FIELD WORK ~手を汚す価値~ Part.7
ある日の昼下がり。グリムが両手で抱えた本の上に座っているテューレが、運ばれる歩幅に揺られながら彼を見上げていた。
「いやぁー、ありがとうねグリム君。助かっちゃったわ」
「別にいいさ、魔法で運ぶのも面倒だろ」
この日はグリムにとって、スカーレットの特訓が始まってから二度目の休日なのだが、その日の彼は珍しく暇だった。
毎回どこでシフトを嗅ぎ付けているのか知らないが、休日の度に尋ねてくるメアも城を離れているため、いつもより時間の流れが遅く感じる。実にまったりとした半日を過ごした彼は、食堂で昼食をとってから、城内にある図書室で本を探していた。ここにある蔵書はレリウス三世の厚意で城勤めの者に貸し出しているらしく、グリムもちゃっかりその恩恵に預かっているというわけなのだ。
薬草や薬の調合に関する知識は有しているだけ得であり、本職が回復師である彼にとっては願ってもない機会。そういう理由で読みたい本を見繕った彼が司書のところへ貸し出し申請をしに行ったときに、同じく本を借りようとしていたテューレを見つけ、まぁモノはついでという事で、彼女の本も一緒に運んでやっていた。
向かう先は、テューレに任された『星渡りの蝗』研究室である。
「そういやぁアヴァロンに来てからこっち、バタバタしてて覗きに行けなかったんだよな。あの兵器の調査は進んでるのか?」
「正直、手こずってるわ。誰かさんが派手に壊してくれたから」
「大金星だと思うけどな」
「ふふっ、それはそうね」
テューレが調べているのは、グリムとメアによって撃破された『星渡りの蝗』の大型多足兵器。グリム達が『タコ野郎』と呼んだ兵器の残骸は、密かにアヴァロン城へと運び込まれ、現在はテューレをはじめとした数名により調査が進められていた。同型の存在は魔王城での戦闘ですでに複数確認されているため、弱点の発見が急務なのである。
「あ、グリム君。その扉よ」
テューレの案内で城の端にある不便な階段を地下へ地下へと下っていけば、魔光石の照明がぼんやりと照らす地下通路に出た。石造りの通路は妙に広く、いくつにも枝分かれしているのでちょっとしたダンジョンの様相を呈しているが、彼女は慣れた様子でグリムを研究室へと導いた。
「やけに奥まってるな。相当潜ってるだろ、ここ」
「お城の三階分くらいかしらね。不便だけれど、表に置いておくわけにもいかないもの」
行き止まりにある、不自然に大きい蔵のような扉を押し開けると、だだっ広い空間が広がっていて、正しく蔵がそこにあるようである。通路と同じく、照明は魔光石に頼っているようだが、蔵の内部は読み書きにも不便しないくらい明るく、むしろ眩しいくらいだった。
「足下、気をつけてねグリム君。入り口のところ段差になってるから」
「はいよ」
言われたグリムは、絶妙に躓きそうな段差を越えて中に入ったが、彼の視線は足下ではなく、かき集められた『星渡りの蝗』の兵器、その残骸を見つめていた。
金属製の触手
剥がれた装甲の破片
ひしゃげた筒口
焦げ跡の目立つ割れた頭部
メアとの共闘が瞬間、彼の脳裏に蘇ったが、自らが撃破した残骸を眺めるグリムの感想は、なんというか、呆気ないものだった。
「……本体は意外と小せえけど、どうやって運び込んだんだ?」
「この蔵は地上にあったんだけど、残骸を運び込んでから魔法で地下に埋めたのよ」
「あぁ、有事の際に使う隠し倉ってわけか。普段は食料か物資がしまってあったんだろうな」
「きっとそうでしょうね。便利よね、魔法って」
テューレはそう答えると、小さな羽根で羽ばたいてふわりと宙を舞って、部品で溢れた机の方へと飛んでいった。
「本はこっちに置いてもらえる?」
気もそぞろながら、頼まれるままに本を置いたグリムは、チラとその背表紙を見た。そういえば、彼女が何を借りたのかを訊いていなかったのである。
「『魔法入門』『魔法の種類による魔力の制御研究』『防御魔法における魔力の流動性』? なんだ、新しい魔法でも覚えようってのか」
「調査に必要なのよ。『星渡りの蝗』の兵器は、魔力に似たエネルギーを動力にしているんだけど、制御が上手く出来なくってね。なんとか互換性を見つけられればと思って。みんなも知恵を絞ってくれてはいるんだけど、こればかりは私が頑張らなくっちゃ」
