FIELD WORK ~手を汚す価値~ Part.4
人間が持つ魔王軍に対するイメージといえば、残虐非道、暴力的、蛮族の集団といった言葉が挙げられ、その印象は概ね正しい。荒廃した黒の大陸にあって、日一日を生き延びるには厳しい生存競争に勝ち残る必要があるためだ。半端な知恵など役に立たず、単純な力こそが物を言う世界に身を置けば、きっと人間だってそうなるだろう。
だが、そんな魔族の世界にも知恵者は居るし、弁が立つものも居る。またそれらを兼ね備えた強者もだ。荒れるばかりの黒の大陸、または魔族が同胞殺しで滅亡しなかったのは、少数ながらも存在していた賢き強者がいたからである。その中からいつしか魔王と呼ばれる存在が生まれ、多数の魔族を支配下に置いていたことは、彼等にとって幸いだったと言わざるおえない。
強者こそが絶対
故に保たれていた支配構造はある種の法となっており、少なからず魔族にも文明と呼ばれる物が育まれていたからである。
道具にしてもそうだ。大多数の魔族は物を造ることを経験せず、またそこに意味を見いださないのだが、道具が持つ有用性を理解する者の存在がそれを変えた。それは人間との戦争を機により活発となり、彼等は戦場で得た人間の道具を活用するようになった。
馬車なんかもその一つで、現在メアが揺られている幌馬車も、スカーレット達がどこかの戦場で鹵獲した物である。
アヴァロン城下町を出発して二時間ほど経ったろうか。メアは静かに座って、農地に派遣される魔族達と一緒に到着を待っていた。お目付役兼仕切り役として指名されたガロウの他は初対面の者ばかりだったので、最初こそ彼女も色々と喋っていたにも関わらず口を噤んでいるのは、より口数の多い者に主導権を握られてしまったからである。
猿人の獣魔、GKと呼ばれている陽気な男は、まぁよく喋るのだ。なにしろこの一時間以上、ほぼ一人で話しっぱなしなのだから。
「だからYO姫様、俺はマジにリスペクトしてんだ! 姐さんをYO! 魔王とガチでやり合うなんて超クールだぜ! その場に俺様がいりゃあ歴史が変わってたのにYO! あと二百年早く生まれてりゃあ、魔王スカーレットが爆誕してたんだぜ⁈ そしたら俺様は将軍になってかもだ、超クールなコング軍団のリーダーよ、最高だろ⁈ あぁモチ、いまの魔王もリスペクトだぜ姫様? なにせ姐さんに勝った唯一の魔族だからな! アンタに会えて、ぶっちゃけ俺様マジに興奮してんだけど、そんな気配一切ねえだろ? なんたって俺様はコング族の王だからな、常に冷静なんだぜ!」
「う、うむ……そうじゃな……」
この調子で捲し立ててくるので、メアは相槌を打ってやるのが精々である。ガロウが時折諫めても効果は精々数分で、何かをきっかけにまた喋り出すので際限がなく、或いは毎度のことなのか、ガロウも途中から溜息ばかりを吐くようになった。
GKの向かいに座っている獣魔。ライノックスと呼ばれた男は対照的に寡黙なようで、馬車に乗り込んでからこっち、筋肉で張り詰めた腕を組んだまま目を閉じている。
恐らくだが、眠ってはいないようだ。でなければGKが喋る度、あんなに苛立たしく眉間に皺を寄せている説明が付かないから。
「――YO、YO、姫様! 聞いてっかYO!」
「む? あぁ、聞いておるぞ」
「頼むぜ、マジに! 俺様たちはガッチリ姫様に協力するって話だぜ⁈ 両腕を繋いでるムキムキな胸筋みたいにな! 触ってみるかい? 俺様の胸筋はマジで痺れるぜ!」
「いや、遠慮しておくのじゃ……」
「モノホンの筋肉を体験したくなったらいつでも言ってくれよな! 助けが必要な時もだ! 獣魔軍団№3の俺様がいつでもどこでも馳せ参じるぜ!」
「お、覚えておこう……」
陰気な者を相手にするのも疲れるが、ここまで極端に陽気でも心労が溜まる。煮立った油にバケツ一杯の水をかけてても、ここまで弾けはしないだろう。
と、ついに我慢の限界が来たのか、しゃがれた苛立ち声がライノックスから発せられた。
「……聞き捨てならねえな」
鼻先にそびえる逞しい角越しに、彼はGKを睨み付けている。
「――手前ぇが三番手? 道化が精々だ、口だけの猿め」
「YO、ライノ! 俺様はゴリラだ! イカしたコングの王様だってんだYO!」
「肩書き付けたら名前を忘れた阿呆が王とは、コング族が憐れだ」
「HEY、HEY、YO! 同胞をディスるのは無しだぜ! それを言っちゃあライノ、アンタのお仲間はウスノロ揃いじゃねえかYO!」
一度始まった言い争いは止まらず、そしてこれも毎度のことなのか、ガロウは額を抑えながらそれはそれは深い溜息を付いた。成程、彼がお目付役を渋ったのは、こういった理由もあったのかもしれない。なんてメアが考えていると、顔を上げたガロウと目が合った。
「……少し、その空気でも吸われますか、姫さん」
「…………うむ、そうじゃな」
ってな訳で、ガロウは言い争っているGK達に「暴れるなよ」と一応の釘を刺してから、メアを御者席の方へと案内した。
通常であれば馬を操る御者がいる為、三名が横並びに座るには狭いところだが、今回に限ってその心配は無用である。なにしろ幌馬車を牽いているのは人馬の女性なのだから。
