Training Day ~地獄の2週間~ Part.5 ★
メアの一日は、大抵が会議と各方面への調整に当てられている。
スカーレットが人魔共存に賛成してくれた上、積極的に力を貸してくれている事は、彼女に取って精神面で大きな支えとなっていた。スカーレットの部下達も――進んで――とは言い難いが、協力的ではあるため今のところ問題も起きていない。とはいえ頭数が増えても彼等の本分は戦士であり、政治・頭脳面でサポート出来る者がいないため、メアの仕事量はむしろ増えているのが現状である。
住居に食料、アヴァロンに暮らす人々との関わり方。有形無形を問わず、問題は山積み。なので仕事を終えたメアは、居室へ戻るや窓際のテーブルに突っ伏する。本当はベッドに身を投げたいけれど、それをすると絶対に寝てしまうので、メイドが風呂の支度をしてくれるまで耐える必要があるのだ。
「のじゃ~、疲れたのじゃ~」
日中は魔王女らしく振る舞い続ける彼女もプライベートではまだ少女だから、遙か年上のテューレには甘えるように話す。居室を共にして暫く経つが、同室であることに彼女はとても感謝していた。鳥かごにいるテューレは、寝ていない限りふわふわと飛んできて、メアの愚痴に付き合ってくれるのが、それがどれだけ有難いことか。
「スカーレットさんに手伝ってもらえないの? 魔族の将軍だって聞いたけれど、あの人、見かけによらず理知的だと思うわよ」
「頼んだが断わられたのじゃ。魔王軍でも、政や魔王軍のしがらみを嫌って行動していたくらいじゃもの、こればかりは譲らぬよ。部下も同じだろう、似たもの同士じゃから」
「星は違えど類は友を呼ぶって諺はあるものね。……でも魔王の命令も無視してたって事? こう言ったら悪いけれどよく許されてたわね。他の幹部からも不満が出そうだけど」
「父上との個人的な関係もあるが、魔族は力が全てじゃからな。それ程ヴェル……あぁスカーレットの強さは魔王四将軍の中でも圧倒的だったのじゃ」
「……メアちゃんは、ヴェルって呼んでいるの? スカーレットさんを」
素朴な、優しい声でテューレが問う。
「近しい者や、気に入った者にはそう呼ばせていた。まだ幼かった妾にも、いつからかそう呼ぶようにと言ってくれたのじゃ。あれは、嬉しかったのう……」
「よくしてくれたのね」
「うむ、妾にとっては母代わりじゃ。……とにかく、ヴェルは父上がいなければ、現魔王の座にいたはずじゃよ」
スカーレット曰く、両名の決戦は三日三晩の壮絶な殴り合いだったらしい。結果としてメアの父親ディアプレドが勝利こそしたが、その差を分けたのは魔王の血筋だけだったという。
「そんな偉大な魔族に鍛えられるなんて、グリム君も光栄で大変ね」
「じゃが大いに期待できる。ヴェルは否定するじゃろうが、あれで面倒見が良いからの。……とにかく、両者熱烈な戦いを経て互いに認め合い、父上はヴェルの手下ごと獣魔軍として迎え入れることにしたらしいのじゃ。その頃は、まだ父上の部下も少なかったと聞く」
「魔族にも歴史ありね、壮大すぎて詳しく知りたくなってくるわ。機会があったらスカーレットさんに聞いてみようかしら」
「聞けば教えてくれるじゃろう、しかし何日掛かるか知れぬぞ? 数百年分の物語じゃから」
「それだけ長く味わえるわね。…………?」
好奇心からニコリと笑みを浮かべていたテューレであったが、ふと耳を震わせて眉根を寄せた。夜はどこも静まりかえっているので、些細な音でもよく響く。
「ねえメアちゃん、さっきから変な音が聞こえない?」
「うむ、妾も気になっておった。なんじゃろうな、何かを、木を叩いているような音色じゃが」
「外から聞こえるわね」
届く異音に惹かれるまま、二人は窓を開けて覗き込む。
月明かりが照らす朧気な城下町から更に視線を下げたメアは、真下にある庭に目をこらし、かと思えばおもむろに窓から飛び降りた。
人間であれば死亡必死の高さもなんのその。ドレスを翻しながら落下していく彼女は、だが静かに城の庭へと着地すると、音の正体に呼びかけた。
「騒がしいのう、グリム。なにをしておるのじゃ?」
「……見りゃあ分かるだろ」
一瞥だけしたグリムは両腕をだらんと下げたまま、寝床である小屋の扉に、繰り返し繰り返し、肩を擦りつけるようにしていた。
彼の表情は真剣そのものだが異様であることに違いはない。
「いや、さっぱり見当付かぬから訊いておるのじゃが」
「……なんでもねえよ。お前こそサッサと寝ろ」
「友の珍妙な行動を目の当たりにして、理由も知らずに床に就けと? 無理な相談じゃ、心配で余計に寝付けん」
どこからどう見ても異常行動そのものなので、訳を知りたがるメアは心から心配していた。
