FIELD WORK ~手を汚す価値~ Part.5
女衆から奇異の目を向けられながら農村を抜けた一行が開拓予定の平原に到着すると、二十名からの農夫達が、休憩所として建てられた東屋の周りに集まっていた。
日に焼けた彼等の面持ちに歓迎の色はなく、不満と困惑が匂い立つ。唯一好意的な振る舞いをみせているのは、村長とおぼしき老人だけである。
「フェリシア様、ようこそおいで下さいました」
「村長、今日は世話になる」
フェリシアは村長と握手を交すと、次いでメアの紹介に移る。
「こちらは、ミィトメア・ディアプレド王女。既に伝わっているだろうが、彼女は魔王ディアプレドの娘でありながら人間と魔族の共存を望み、現在はアヴァロン城にて陛下の賓客として迎えられている。本日は人魔共存の一角として、農作地拡大への助力を申し出て下さった」
「メアと呼んでくれて構わぬ。今日は急な申し出にも関わらず、協力してくれたこと感謝する」
そう言ってメアが差し出した手を村長は困惑したように見つめて、それから赦しを乞うようにフェリシアの窺いの視線を送った。魔族とはいえ相手は王女、しかも王様の賓客として迎えられている人物の手を、一介の農民が握って良いものか。まかり違えば縛り首になりかねないので慎重になるのも当然だが、フェリシアは小さく首肯して村長の不安を拭った。
「あぁ、これはこれは、お目にかかれて光栄です。王女様」
「無理に取り繕うことはない。長きに渡る敵同士、その言葉を使うに相応しいとお主が感じたときに口にして欲しい。王女と呼ぶことも同様じゃ、メアでよい」
「恐れ入りますです、メア様」
いくらメアが許しても、村長にしてみれば無理難題だ。自分たちの領主であるアヴァロン王の姿すらまともに見たことがないというのに、魔族の王女が目の前にいる衝撃をすんなり受け入れられるはずもない。
とはいえこのままでは埒が開かないので、フェリシアが進行役として話を進める。
「それで村長。畑作りの進捗を聞かせてもらえるか」
「あぁ……、ではこちらへ」
百人を越える大所帯を引き連れながら、村長は開拓予定地の平原へとメア達を案内したが、そこはほとんど手付かずのまま、目印の杭が打ち込まれている程度だった。
「今のところ予定されている9面の内、一つが済んだだけになります。なにぶん普段の農作業と平行して行っておりますので、開墾に回せる人数も少なく……」
「我々は諸君を叱責するために来たのではない。農地拡大は元より数年単位で進める予定だったのだ、陛下もその点は理解しておられ、働きにも感謝していらした。急遽拡大を急くことになったのは色々と事情が変わった為、諸君に責はない」
「そう言っていただけると、ありがたい限りです。フェリシア様」
「ふむ。では村長よ、我らはこの先を耕せば良いのじゃな?」
近くに森こそあるものの、向きを変えれば地平線まで見渡せる大平原に圧倒されながらも、メアはさぞやりがいがあると楽しそうで、時間が惜しいとばかりにガロウ達を呼び寄せる。
畑作りには段階があるが、兎にも角にも土を掘り起こし柔らかくしなければ始まらず、なによりもこの工程が大変なのだ。それこそ千年単位で雨風に晒させ固まった地面であるから、鍬を入れるだけでも重労働。だからこそ、魔族の膂力が役に立つ。
村長からさしあたっての作業内容を聞いたライノとGKは、メアの指示で農夫達と一緒に鍬を振り始め、数倍のペースで土を掘り返すことでその能力を示したが、暫く進んだところでGKの手が止まった。
「おい、GKなにを休んでんだ?」
ガロウが監視役としての役目を果たすと、GKは手にした鍬を頼りなさそうに見下ろしてから「土掘るならもっと良い方法がある」と言い出す。
「……余計な真似する気じゃねえだろうな」
「兄貴ィ、俺だって考えてんだYO? 要するに、地面砕けばいいんだろ? こんなチンタラやるよりも俺様に任せなYO!」
「なにぞ、名案でもあるのか、GKよ」
メアの問いに、GKは最高の笑顔とサムズアップで答えると、ご機嫌な鼻歌交じりで作業中の農夫達から離れた場所に陣取った。かと思えば、ウホホイと高く飛び上がり、その大きな拳に魔力を込めて、思い切り地面に打ち込んだのである。