「みんな?」
と、言いながらグリムは蔵の中を見回し、その静けさを確かめてからテューレに向けて片眉を吊り上げた。彼が聞いた話だと、確か三名の魔法使いが彼女の助手に付いたはずだが。
「……今日はお休みを取らせたの。熱心で助かるんだけど、放っておくと気絶するまで仕事してるから心配になっちゃって」
「お前も他人のこと言えねえだろ。魔力不足で身体が濁ってんぞ」
「こらグリム君、女性の身体をそんな風に言うなんて感心しないわよ」
身体的に小さくてもテューレの方が遙かに年上。微笑みながら窘める彼女の所作には、大人の女性が放つ色気があった。
とはいえグリムが心配しているのもまた事実。テューレの身体は透き通った緑色のスライム状であり、魔力を主なエネルギーとしている為、体調の善し悪しはそのまま濁りとして現れるので、万全でないことは一目で分かる。
ただ、本人が気張っているところで執拗に気を揉んでも鬱陶しいだけだろうから、グリムはそれ以上踏み込むことはしなかった。
「助手ってのは三人だけなのか? むしろ、調べたがる奴ばっかりだと思ってたぜ。魔法使いや学者共が喜びそうなもんだろ」
「最初は大勢いたんだけど方針の違いで揉めちゃって。研究班を二つに分けることにしたのよ」
「あぁ……、城勤めの魔法使いってのはプライド高ぇからな」
魔法使い、特に城に仕えて研究に勤しむ魔法使いには学者気質が多く、年中研究室に籠もっては実験を行い、新たな魔法の研究開発に心血を注いでいる。人生の大半を本と向き合って過ごす上に、研究は個々人で進めるために他者とのコミュニケーションが下手なうえ、頭ばかりが良いために他者を見下しがちである。
そんな連中が、さあ協力して調べようとなっても、極上の食材を考えなしに鍋に放り込むのと同じように、まぁ上手くはいかないものだ。故にテューレは、役に立ちそうな数名だけを助手として指名した、ということらしい。
「勘違いしないでね、グリム君。魔法使いの皆さんは優秀よ? 彼等の思案はいつか必要になる時が来るわ、ただ今じゃないというだけで」
「……というと?」
「現段階で必要なのはエンジニアじゃなくて、メカニックってこと」
テューレは簡潔に伝えたつもりのようだが、グリムの眉間には怪訝そうな皺が寄る。彼女の生まれ故郷の星と、グリムたちが暮らす星オーリアでは、曰く文明レベルに大きな開きがあるため、テューレにとっての常識が、グリムにとっては未知だったりするのである。
この手の齟齬は度々発生するので、その都度分かり易く説明するのに、テューレは苦労していた。
「えぇっと……、つまり物理的に武器を作ったり直したりする鍛冶屋がメカニックで、そこに付与する魔法を考案したり、実際に付与するのがエンジニアだと思ってもらえばいいかな。うまく伝わってるかしら?」
「……まぁ何となく。とにかく、『星渡りの蝗』の兵器を調べようにも、まずは修理しなきゃならなくて、それには頭でっかちの魔法使いじゃ役に立たねえと」
「言葉に悪意があるけど、概ねその通りよ」
「んでテューレは、そういう修理に興味がある奴を助手に残したワケか」
多分、そいつ等は変わり者だろう。
城に仕える魔法使いでありながら、魔法の研究よりも技術に興味を持っているとなれば、魔法使いの異端者であることは明白だが、役に立つのであれば問題にならない。大事なのは思想云々よりも必要な事を成せるかどうかであり、彼等の能力を認めたからこそテューレが選んだのだ。
であれば、門外漢のグリムが口を出す領分ではなく、彼もまた自分が出来る範囲の仕事をしようと口を開いた。
「あの残骸、しばらく見ていっても?」
「どうぞ、ご自由に。ただし、向こうに置いてある部品には触っちゃダメよ」
言われてグリムが目を向ければ、蔵の隅に細かな部品や武装らしき物がまとめられていた。
「……触るとどうなる?」
「それが分からないから言ってるの」
「了解だ。じゃあ好きに見させてもらうぜ」
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