事か? えっと、ペルシュじゃったな、其方の名は」


 農夫達を先に行かせて、メアは彼女の前に回った。

 メアが小柄なのもあるが、重馬の下半身を持つペルシュの身長は見上げるほどに高い。しかし目元を隠した髪型のせいで目は見えないから不思議なものだ。


「……………………」

「む? すまぬ、よく聞き取れなかったのじゃが」


 ペルシュの口元は動いているのに、肝心の声がびっくりするほど聞こえてこない。メアはかなり耳が良いので、対面していて尚聞こえないというのは結構なことである。

 すると流石に見かねたのか、ガロウが喝を入れた。


「しっかり喋れペルシュ。ガキじゃねえんだ、あがり症はお前の問題だろ」

「ぅぅ、はぃ……」


 これもいつもの事なのか、ガロウがもじもじしているペルシュを見ながら鼻を鳴らすと、彼女は意を決したように息を吸い込んだ。

 とはいえ、声は極小であったが。


「あのぉ、わたしもお姫様を、て、手伝いたくてぇ……。あのぉ、よろしいですかぁ?」

「うむ。無論、歓迎じゃが……」


 なにしろペルシュの体軀はこの場にいる誰よりも大きい。GKやライノにすら勝るのだから、そんな彼女に合う農具なんて、果たしてあるのだろうか。


 メアが心配したのはそこだったが、その問題は彼女自身が解決した。

 蹄の音を響かせたペルシュが荷台から降ろしたのは、主に騎兵が用いるランスである。


「あぁ、その騎槍は其方の得物じゃったのか。して、それを用いてどうする?」

「えっとぉ、土を混ぜたい、んですよね? 人間さんたちを畑から、どかしてもらえますか?」

「このバカ……、姫さんに頼んでどうすんだ」

「よいのじゃ、よいのじゃ。頼ってくれて妾は嬉しいぞ」


 無垢な無礼に顔をしかめるガロウを宥めると、メアは作業に戻っている農夫達に手を振った。


「お~い、皆の衆! 再開したばかりですまぬが、ちょっと畑から出てもらえんかのう! このペルシュが力を貸してくれるようなのじゃ~!」


 陽気な声に振り返った農夫達は、不思議そうに顔を見合わせてから畑を開けた。

 彼等にとってもペルシュはよく分からない魔族なのだ。馬車でメア達を運んで来て、帰るまで馬車の近くで待っている。一度なんて、馬車を繋いだまま半日立って過ごしていたくらいで、下手をしたら荷馬の方がコミュニケーションが取れそうなのだ。


 そんな彼女が、地味がすぎる人馬の女が、いったい何をするのだろうという不思議な興味が、全員の中に湧き上がってくるのは、ある意味自然なことだろう。

 ただ一人、その能力を知っているガロウを除いては――


「……ペルシュは何をするつもりなのじゃ?」

「見てれば分かりますぜ、姫さん」


 自信ありげなガロウを他所に、ペルシュは申し訳なさそうにフェリシアの前を通って、畑から少し距離を取る。ランスを腰に構えた形からして、あれは助走用の間合いなのだろう。


 蹄で地を掻き精神統一


 深呼吸して気合い充分


 重たい馬蹄を響かせながら駆ける彼女が急停止するのと同時、馬体からの力を捻りながら突き出せば、螺旋状の圧力が敵陣をかき乱す竜巻さながらに畑の土をひっくり返した。


 技の名は『螺旋槍撃(スパイラル・チャージ)』。


 帯状となった螺旋の衝撃、その射程は畑を縦断するのに余りあり、なにより驚くべきなのは、掻き回された土の感触であった。長年、畑を見てきた農夫達をして感嘆せしめるに相応しい解れ具合なのだから、そりゃあ農夫達からも驚きの声が漏れるし、ペルシュも彼等に囲まれる訳である。