「問題ないか、ペルシュ?」
ガロウが訊くと、ペルシュは僅かに振り向いて小さく頷いた。
「丁寧に頼むぜ、なにしろ姫さんが乗ってんだからな」
彼女はまた頷くだけ。前髪が顔を覆っているため表情も読めない。
ガロウは身を乗り出して前方を覗い、それから後方を確認する。彼等の馬車は騎士団の隊列の中央に位置しており、これを護衛と取るか包囲と取るかは意見が別れるところだろうが、ガロウは取り敢えず一息ついていた。
「……はぁ。騒がしくて申し訳ねえな、姫さん」
「ある程度覚悟はしていたが、流石スカーレットの部下だけあって曲者揃いじゃな。同時に頼もしくもあるが、指揮を執るお主は大変じゃろうの」
「そう言っていただけると報われる。戦いになりゃあ放っておいても有能なんですがね」
GKはトリッキーな踊りを用いた徒手、ライノックスは大槌を用いた重打でもって幾多の死線を潜ってきたのだという。いくつの戦場をスカーレットと共に戦ってきたかは知れないが、彼等が放っていたオーラは、メアにしても百戦錬磨を知るに充分なものであり、そしてその気配は馬車を牽いているペルシュの背からも漂ってきていた。
「感謝するのじゃ、ペルシュよ。引き手を快く引き受けてくれたと聞いたぞ。お主の様な部下に恵まれて、スカーレットも鼻が高いじゃろうな」
メアはそう感謝を述べたがペルシュは振り向くことさえなく、代わりにメアが感じたのは、ちょっとした熱気である。
「……ガロウよ。妾は、なにか気に障ることを言ったのじゃろうか?」
「え? あぁペルシュの事ですか? だったら心配無用ですよ、姫さん」
そう言ってガロウが指したペルシュの頭頂部から生えている馬耳は、落ち着きのない雌鳥のようにくるくると回っていた。
「……あれはどういう意味なのじゃ?」
「アガってんですよ。あいつ、人見知りの緊張しぃなんもんでね。昨日、姫さんの件を教えてやってからずっとあの調子で。喜んでるのは確かでしょうが」
「そうなのか……」
本当にスカーレットの部下は曲者揃いであるが、さりとて悪い者はいない。人も魔族も、自分と他者は異なるのが常であり、その差異が誤解と争いを生む。立ち向かうべきは――いや、持ちうるべきは寛容さと互いを尊重する意志だろう。
「お主とも、そのうちに話が出来たら嬉しいのじゃ。急かしはせぬから、お主のことを教えてくれるかのう」
メアが優しく尋ねるとペルシュは控えめに頷いた。小さくとも、これも一つの歩み寄りだ。
と、緩やかにメアが広がる草原を眺めていると、一頭の騎馬が下がってくる。隊列の前にいたフェリシアがわざわざやってきたようだ。
「メア王女、間もなく村に到着いたします。農夫達は作業に出ておりますので、このまま村を抜けて農地の方へと参りますが、よろしいですか」
「うむ。案内ご苦労なのじゃ」
「任務ですので」
淡々とフェリシアは騎士としての役割を全うしながらも、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「……しかしお二人は何故、御者席に?」
「アレの所為だ」
「…………?」
訝るフェリシアだったが、ガロウが肩越しに親指で指した馬車の揺れ方を見てなんとなく察した様子であった。なんなら揺れだけでなく、言い争いも次第に大きくなってきている。
「本当に大丈夫なんだろうな、ガロウ」
「あんたに面倒はかけねえよ」
ガロウは強気に言い返すと荷台を振り返って、ついに吼えた。
溜まっていた鬱憤を爆発させ――
狼獣魔らしく、牙を剥いて――
「テメェ等、いい加減にしろ!」
その怒声は、揉合っている重量級のGK達ですら立ち所に動きを止める覇気があり、意志を向けられていないメアでさえ思わず身体が硬直してしまう程でガロウは「これで文句ねえだろ」と牙を覗かせる。
「ああ。ただし農民の前では控えろ、彼等が怯える。陛下がメア王女に同調する魔族との協力関係を取ったことは伝えてあるが、間近で魔族を見るのが初めての者も居る。大多数の人間にとって、やはり魔族は恐怖と憎悪の対象だ。そのことを自覚しろ」
「一方的に悪者にされてるってのは気に食わねえが、穏便に進めろってのが姐さんの命令だからな。アンタ等に合せてやるさ」
「よろしい。ではこのまま後に続け」
そう言ってフェリシアは隊列に復帰し、ようやく静かになったことを確かめると、ガロウは残っていた怒気をふぅと吐き出した。
「驚かせてすまねえな、姫さん」
「……いいや、構わぬよ。というよりも妾はむしろ嬉しいぞ。冷静で苛烈。成程、スカーレットがお主を重用する訳じゃな」
獣魔としては小柄なガロウが何故スカーレットの腹心を自称し、それが認めれているのか。その理由の一端を垣間見たメアは、微笑みを湛えていた。
「スカーレットは、本当によい部下に恵まれておる。妾も頼もしい限りじゃ」
「………………」
屈託のない褒めにガロウは口を噤んだ。あまりにも慣れない、スカーレットの賞賛とも異なる褒め言葉は強烈であり、後に彼はこう語った。
「振れそうになる尻尾を抑えるのが大変だった」と――
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