Training Day ~地獄の2週間~ Part.2
アヴァロン騎士団の訓練は基本的に交代制で行われているため、練兵場には常に誰かがいて訓練に励んでいる。夜間を除きかけ声や木剣の打合う音が響く、まさに兵士の暮らす場所は今日も通常営業であり、現在は本日の最終メニューである、乱戦下における一対一の模擬戦が行われていた。まぁ要するに、適当に分けた組を同時に戦わせているだけなのだが、中々どうして役に立つものだ。
そんな気迫満ちる場で、一際力を込めた声を出して斬りかかっていく男がいた。
……グッドサンである。
「うぉーッ!」
と、気勢はいいものの、その剣は容易くグリムに受けられていた。
打合いながら会話は続く。
「……どうしたんすか、グッさん。なんか最近、やけに気合い入ってません?」
「そりゃあ入るさ。あんな戦いを聞かされたら誰だってね」
「……褒められたもんじゃなかったすけど」
「謙遜したって皆が見たんだ。僕も直接見られなかったのが残念だよ」
「――そこの二人ッ! 無駄口叩かず集中しろッ!」
フェリシアの一喝がどこからともなく飛んできて、グリムの眉が寄った。よくもまぁ騒々しい中から、こんな小さな会話を聞きつけたものである。
なのでグリム達の会話は、鍔迫り合いに混ざることになった。
「なんか副長、イラついてるっすね」
「ウォーレン団長がスカーレット将軍に城内を案内しているんだってさ。メア様と同じで友好的みたいだけど、まだ数日程度だからね、心配なんだよ」
「だからって八つ当たりするのはどうなんすか……」
「副長も大変なんだって」
なんて声を潜めて話していたのだが、ふとグリムは回りが静まりかえっていることに気が付いた。いや、音こそしないがザワついている、明かな動揺が練兵場に走っているのだ。
しかしながら、それは当然のことだった。
なにしろ件の獣魔将軍が、ウォーレンに連れられて練兵場にやってきたのだから。
皆、思わず手を止めて彼女を見ている
畏怖に憎悪、羨望、敵意
綯い交ぜになって幾つもの視線を受けるスカーレットは、だが兵士達に混じっているグリムを見つけると、顎を僅かにくいっとあげて気安い挨拶を飛ばす。しかし、それにグリムがどう答えるかを考えるよりも早く、フェリシアの怒声が響くのだった。
「貴様等! 誰が手を休めろと言ったか!」
彼女に一喝された兵士達は泡を食って訓練に戻ったが、きっと誰も集中できてはいなかった。
騎士団長に副長、そして獣魔将軍が集まってなにを話しているのか。これが気にならないなんて嘘である。
勿論グッドサンも例に漏れず、鍔迫り合いをしながら、視線は三人の方へと向いていた。
「……グリムくんは、なんの相談だと思う?」
「副長がイラつく内容」
「いや、そうかもしれないけど、もっと具体的にさ」
「俺が知るわけないっすよ、そんな事」
「――グリムッ! 貴様、いい加減にしろッ!」
ついに名指しで怒鳴られたが、流石に今回のは理不尽である。
堪らずグッドサンから離れた彼は、抗議するように肩を竦めてみせていた。そりゃあ無駄話はしていたが、稽古に手抜きはなかったし、なにより今の会話を始めたのは――
「隙ありッ!」
視線を切った一瞬にあわせて打ち込みにかかったグッドサンだが、その剣はグリムに払われ、代わりに鳩尾に蹴りをもらって吹っ飛んでいく。
「声出したらダメっすよ、まぁ気持ちも分かるけど、俺もたまにやるし。あと剣ばっかり気にしすぎっす、なにも刃だけが脅威じゃないんすから」
「ああ……、身に染みたよ」
ダメージ大きく、まだ呻いているグッドサンをグリムが引き起こしてやると、丁度訓練終了を告げる鐘が鳴り、兵士達は素早く整列してフェリシアの言葉を待つ。
通常であれば、この後にフェリシアか代行者が連絡事項を伝えて解散となるが、今日においてはすんなり終わらないだろうと、この場にいる全員が予感していた。
「みんな、訓練ご苦労。熱が入っていて見応えがあったよ」
木箱を組んだだけの台座に上がったウォーレンが、兵士たちを見回してから言った。
「さて、皆もすでに知っていると思うが、ここにいるスカーレット殿は、人魔友好を掲げるメア様の意見に賛同し、この国に滞在することとなった。今後、我々アヴァロン騎士団とスカーレット殿率いる獣魔隊は協力関係となり、人魔友好、そして対『星渡りの蝗』作戦を行っていくこととなる」
分かっていたこととはいえ、いざ団長から伝達されると動揺は走る。事実として、声に出さずとも、兵士達は小さく視線を交していた。
「諸君が動揺するのも無理はない。だが彼女たちと協力することとなっても、我々の使命に変わりは無い。命を賭し、陛下を国を、民を護る。この使命が揺るぐことは決してあり得ない」
ウォーレンは淡々と、そして力強く語っていくが――
「しかし、だ。……諸君もすでに理解しているだろう、身を以て感じたからこそ一層の熱を込めて剣を握っていたはずだ、自らの非力さを。我々は認めねばならない、国を護るにたる力を有していないことを。故に、我々は強くならねばならないのだ」
ウォーレンは、ここで一度言葉を切った。
そしてどんなに悔しかろうが、彼はおくびにも出さずに続ける。