きっとどう誤魔化したとしても、彼女は粘るだろう。その様子が想像できたグリムは観念したような息を漏らすと、ただ事実を伝えてやった。
とはいえ、原因は強烈な筋肉痛なので、それを聞いたメアは安堵したように笑う。
「なぁ~んじゃ大袈裟じゃな、心配して損したぞ。本当は大した事もないのじゃろ?」
そう言って、メアは尻尾の先でグリムの身体をかるく突いた。それは本当に軽く、尻尾の先端でちょびっと触れた程度だったはずなのだが、途端にグリムが歯を食いしばって唸り出したので、彼女は大いに慌てることになる。
「うわぁッ、す、すまぬ……! まさかそこまで痛めているとは思わなかったのじゃ」
「スカーレットさんに随分しごかれているみたいね」
ふわふわと遅れて下りてきたテューレが微笑ましそうに言った。
「貴方もよくやるわ、腕が上がらくなるまで追い込んでるなんて」
「あッ、それで扉を開けられなかったのじゃな⁈ そうならそうと言えばよいじゃろうに!」
「だからなんてことねえって。騒ぐな、これくらいで」
「強がらず妾に頼ればよいじゃろう。待っていろ、いま開けてやるのじゃ」
急ぎメアが扉を開けてやったが、グリムの歩みはナメクジを凌ぐ鈍さであり、彼女に支えなられつつ、うめき声を絞り出しながら即席ベッドに横になる様は、老人か、アンデッド系の魔物を彷彿とさせた。
「もう、大丈夫だ……」
「そうは見えぬ。なぜ回復魔法を使わぬのじゃ」
メアから当然の疑問。
死んでなければ治してやると豪語している彼の回復魔法ならば、この程度の筋肉痛など瞬間的に回復できるはずなのだ。
「……スカーレットに止められてんだよ、特訓中は回復魔法使うなって。魔法で治しちまうと回復は早いが、訓練の効果も薄まるからな」
「そう、なの? メアちゃん?」
「いや、妾に聞かれても困るのじゃ。回復魔法は専門外じゃし……」
「……前衛職の戦士や武闘家も似たようなこと言ってたからな、多分あってるよ。回復魔法は生命力を使って傷を元に戻すだけだから、元の状態より強くなることは少ない」
グリムの声の、なんと弱々しいことか。
疲労のせいで顔面の筋肉さえ職務放棄しているらしいグリムをじっと見下ろしながら、メアはよぎった光景を口にする。
「――にもかかわらずじゃよ? まさかとは思うがグリム、そんな状態で時たま行っていると話していた、フェリシアとの夜稽古までしてはおらぬよな?」
「………………」
半開きになっているグリムの眼が、壁の方を向いた。
「お主という奴は……。感心すれば良いのか、呆れれば良いのか分からぬぞ。ろくに剣も握れぬ状態で、フェリシア相手に立ち会いなど無謀じゃろう。しかも『授かりし物』なしでは、万全でも歯が立たぬと言っていたのは、お主ではないか」
「何言ってんだばかやろう。いつだってな、立ち会う瞬間の状態が、万全なんだよ」
「……聞き惚れそうな台詞をここまで情けなく思うことは、まずないじゃろうな」
「まったくね。いまのグリム君なら、わたしでも勝てちゃいそうだもの。えいっ、えいっ!」
微笑ましそうにしていたテューレも、流石に呆れ加減にグリムを突いた。
「おい、いてぇよ。やめろテューレ、マジだぞ」
「うふふ、ごめんごめん」
「もう満足したろ? 寝るから帰ってくれ」
「分かりました。――メアちゃん、私たちも休みましょ。だいぶ眠たくなってきちゃったわ」
流石に引き上げ時だとテューレはふわり宙を舞ったが、同意したメアの足音は数歩戻ったところで止まる。不思議に思ったテューレがどうしたのかと様子を窺ってみると、その表情はギュッと何かを噛みしめているようだった。
メアが再び、グリムの方を振り返る。
「のうグリムよ。疲れておるのは承知じゃが、まさかそのまま寝たりはせぬよな? 汗塗れ、土塗れのままで眠りに付いたりせぬよな?」
「……あぁ? 寝るに決まってんだろ。ってかさっさと帰れよ、マジで」
浴場はとっくに閉っているし、身体を拭くのはおろか、この会話さえ億劫なのだから、全く無意味な質問である。いい加減、疲れていてもグリムの言葉には苛立ち覗いていたが、承知で訊いたからにはメアも引かなかった。
「……だって気になるじゃろ。先程支えた時、お主の腕は灼けた鉄のように熱く硬かった。人間の身体は、そこまでの熱を纏わぬはずじゃ。回復魔法も使わぬのなら、そのまま休んでよい訳がない」
実は、これはスカーレットからも注意された点であった。
よくほぐし、よく冷やし、よく喰って、よく休め。
この四点は、特訓初日の解散時に彼女から言いつけられた事だが、グリムの場合は特訓後にフェリシアとの立ち会い稽古まで行っている所為で、身体を休める為の体力まで使い果たしていたのである。