 無論、目を剥いたのはメアも同様であった。極度の引っ込み思案である彼女が、まさかこれほどの実力を隠し持っていたなんて、どうして思えようか。


「……姫さん、王女に似合わねえ顔になってますぜ」


 横目でガロウに指摘され、メアは表情筋に戻るよう伝える。


「じゃが、驚きもしよう! よもやこれほどは思いも寄らなかった! ……あの様子じゃと、ペルシュも戦場に赴いておったのか」

「中々どうして強いもんで。なにを隠そう、ウチの一番槍だ。集団戦では毎度先頭を行く」

「なんと⁈ 彼女がか⁈」

「やる時はやる。姐御の下に付いてるってことを、忘れてもらっちゃ困ります」


 そう語るガロウは静かな自負を滲ませていたし、メアもその言葉に納得する部分はある。スカーレットが彼女を派遣したのも信用があるからだろうし、そこには実力が含まれていることも理解出来る。なにしろ一番に突撃したがるであろうスカーレットが先陣を任せ、そして一番槍を譲っていることからも、ペルシュが強者であるのは間違いないだろう。


 ただそこまで理解していてもメアがいまいち信じ切れないのは、農夫達にチヤホヤされていたペルシュが彼等の囲いから逃げ出して、馬車の影に隠れているからである。

 恥ずかしそうに覗き込んでいる様子なんて、まるで水浴びを覗かれた乙女のようだ。


「……はぁ、あとは普段から堂々としてりゃあ、ちっとはサマになるんですがね」

「ふぅむ、なんとも不思議な娘じゃのう」

「おい、ペルシュ。もじもじするなって言ってんだろ、腕が泣くぞ」

「あうぅ、ごめんなさい先輩ぃ……! でもあたし、あんな風に人間に囲まれるなんて、は、初めてなんですぅぅ……!」

「よいのじゃ、よいのじゃ。其方が自ら申し出てくれただけで、妾は嬉しいぞ」


 メアが涙声のペルシュを褒めてやると、彼女はやはり恥ずかしそうに顔を引っ込めた。馬車から飛び出しているランスの物々しさとの温度差は明かであるが、それもまた彼女の一面、堂々たるを強制しても詮がない。


 と――、穏やかな雰囲気に包まれている中で一人、フェリシアの表情に緊張が奔った。


「……? あれは、どうしたと言うのだ?」


 彼女が目を細める先に映っているのは、ずっと遠くから、慌てた様子で走ってくる農夫達。そして彼等を追っているGKとライノを認めたフェリシアの右手が柄へと飛ぶ。


 案の定、連中が農夫達を襲ったか。

 やはり綺麗事を並べても魔族は魔族、人間とはどうしたって相容れない。


 一転して険しい表情で――だが掴んだ剣を傍にいるメアへ向ける前に、フェリシアの手が止まった。ガロウに止められた訳でない、彼女自身が止めたのだ。

 なにしろ駆けてくる農夫達をよく見れば、必死で逃げている様子ではあるものの、背後にいるGKやライノたちもまた、何かから逃げている様子。しかもこの二人は、走れない老人達を背中に脇にと抱えている。


「ア、兄貴ィ~! なんとかしてくれYO~ッ!」


 情けないGKの声が届き、彼等のさらに背後を注視すれば、巻き起こった土埃の中に巨大なシルエットが浮かぶ。それは大柄なGKたちでさえ見上げるような、巨大な熊の影。獲物を追う四つ足姿勢でありながらも、まるで巨岩さながらである。


 最初に動いたのはフェリシアだった。彼女は事態を理解するや、待機していた部下に命令を出し逃げてくる農夫達の救助に向かわせ、自身の馬を連れてくるようにと伝えている。離れた場所に繋いだことが仇となっていた。


「……俺たちはどうします、姫さん」


 ガロウに問われるまでもなく、メアも思考していた。


 脳内を駆け巡る理想と想定。


 農夫達を救ってやりたいが、人間達が最も恐れるであろう魔族の武力を示すことは、いっそ遠ざけておきたいというのが本心であったし、グリムからもなんでもかんでも首を突っ込むのは宜しくないと忠告も受けて――いや、そんな事を言っている場合ではない!


「ガロウよ、彼等を護ってやれ! 責は妾が負う」

「お任せを」


 待っていましたとばかりにガロウが牙を覗かせて地を蹴り、遠ざかる後ろ姿を、フェリシアは歯がみしながら見つめている。


 ――と、彼女の隣で馬蹄が響いた。


「あのぉ、わ、わたしでよければ、そのぉ……、乗りますか?」


 申し訳なさそうに差し出された人馬の手だが選択の余地はなく、フェリシアはすぐさまペルシュの背に飛び乗った。



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