Training Day ~地獄の2週間~ Part.3
そして、明朝。
普段より少し早めに目が覚めてしまったグリムは、食堂で適当な朝食を済ませてから集合場所である城壁外西にある魔族居住区へと足を運んでいたが、そこには既に人影があった。
周りの魔族達からは奇異の目で見られているが、あまり気にした様子はなさそうである。
「おはようございます。早いっすね、グッさん」
「グリム君こそ。警邏の集合時間にはギリギリなのに、今朝は早いね」
「遅れたことはないんスから、小言はなしで」
魔物の世話をしている魔族を眺めながら、欠伸混じりに二人は時間を潰していく。こうして魔族の日常部分を観察してみると、存外、人間と通じる部分もあるのだと気づくものだ。
料理番らしきオークの所に群がっているところなんて、まるで軍の配給さながらである。
「……なんで志願したんすか?」
脈絡もなくグリムが尋ねる。
それぐらい暇なのだ。まだ他に集まってこない。
「もちろん、強くなりたいからだよ」
「そりゃあそうだろうけど、だけって訳じゃないっすよね」
コボルトが服らしき布きれを干し、その向かいではリザードマンが薪を割っている。
からんころん転がる木の音に息を漏らして、グッドサンは呟いた。
「……なんて言うかさ、悔しいなって感じたんだよね。僕に戦えるだけの力があれば、もっと出来ることがあるんじゃないかって。いい歳して、今更って思われるかも知れないけど、やれることはやっておきたいんだ」
「…………そっすか」
冗談にするような理由でもなさそうなので、グリムはただ肯定するだけ。
そんな風にダラダラと待っていると、ようやく指名されたメンバーが集まった。各自、剣を持参しているのは、スカーレットからの注文である。
……それにしても、だ。
集まった顔ぶれをザッと見たグリムは、胡乱げに鼻を鳴らしていた。
なんというか、揃いも揃って覇気がないのだ。より正確に評するなら、兵士の顔つきをしていないのだが、それもそのはず。彼等は番付下位から圏外の兵士達であり、実力的にはグッドサンとどっこいの連中なのである。
当然、彼等の名前も知らないグリムに、グッドサンがそれぞれを紹介してくれたが、所属を聞いてなるほど納得せざるおえなかった。
警邏隊の所属と、守備隊の支援兵ともなれば、魔物との戦闘経験さえ僅かだろうから――
「おや、もう集まってるね! 感心感心」
のしのしと威勢良くやってきたスカーレットは溌剌とした声を掛けると、彼等を訓練場所へと案内した。といっても大層な稽古場があるわけでもなく、邪魔にならないよう居住区から少し離れた平原に出た程度のことだ。
堅苦しい挨拶ってのはスカーレットの趣味ではないだろうが、そこは流石に将を経験しているだけのことはあり、グリム達を整列させた彼女はそれらしく彼等の前に立った。
「さてと、まぁあんた達はとっくに顔見知りだろうから、あたいから挨拶だけさせてもらうおうかね。名はヴェルヴェット・スカーレット、これから二週間であんた達をそれなりの戦士に仕立ててやるワケだけど、自分が選ばれた理由が分かる奴は?」
そう問われて、グリムを除く9名は顔を見合わせていた。どちらかといえば戦闘を苦手とする彼等が選ばれたのに肯定的な理由などあるはずもなく、であれば共通項が答えだとグッドサンが手を挙げた。
「弱いこと、それが理由です」
「悲観的だね、だが正しい。そしてだからこそ、二週間後が楽しみじゃないか。誰も現状に満足なんてしちゃいないんだろう? だったら見返してやればいいのさ」
「……可能なんですか、たった二週間で」
「あたいは自信あるよ」
スカーレットは牙を覗かせてニカッと笑う。魔族から友好的な笑みを向けられる機会などなかった彼等には不思議な感覚であったが、彼女の笑みにはどうにも奮い立たされる物があった。
「さて、無駄話はここまでだ。始めるよ!」
発破を掛けられたグリム達は、普段使っている自前の剣を構える。スカーレットの語り口からして、さぞ特別な訓練になるものだと彼等は予想していたが、いざ言い渡されたのは――
「……素振り、ですか?」
「そうだよ、グッドサン。素振りをしてもらう」
戸惑うグッドサンに、スカーレットはしれっと答える。
「ちょい待ち、俺も同じメニューなのか?」
「おいおい坊やってば、自分は強いから特別メニューが当然だなんて思ってるんじゃないだろうね。勿論、弱っちぃあんたも同じメニューさ」
不満げなグリムに対しても彼女は同じくしれっと答え、それから柵の上に砂時計を置いた。
「ただし、決め事があるよ。素振りは、この砂時計に合わせてやってもらう。振り下ろして、振り上げる、この一連の動作に一分掛けること。一時間だから六十回だね、それが済んだら次のメニューに入る。質問は? ないね。じゃあ始めるよ!」
有無を言わさず、スカーレットは砂時計をひっくり返してカウントを始めた。
たかが素振り、しかもゆっくりと振るだけなのだから、なにが特訓だと皆が感じていたがしかし、その認識は僅か数分後に改められる事になる。
通常であれば斬りつける数瞬において、瞬間的に込めている力を継続して込め続ける。真剣を握る腕は絶えず荷重に喘ぎ、それを支える足腰もひたすらに踏ん張り続ける必要があった。
その負荷の程は、静かに額から垂れていく汗が物語っている。そして彼等の中で最も汗を流しているのは――
「どうしたい、坊や? 随分と苦しそうじゃないか」
「……ぁあ? なんて事ぁねえよ、これくらい」
グリムの負荷が一番キツいのは当然のこと。他9名が振るっている一般的なロングソードに対して、彼が振っているのは身の丈ほどの大剣、言い換えれば鉄の塊のようなものだが、それを眺めるスカーレットは感心とばかりに頷いていた。
「よしよし、『授かりし物』も、魔石を使った重量変化も無しってのは分かってるみたいだね」
「…………ラクしようなんて、思っちゃいねえさ」
「その意気さね、坊や」
とはいえ、魔力による補助なしとなれば限界はすぐにやってきて、十分を過ぎたところでグリムの剣は地面を突いた。滝のような汗が土に模様を増やしていく。
「はぁ、はぁ……くそ……っ!」
「途切れたら一分休んで再開しな。――他の連中もだ」
それからポツリポツリと脱落者が出て、グッドサンは最後まで粘りはしたものの、三十分ほどで限界を迎えた。たかが一時間の素振りを完走した者はなく、グリムに至っては後半は一振り毎に休まざるおえないくらいであった。
そして素振りを終えて息をついたのも束の間、スカーレットは肩で息するグリム達に次なる訓練を指示する。
「よし、お次は行軍と行くよ。装備抱えて城壁の周りを一周しておいで、済んだら昼飯だ」
「……マジか」
「ほら坊や、あんまり遅れると残飯も残らないよ。無駄口叩く暇があるならサッサと走りな!」
「こンの鬼婆ァ……、覚えとけよ……ッ!」
「そんな脅しじゃ餓鬼にさえ笑われるさね。黙って身体動かしな! そら走った走ったッ!」
スカーレットに檄を飛ばされ、グリム達は剣を提げて走り出した。
足場悪く、峠道込み。たかが城壁一周とはいえ、疲労と装備を抱えた今の彼等には、果てしなく長い一周となるのであった。
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