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魔王女さまのレコンキスタ 〜勇者と魔王は並び立ち〜  作者: 空戸之間
第二話 魔王女さまと緋色戦姫
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Training Day ~地獄の2週間~ Part.1

 スカーレットが現れてから数日である。


 アヴァロン城は獣魔将軍とその部下達への対応でてんてこ舞いであった。寝床をどうするのか、食料はどう調達するのか。メアやスカーレットとの交渉の末、アヴァロン王が彼等を受け入れることを決定した以上、家臣たちはそれに従い行動するのが当然であるが、つい先日、百を超える魔族と魔物を受け入れたばかりとなれば、通り過ぎた嵐がまた戻ってきたような感覚に襲われているかもしれない。


 しかし、それこそが彼等の仕事であり、であれば過剰な気遣いはむしろ無粋といえるだろう。とはいえ、この部屋にいる二人は落ち着きすぎているかも知れないが……


「すぐにご案内出来ずに申し訳ありませんでしたね、スカーレット殿」

「イイって事さ、押しかけたのはあたい等だ」

「ありがとうございます。……アヴァロン城は如何でしたか?」


 施設毎に軽い解説を交えながらの城内巡りは2時間ほどだったろうか。城内の案内を終えたウォーレンは、執務室に迎えたスカーレットに尋ねる。


「そうさね、いい城だと思うよ」


 客用のソファに我が物顔で座りながら彼女は答えた。


「城下町を囲んでる城壁の上に張ってある結界も頑丈そうだし、並の魔族は攻めあぐねるさ」

「はははッ、やはり貴女は戦士ですね。常に戦いが頭の中にある」

「生まれてから抱えてきた性分って奴さね。御ひい様の寝床だけ知れればよかったトコをわざわざ案内してもらって悪いんだけど、飾りとか美術品がどうのってのは専門外だから、勘弁しとくれよ」

「いいえ、構いません。他所の城へ招かれたときは、私も同じように考えますから」


 当然、ウォーレンが案内したのは、あくまでも見せられる範囲に限ってのことだが、その点についてはお互い触れるまでもなかった。

 と、ウォーレンが話題を変えた。城内を案内しながら今後についての話はしていたので、話題は砕けたものであった。


「ときにスカーレット殿は、メア様の世話役だったと聞きましたが、獣魔将軍ともあろう貴女が、なぜそのようなことを? 魔王の娘であれば世話役など、他にいくらでもいたでしょうに」

「丁度いろいろとあった時期でね。……なんだい団長さん、気になるのかい」

「この地にあっても貴女の武勲は耳にしました。そんな貴女が魔王城に籠もっていたとは、にわかに信じ難く。余計な詮索でしたか?」

「ん? いやぁ……」


 これまで人間と対する際にスカーレットが向けられていたのは敵意と闘争心、そして僅かばかりの敬意であったから、自然に(おもんばか)られたことに彼女は面食らっていた。


「……まぁ別に聞かせてやっても良いんだけど、かなり長い話になっちまうんだよね、これが。なにせ、二百年以上前の因縁から始まってる話だからさ」

「それは壮大ですね。二百年以上前となると、現在の人魔戦争よりも昔になりますか」

「小規模の争いはずっと続いてたみたいだけどね。あたいが物心ついた頃からそういう噂は聞いてたし。でもまぁ、本格的にやり合うようになる前ってことなら合ってるよ」


 今度はウォーレンが感嘆の息を漏らした。人間と魔族とで寿命の差があることは理解していても、いざ面と向かって歴史を突き付けられると感動を覚えてしまう。

 そして生き証人はこう続けた。


「だから掻い摘まませてもらうと、ディアプレド……あぁ、魔王ね。あいつに頼まれて、御ひい様が自分の身を守れるようになるまで、面倒見てたってワケさ。配下の魔族のなかには腹黒い連中もいるからね。弱っちぃくせに野心だけは一丁前の連中がさ」

「頼まれたから素直に引き受けたと? なぜそんな簡単に」

「おいおい団長さん、それをあたいに言わせる気かい」


 想像はついているんだろうと、スカーレットは残っている左目を細める。


「……貴女は、魔王の座に興味を持たなかったのですか?」

「椅子にはなかったね。最強の称号には、すこし魅力あったけどさ」


 スカーレットは清々しく、ニヤリと笑ってみせた。


「仮にあたいが次の魔王になるとしたら、あと百年は先だろうね。強くなった御ひい様か、他に値する相手が出てきたら、そいつを倒して椅子に座るかもだ。御ひい様を襲う気は無いけど、そうなったらなったで面白そうだ」

「どこまでも、戦うことが好きなのですね、貴女は」

「否定はしないよ。……んで、なにが言いたいんだい?」


 隠された意図を嗅ぎ付けたのか、スカーレットの瞳から笑みが消えた。

 ただ見つめられているだけなのに、ウォーレンへ掛かる圧力は何倍にも膨れあがっている。だが彼は、その視線を真っ直ぐに受けながら答えた。


 真摯に、実直に――


「メア殿の理想に、貴女がどこまで賛成なのか。私はそこを見極めたい」

「……人魔の平和」


 ぼそり呟いたスカーレットに、ウォーレンは頷いた。


「最初こそ耳を疑いましたが、メア様の平和を願う熱意に私は心打たれました。終わりの見えぬ争いに、和平という名の終止符を。平和を望む者は多くあれど、互いに剣を置くという選択肢を我々は取れずにいた」

