FIELD WORK ~手を汚す価値~ Part.1
人間の適応力には驚かされるばかりである。
スカーレットによる特訓が始まった初日は、グリム達、選抜メンバーにとって地獄と呼ぶに相応しい日々の始まりであったことだろうが、日一日と過ぎる毎に彼等は確かな手応えを感じていた。
一振りにたっぷりと時間を掛ける素振りは初日よりも圧倒的に中断の回数が減り、その後の城壁外周マラソンも確実に早く回れるようになっていた。特に一日の訓練を締める岩押しにおいては、倍々で距離を稼げるようになっている。まぁ岩押しに関してのみ、グリムの成果は芳しくなかったが、それでも確かな効果が現れているのは間違いない。
特に一日の休養を挟んでからは、その変化が顕著であった。
当初、スカーレットの想定の二倍は掛かっていた外周マラソンも、身体が慣れた所為なのかほぼ想定通りの時間に戻れるようになり、昼休憩の支度を――出された食事の味が悪かったのもあるが――グッドサンが出来るくらいの余裕も出てきたのだ。そして苦しい特訓を共に受けるうち、初日はどことなくよそよそしかったメンバーの間にも連帯感が生まれてきている。
「はいこれ、グリム君の分だよ」
「……あざっす」
だが、相も変わらずグリムだけは昼食の輪に混じることはなく、グッドサンから皿を受け取ると、毎度独りでふらりとどこかへ消えていた。グッドサンからは「一緒にどうだい?」と誘われていたが、乗ったところで他のメンバーが気まずくなるだけだし、なにより連中からいい印象を持たれていないことを、グリムはなんとなく察していた。
きっと『授かりし物』がなければあの程度だのと、思われていることだろうが、事実としてグリムだけが全ての特訓メニューにおいて手こずっているので、彼自身は特段気にしている訳ではなかった。
――言わせておけばいい
むしろ、そう開き直れるだけの理由があれば、心地よい風の吹く草原を一人眺めて食う飯の、なんと美味いことか。
と、スープに浸かった肉を掬った時である。
「イイ匂いさせてんじゃないのさ」
不意に頭上から声をかけられ、驚いたグリムのスプーンから肉が落ちる。彼が背を預けて座っていた柵に寄りかかるようにして、スカーレットが見下ろしていた。
「人間の作るメシってのは、なんでこうイイ匂いさせるかねぇ。坊や、一口おくれよ」
「ふざけんな、飯なら手前ェんとこのを食え」
グリムは落とした肉をつまみ上げると、軽く土を払って口に放り込む。草の上に落ちたおかげで味は損なわれていなかった。
「なんの用だよ? まだ昼休憩だろ」
「ただ調子を訊きに来ただけさね。師匠を邪険にするもんじゃないよ」
「誰が誰の何だって? 寝言は寝て言え」
グリムは顔も見ずに応えたが、スカーレットの浮かべているであろう、にやけ顔の気配は伝わっていた。昼休憩は短く貴重なので、出来ることなら放っておいて貰いたいというのが彼の本音である。
だがスカーレットに何処かへ行く様子は無く、柵に寄りかかったままグリムの様子をじっと観察していた。かと思えば――
「……坊やの剣、ちょいと振らせてもらっても構わないかい」
――と、柵に立てかけてあるグリムの大剣を指して尋ねるのである。
「んぁ? 別にいいけど、そんなに暇なら別のとこで時間潰した方がマシじゃねえの」
「珍しい得物見たら振りたくなるのが戦士の性分さね。この間は一振り二振りした程度だったからね、もう少し触ってみたいのさ」
スカーレットは礼を言うと大剣を手にして柵を跳び越えていき、グリムは彼女が剣を振るう様子をぼんやりと眺めていた。食事中の暇つぶし程度にはなる、そう思ってただ眺めていただけだがとんでもない。彼女が剣を一振りする度、彼の眼差しに真剣さが宿っていくことになる。
綺麗な剣筋だった。
巨躯にも勝る戦斧を振るっているスカーレットの戦姿からは想像できないほど、彼女の剣にはまとまっている。あれだけの斧を自在に操れる腕力を以てすれば、グリムの大剣など軽いものだろうが、だとしても隻腕とは到底信じられない流麗さで、力任せではなく、全身を使って振るっており、足運びまでも剣術のそれである。
……それにしても、自分の得物が他人の手であんなに綺麗に舞う姿を眺めているのは、なんだか複雑な気分になるもので、グリムは手近にあった小石を拾って軽く投げつけてみた。
どうなったかって?