土が硬く耕しにくいなら、いっぺん砕いてしまえばいい。
その能力こそ期待されていた部分かつ発想もよかったが、地中で炸裂した打撃の威力が高すぎたのか、周囲に巨大な土の塊をぶちまける結果となってしまった。しかも投石器みたいな勢いで飛び散ったので危険この上ない。農夫達に怪我人がでなかったのが幸いである。
であれば、ガロウが怒声を上げて詰め寄るのも当然だ。
「GKッ! この馬鹿野郎、加減を考えねえかッ!」
「ワリィ、ワリィ、兄貴。ミスっちまったぜ! でもこれでラクになるってもんだろ!」
「はぁ……、ガロウの兄貴。こんな猿の好きにさせるのが間違いなんですよ」
鍬を担いだライノがやってきて丁寧に馬鹿にすると、売り言葉に買い言葉でGKも熱くなる。
「だからYO! ライノ、俺はゴリラだ、しかもキングぜ! いつになったら覚えるんだ⁈ 動きだけじゃなくアタマも鈍いぜ、おい!」
「お前が素早いのはオツムが空だからだ。悩まないから易々とバカやる、貴様こそ学べ」
「ちょいと力加減ミスっただけで名案だったぜ! この為に俺たちが選ばれたってのに、チンタラやっててどうすんだYO!」
「貴様一人が馬鹿だと思われるならいい、俺たちまで巻き込むなと言っている。チンパン頭に理解出来るとは期待していないがな」
「おい、ライノ。闘ンの――」
「――――いい加減にしろよ、コラ」
にわかに殺気立つGK達を抑えつけたのは、静かにキレたガロウだった。メアやフェリシアの手前、理性的に振舞い続けていた様だが、根は獣魔の戦士であり決して辛抱強くはない。
彼は劣る体軀ながら二人の首根っこを掴み寄せると、真顔のまま静かに唸る。
「……よく聞けや、阿呆共。テメェ等が暴れてぇなら好きにすりゃあいい、この場で闘るなら止めやしねえ。だがここにいる理由忘れて姫さんや姐御の顔に泥塗ろうってんなら、どっちが勝とうが肥やしに変えてやるぞ」
種族にもよるが獣魔族は大柄な者が多く、その中にあってガロウは人狼の中でも小柄である。身長でいえばフェリシアにも劣る位なので、故に侮られることも多いのだが、スカーレット一の子分を自称する実力に偽りはない。その証拠に、GK達の勢いは、ドラゴンの尾を踏んでしまったが如く萎えている。
「……どうした? 返事が聞こえねえぞ」
返答如何では首をへし折りかねない声音で問われてはGK達も頷くしかなく、ガロウはそんな両者の理解度を見比べてから「分かりゃ良いんだ」と二人を解放する。
彼にとっては毎度のことなので、メアの元へと戻る頃には落ち着いた表情になっていた。
「お騒がせを、姫さん」
「うむ、ご苦労じゃ。お主を目付役として指名したスカーレットは、やはり正しかったのう」
「しかしだ、ガロウ。連中を自由にしておいて平気なのか」
口を挟んだフェリシアは、向こうで言い合っているGK達を眺めて顔をしかめていた。先程よりは理性的な会話をしている様子だが、いかにも脳味噌に筋肉が詰まっていそうな連中なので、同じ事を繰りかえさないとも限らない。
しかしガロウは心配ないと応じた。
彼はGK達に、耕した広さで勝負するようにさせたらしい。しかもただ耕すだけでなく、畑として使える状態であることを条件としたようで、こうなると農夫達の知識と助けが必要になり、必然として協力体制が作られるという訳だ。
実際、ガロウの策は上手くいったらしく、メア達が眺めていると、彼達は近くにいた農夫達を半分ずつ連れて、、それぞれ別の開墾地へと別れていった。
「流石じゃ、部下の扱いを心得ておるな」
「決め事さえ作ってやりゃ働きますぜ、あの二人は。――これなら文句ねえな、副団長よ?」
「監視の手間は増えたがな。――おい」
フェリシアは控えていた騎士団員に合図を出し、GK達の監視へと向かわせた。彼女にしてみれば戦力の分散にもとれるので、感心半分、面倒半分といったところだろう。
こうして三面平行しての畑作りとなった訳だが、メア達が残った畑においては村長を含めた十名強の農夫達のみとなってしまい、作業ペースは露骨に落ちた。三十分ほど経っても、進んだのは馬車の三台分とくらい、それ程までに大地というのは人間にとって手強い相手なのだ。
額に汗する農夫達
皆、少なからず何かと戦い生きているが