ただしそんな状態でも、メアの一見気を遣っているような振る舞いの裏側に、グリムは感づいていた。
「言えよ、メア。お前、なんか隠してるだろ……」
「うぅ~ッ、せめて身体を拭くのじゃ~ッ!」
我慢を吐き出すようにメアは言った。彼女は案外綺麗好きなのである。
「イヤ~、駄目じゃ。野宿ならばいざ知らず、清められるのに放置しては気になっていかん。水ならば妾が汲んできてやるから、整えてから寝るのじゃ! 頼む!」
「勘弁してくれよ……」
「断わるのじゃ! お主を放っておいたら、気になって妾が眠れぬ! いま水を汲んできてやるから待っておれ。よいな、絶対に眠るでないぞ!」
よほど我慢していたのだろう。彼女は一方的に宣言するや、王女らしからぬ駆足で小屋を飛び出していってしまい、グリムもテューレも、ただただ置いてけぼりである。
しかしながら、ただテューレだけはなにやらクスクスと肩を揺らしていた。
「なにが面白いんだよ、テューレ」
「いいえ、別に……」
微笑みを交えながら答えると、彼女はベッドにふわりと座って、グリムの身体に背を預ける。
「二人とも頑張り屋さんだなって、思っただけよ」
「……出来ることをしてるだけさ。おれも、あいつも」
「グリム君の場合は、度が過ぎるとは思うけどね。何事も過ぎたるは及ばざるが如し。訓練に熱心なのは結構だけれど、それじゃあ逆効果よ」
「毒もうまく使えば薬になるさ」
「良薬だって飲み過ぎれば毒になるって言ってるの」
見事な返しにグリムは喉を鳴らすだけだったが、薄く開けた彼の眼差しは、触手めいたテューレの髪を越しに見える彼女の横顔を見ていた。
物憂げな、しかし懐かしむような横顔を――
「…………どうしたよ?」
呼びかけられ、だがテューレは顔を向けることはせず訥々(とつ)と語りだす。彼方にあった記憶は忘却に消えることなく、いつだって確かにそこにあるのだから。
「少し、思い出しちゃったの……。とっても古い、平和で幸せだった頃のこと……」
透き通っているテューレの瞼。
その裏側には彼女にしか見えない光景がある。
「私の故郷の星にもね、色んな種族がいて、争ったこともあったけれど平和に暮らしていたの。私たち家族が暮らしてたのは、種族の女王様が治めている都市でね、平和の象徴とまで呼ばれていたのよ。パパとママ、それから双子の弟と妹がいた……。弟はとっても頭が良くってね、将来は女王様のところで科学者になるんだって、いつも息巻いていた。真っ直ぐないい子でね、でも一度決めたら絶対譲らないのよ。妹はお淑やかで綺麗な子でさ、誰にでも優しいの。なのに弟とはよくケンカしていたわ、本当は大好きなのに恥ずかしくってつい言い合いになっちゃうなんて、可笑しいわよね」
それは最早、遠くへと過ぎ去った、戻ることの叶わぬ思い出。しかし誰かが語ることで、それは慰めとなるのだろう。記憶と言葉は確かに遺り、人の中で生き続け、故に誰しも前を向ける。感傷とは、癒えぬ傷ではあり得ない。それはふとした瞬間の気付きで、力を与えてくれるはずだ。
「……グリム君たちを見ていたら思い出しちゃったわ。よく似ているの、意地っ張りなところも、素直になれないところも、可愛い弟妹に。私も強くならなくっちゃね、もう二度とあんな悲劇を繰り返させたりはしない。だからグリム君――」
と、テューレは言いさしながらグリムの顔へと目を向けたが、彼の瞼は、完全に閉じきってしまっており、言葉の代わりに響くのは、深い寝息ばかりである。
でも、テューレはそんな彼の寝顔に笑みを浮かべると、音もなくベッドから飛び立って、端で丸まっているシーツをかけてやった。身体の大きさは違えど懐かしい、遊び疲れた弟を、よくこうして寝かしてやったものだ。
「おやすみなさい、グリム」
額に口づけ、ふわりと舞うテューレ。
慌ただしく近づいてくる水音を、彼女は聞きつけていて――
「シー……。メアちゃん、静かにしてあげて」
水桶を抱えて小屋に戻ってきたメアを、静かに制した。
メアは少し、いやかなり残念そうだったが、テューレに促されるまま音を立てないように気をつけながら、運んで来た水桶をテーブルに置くと、やはり忍び足でグリムの顔を覗き込んだ。
「……よく寝ておるの」
「イタズラしちゃダメよ。さぁ、部屋に戻って私たちも休みましょう」
「…………そうじゃな」
僅かに床板を軋ませながら二人は小屋を出て行くが、メアは扉を閉める前に、優しい瞳でもう一度室内を見つめてから、静かに扉を閉めた。
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