わざわざ潰れた目の方から投げたというのに、スカーレットは迷い無く剣を振り抜いて小石を両断してみせたのだった。
「……巧いもんだな。あんた剣も使えるのか」
「見くびってもらっちゃ困るね、坊や。伊達に戦場で暮らしてないのさ、刃が付いてるもんなら大体扱えるよ。次は剣同士で戦ってみるかい?」
「やめとくよ、手加減されてるみたいでムカつくからな」
「ハハハッ、それでこそだ」
それから暫く彼女は素振りを続け、ようやく満足したところで剣をもとあった場所に立てかけ直した。
「いつから斧に変えたんだ?」
「さぁどうだったかね。なにせ古い話だからね、忘れちまったよ。ディアプレドと戦った時には持ち替えてたと思うけどね」
「魔王を呼び捨てか」
「あたいにとっちゃ、ディアプレドはディアプレドさ。肩書きで強さが決まるワケで無し」
魔王軍四将の肩書きにも頓着しない、なんとも彼女らしい意見である。
肩書きや称号というのは、その人物の背後にあるものに由来するが、彼女の瞳はただ眼前に存在している人物のみを捉えているのだろう。だからこそ、彼女の言葉は歯切れが良く、対する者にサッパリとした気持ちよい印象を与えるのだ。
「それで? 坊やの調子は?」
「ぼちぼちだ。全身筋肉痛で重てえけど、特訓の成果は感じてるよ」
「そりゃあ良かった。鍛えてやる甲斐もあるってもんさ。坊やはスジがいいからね、その調子で続けてりゃあ、直にもっと強くなるよ。そしたら、あんな技に頼る必要もなくなる」
「あんな技?」
まるで咎めるような言いぐさにグリムはオウム返しをしていた。
スカーレットとの戦闘に於いて、彼は複数の技を使用していた。戦技に始まり、回復魔法や能力強化系の補助系も広く括れば技ではあるが、その中で咎められるような物といえば――
「坊や、途中で心臓に魔力叩き込んでたろ? ありゃあ、いただけないね」
「……ダブル・ダウンのことか?」
「魔族じゃ仰点で通ってるけど、まぁ呼び方なんてどうだっていい、どこで知ったかも興味はない。あたいが言いたいのは、そいつは頼っていい技じゃないってことさ」
スカーレット曰く、仰点はその昔に若い魔族の間で生まれた技だという。力で劣る魔族が格上の相手と戦う際に用いられ、心臓に直接魔力を流し込むことで力量差を覆したと。その技はやがて戦闘時よりも、むしろ鍛錬の際に使用されるようになり、多くの魔族が習得しているのだと彼女は語った。
「――でもね坊や、今となっちゃあ実戦どころか、鍛錬でも使う奴なんていやしない。仰点を使えば、そりゃあすごい力が出せるけど身体は内側から蝕まれるし、タチの悪いことに、このダメージは蓄積して、唐突にすべてが崩壊する。回復魔法も効果がなくてね、自然と治るのを待つしか無いうえに長引くときたもんだ。魔族の肉体でもそれだけの負荷が掛かる代物を、人間の身体で使おうなんて命を縮めるだけさね」
「今更惜しくねえよ」
「つまらない死に方だって言ってんのさ。回復士だろうが剣を握ればいっぱしの戦士だ、死ぬときは戦場で、敵に斬られて死にな。あたいが鍛えてやってんだからね、間抜けな死に様は許さないよ」
説教にしては奇妙な言い回しにグリムは思わず片眉を吊り上げていたが、狗のようにくたばるか戦士として華々しく散るか、どちらかを選べるのならばやはり後者であることに異論はなく、彼は軽口を噤んで聞いている。
「坊やは見たトコこういう鍛錬はしてこなかったろ? 戦ってる間に造られたって身体って感じだからね。いまのウチにしっかり鍛えてやれば、あんな技に頼ることもなくなるさね。あたいとしちゃ技と呼ぶのもいかがわしい代物だよ、ありゃあ。……どうかしたかい、坊や?」
グリムを視線に気が付いて、スカーレットは問いかけた。
「面倒見良すぎて気味がわりぃ」
堪えきれず出てきた軽口を、だがスカーレットは笑い飛ばした。
「ハッ! まぁ魔族らしくはないかもだね。ぶっちゃけると、坊やに死なれちゃあ困るんだよ。
御ひい様は坊やのこと気に入ってるし、あたいとしても楽しみが減っちまう」
「……おっかねえ事言いやがる」
「坊やと全力で闘る日が待ちきれないよ。――さて、あたいはそろそろ戻るかね」
柵から両足に体重を移して、スカーレットは姿勢を伸ばした。
「坊やは休んでな。再開まで時間はある」
「あいよ」
ひらり手を挙げてグリムが応えると、去り際のスカーレットは思い出したように足を止め、振り向かずにこう言った。
「あぁそうだ坊や。剣を重くするのは構わないけど、ちぃとばかし加減しな。ただ負荷をかけりゃあいいってもんじゃないからね。イイ塩梅を探すこった」
そう言って居住区に戻っていく彼女を横目で見送ると、グリムは草の上で大の字に寝転ぶ。全身の筋肉を緩め、ブーツも脱いで深呼吸。そうして体力の回復に努めながらも、ぽつりと溢してしまうのだった。
「……バレちまったな」
秘密にしていた鍛錬を見透かされると、なんだか気恥ずかしくなるものだ。
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