武器を持たない彼等にとっては、なるほどここが戦場なのか
熱心に作業を観察していたメアはそう思い至ると、GKが置いていった鍬を担ぎ――
「うぅむ、なるほど。――ッ、確かにこれは骨が折れる仕事じゃのう」
――と、農夫達に混じって鍬を振った。
あまりにもしれっと彼女が言うものだから村長は遅れて驚き、慌てた様子でメアを止める。しかもいつの間にやら真横にいたから、それこそ目を剥いて驚いていた。
「メ、メア様⁈ おやめ下さい! 王様の客人にこんなことをさせては、レリウス三世様に顔向けが出来ません!」
「必要と感じたから加わりたいのじゃ、体験せねば真になにが不足かを知ることは叶わぬからのう。案ずるな、諸君が責めを負うことはない」
「そうは仰いましても――」
言いながら村長はフェリシアを見上げている。
他の魔族ならいざ知らず、魔王女に農作業をさせるのは彼の裁量を越えていたが、すでに了承済みだとメアは答えた。
「しかしメア様、お召し物が汚れてしまいます」
「無用な気遣いじゃよ村長。ドレスは妾の体毛を魔法で変化させた物、身体を洗えば汚れも自然と落ち、手を汚すだけの価値がある……とはいえ、履き物は適さぬか」
メアはそう言うと、その場で紅いヒールを脱いで近くにいたフェリシアに手渡した。
「すまぬが副団長よ、これを馬車にしまってもらえぬか。大事な物じゃから丁重に頼むぞ」
「かしこまりました。ですが、代わりの履き物は……」
「フフン、心配無用じゃよ」
なんて自慢げにメアが嘯くと、彼女の纏っている黒いドレスがみるみるうちに形を変えていく。ひらめいていたスカート部分を使って冒険者風の服装を形作り、足回りも太腿まで覆うブーツに変わる。靴底もしっかりと地面を踏める様に平坦で、背中の傷痕を見せるために結構肌が出ていることを除けば、農作業にピッタリの恰好だ。
変身魔法の目的は正体を隠すことにあるため、その瞬間を披露する機会は少なく、だからこそメアは堂々と変身して見せたきらいがあった。
なにしろ彼女は、眉を上げているフェリシアの前にあってニッコニコだ。
「……驚きです。グリムから変幻自在と聞いておりましたが、ここまでとは」
「フフーン、そうじゃろ、そうじゃろ! やはり人前で変身するのは楽しいのう! では副団長、靴を任せたぞ! ――さぁ村長、続きじゃ続きじゃ!」
そうして自慢し終えると、メアは軽い足取りで鍬を担いで作業に戻り、農夫に混じって土を耕す。額の汗の、照る太陽の、なんと心地よい事だろう。
最初こそ農夫達には困惑が見え隠れしていたが、共に汚れながら気さくに話しかけてくる彼女の振る舞いに毒気を抜かれたようで、いつの間にやら一緒に農歌を口ずさんでいれば、種族の差があるとはとても思えない。
メアにとっては、これこそ描いた夢の形。完遂まではまだ遠くとも、今は可能性を感じられるだけでも充分で――
「のじゃ? ガロウよ、どうしたのじゃ?」
ふと、メアの視界に灰色の毛皮が入り込み、彼女は手を止めて尋ねていた。
ガロウはあくまで護衛兼、お目付役。なので率先して協力する立場でもないはずだが、誰に言われるまでもなく、メアに並んでこう言った。
「姫さんが働いてんのに、見てるだけとはいかんでしょう。姐さんにどやされちまいます」
「――? 妾がしたくてやっておる事じゃ、お主の働きを怠慢とは思わぬよ?」
「姫さんを手伝ってやれってのが姐さんの命令なんもんでね。それに、こんな開けた場所で見張りもなにもねえもんだ。ただ突っ立ってるのも馬鹿らしいでしょう」
追い抜きながら嘯いて、ガロウは農夫達より大分先まで歩いて行く。
時折立ち止まっては地面を踏んでまた先へ――
意図の見えないその行為にメアも農夫達も首を傾げていたのだが、作業を再開した暫く後に彼女らはガロウが何をしたかを知ることになる。
さくり、さくり、さくりと――
先程までの固い地面と打って変わって、驚くほど簡単に土を掘り起こせるのだ。仕組みはとんと不明だが、おかげで作業は順調に進み、王都へ戻る都合上、メア達が早めに引き上げる頃には、村長の想定を越えた範囲の土がひっくり返されていた。
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