「私は人魔友好の一つとして、スカーレット殿からの申し出を受けた。それは、一部訓練を彼女が受け持つという内容だ」
なるほど、先程フェリシアが激昂していたのは、これの所為か。
この発表には流石の兵士達からも不満の声が漏れたが、反発は元より承知の上だろう。次いでウォーレンの横で話を聞いていたスカーレットが口を開いた。
「まぁまぁ、腹が立つのは分かるけど、そうやいやい言いなさんなよ。なにもあたいが指揮を執ろうってワケじゃない、ちょいと鍛えてやろうってだけの話さね」
「魔族から戦いを学べというのか!」
気を吐いたのは番付5番手の守備隊長、ロックフォードである。
「いいや、技も戦い方も教える気は無いよ。あんた達には、これまでに積んできた技術があるんだから、そいつを使えば良いさ。あたいが鍛えるのは、そいつを活かすための、もっと基本的なトコさね」
「肉体鍛錬って事か? 馬鹿にするな、それくらい各々取り組んでいる!」
全員とまではいかないが、兵士の過半数は日常的に自己鍛錬を行っていた。ただ強くなるためだったり、他にすることがなかったりと理由は様々だが、一定の効果を得ていることは確かであるがしかし、スカーレットは反論に鼻を鳴らしてから――
「坊やはどう思うね」
――と、不意に水をグリムに向けた。
渦中にいながら我関せずで聞いていた彼にしてみれば、とんだとばっちりである。
「えっ? 俺に振るのかよ」
「『星渡りの蝗』と戦ったのは、御ひい様と坊やだけだからね。率直な意見を聞かせとくれよ、騎士団と奴らが戦ったとして、果たして何人生き残るとみるんだい」
そんなこと問われた瞬間に答えられたが、グリムは口をひん曲げたままで暫く考えるフリをしていた。即答するには、あまりにも視線が痛すぎる。
「……十人生き残ればいいんじゃねえの? 団長と副長、あとは運のいい奴が数人ってところだろ。甘く見積もってだけどな」
「大袈裟な」
ロックフォードがそう吐き捨てるのも無理ないが、続けるグリムには少し苛立ちが見える。
「歯が立たねえよ、文字通り。街も城も、瓦礫に早変わりさ。まぁあんたがスカーレットに勝てるなら、生き残る側に入れるだろうけどよ」
「…………」
「試しに戦ってみるかい? 挑戦者は歓迎だよ」
忌憚なくスカーレットが言い放つと、ロックフォードは忌々しそうに睨みを効かし、だがそのまま口を噤んだ。誇りばかりが先行しがちだが、彼は決しておろかではない。
そしてようやく理解を得られたところで、スカーレットが話を進める。
「さて、そういう訳であたいがあんた達を鍛えるんだが、納得しなきゃあ腰も入らないだろう。そこで、まず数人を鍛えて、その結果を見て判断を下してもらうつもりさ。って事で、何人かあたいに協力してもらうよ」
そう宣言すると、スカーレットは兵士達の中から次々と指名していく。選ばれた者、選ばれなかった者、それぞれに驚きと安堵が広がるのを他所に、彼女はどんどん指名していったが、不意にその人差し指が止まることになった。
真っ直ぐに、手が上がっていた。
グッドサンである。
「ウォーレン団長、質問があります」
「許可しよう。なんだい、グッドサン」
「スカーレット将軍の特別訓練ですが、志願することは可能なのでしょうか」
拡がる動揺。
隣にいたグリムも訝しそうに眉を寄せ、ウォーレンとスカーレットは、予想外とでもいうように視線を交している。
果たして決定権はどちらにあるのか。皆が返事を待っていると、スカーレットが答えた。
「あたいとしては構わないよ。やる気のある奴の方が、鍛えがいもあるってもんさね。ただ、それを決めるのは団長さんだからねぇ。――どうなんだい、団長さん?」
「むしろ歓迎したいよ、グッドサン。君が更なる力を身につけることを期待する」
「有り難うございます! 誠心誠意、訓練に励みます!」
「なら、決まりだね。ってワケで団長さん。以上9名と、それから坊やを預からせてもらうよ」
「んァ⁈ 俺もッ⁈」
正に寝耳に水であり、グッドサンの正気を疑っていたグリムは頓狂な声を上げていた。
「そう、坊やも。話は通してあるから安心しな」
「いや、なんでだよ!」
「……なんでってあんた、強くなりたいんだろ? 他の理由が必要なのかい」
面食らっているグリムの訴えなど気にも留めず、スカーレットはさも当然とばかりに淡々と答えるだけ。そこには作為の欠片もなく、ただ強さを求める者のその先を見てみたいという、純然たる興味だけがあるようだった。
そして、そう言われてしまうと、グリムとしても反論が思いつかず、納得したようなしていないような、曖昧な唸り声を出すのが精一杯である。
「じゃあ選ばれた者は、明朝、あたい等の居住区まで来ておくれ。あたいからは以上だから、後のことは団長さん達に任せるよ」
もう質問もないだろうと、スカーレットは簡潔に話を締めると、尻尾をひらりと振って練兵場から去って行く。その後ろ姿に兵士達が見たものは、さながら気ままに吹き荒れる台風一過の晴天であったという。
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