「一朝一夕の戦争じゃないからね、矛を収めるには血を流しすぎた」

「しかしメア様は、この積まれた憎しみに立ち向かおうとしている。流れた血を掬うことは叶いませんが、せめて流れる血は止められる。それは私も願うことです。だからこそ、私は私個人として、彼女の理想に力を貸したいと考えています」

「子供の掲げた甘い理想に、随分と張るじゃないのさ。仮にも騎士団の団長様が、どれだけ困難な道か、分からないワケじゃないだろうに」

「すべての理想は甘く、すべからく困難の先にあるものです。その険しさに誰もが躊躇うなか、彼女は最初の一歩を踏み出した、目指す価値はありますよ。……そこで質問に戻ります。貴女も本気で平和を望んでいるのでしょうか?」


 ウォーレンの眼差しもスカーレットに負けず劣らず力強かったが、彼女の方は吐息と共に緊張を吐き出したようだった。


「当然さね。御ひい様がそれを望むなら叶うように助けるのがあたいの務め、ここに躊躇う余地はないよ。どのみち面白くはなりそうだしね。それにこれは、あたいとあいつ、魔族同士の約束でもあるんだ、違えるくらいなら死んだ方がマシってもんさね」


 語り口こそ軽いものの、彼女はその言葉通りに行動するだろう。ウォーレンにそう思わせるほどに、彼女の眼差しは真剣だった。


「……それを聞いて安心しましたよ、スカーレット殿」

「大体、団長さんよ。『星渡りの蝗(ローカスト)』とかいう連中との戦いも残ってるし、終わったところであたい等みたいのの出番はなくならない。あんただって分かってるはずだよ」

「それもまた現実、ですか……」

「真に争いがなくなるなんて事はあり得ないのさ。多かれ少なかれ、みんな他者から何かを奪って生きてるんだからね。だからこそ、御ひい様がどこまでやれるのか、見てみたいってのもあるよ。手伝う理由の一つがこれさね」


 からりとスカーレットは笑い、そして今度こそ完全に気を抜いて、しかし声を潜めて尋ねるのだった。


「ところでさぁ、団長さん? あんた、この国じゃ結構偉いんだろう?」

「そうですね。視点によりますが、相当な地位を任されております。それがなにか?」

「ってことはだ、あたいはこの部屋にもあるんじゃないかと踏んでるんだよ、アレがさ」


 スカーレットの意図するものが皆目分からず、ウォーレンは首を傾げる。私物らしい私物は置いていないし、見られて困るような書類は資料室の中にあるため、彼女が興味を持ちそうなものなど無いように思えたからだ。


「いったいなんの話でしょう」

「またまた団長さんってば、とぼけちゃってさぁ!」


 スカーレットはニカッと牙を見せながら豪快に笑う。


「酒だよ、酒! 決まってるじゃあないか! 騎士団長様ともなれば、良い酒飲んでるんだろう? ここにも一本くらい隠してるんじゃないのかい?」

「……スカーレット殿は、お酒を嗜まれるので?」

「なんて控えめな言葉なんだか! 愛してるね、心からッ!」


 その告白は、さながら咆哮のようで、あまりの音圧にウォーレンは思わず目を細めた。


「……も、勿論、用意することは出来ますが、この国には人間が造った酒しかありませんので、貴女の口に合いますかどうか」

「チョイチョイチョイ、団長さん。馬鹿を言っちゃあいけないよ。だからいいんじゃないか、あんた達が拵えた酒だからいいんじゃあないか」

「我々の味がお好みで?」

「そりゃあ、あたいも魔族だからね、故郷(くに)の味を懐かしくは思うよ。けどねぇ、一度人間の造った酒を味わっちまうと、戻れやしないさ」


 しみじみと、スカーレットは噛みしめるように言った。

 或いは、かつてその口内を満たした酒の味を思い出そうとしているのかも知れない。それから彼女は、どうにも居座っている齟齬にもの申した。


「……ふぅん。なぁんか勘違いしてるトコがあるようだから言っとくけど、団長さん。あたいは人間を尊敬してんだよ?」

「これはまた唐突ですね。魔王軍四将の貴女が、我々を?」

手前(テメェ)に出来ないことを成し遂げる奴は、何者だろうと尊敬に値するだろ? 確かに非力だが、酒に限らずいい物を創る能力ってのは得がたいもんさ。そもそもあたいは、別に人間憎しで戦ってきたワケじゃないしね。あたいはただ――」

「――強者を求めた」

「分かってきたじゃないか」


 スカーレットは実に気安く首肯して立ち上がると、ウォーレンの机に尻を乗せる。


「まぁそうやって各地を転々としてる時に、人間の酒を手に入れてさ。飲んでみたらたまげたよ、とんでもなく美味いときてるんだからね。さぁて団長さん、そろそろ出してくれてもいいだろう? 同志の盃を交わそうじゃないか」


 名目としてはいかにもそれらしいが、明らかに彼女は一杯引っかけたいだけである。


「残念ながらスカーレット殿、ここは職場ですので酒の類いは置いていないんです。私自身、酒が苦手というのもありますが」

「なんだって⁈ 勿体ない!」


 まさに信じられないといった表情で、スカーレットは叫んだ。


「勝ち戦をどうやって祝うのさ、勝利の美酒に勝るものなんて無いだろうに」

「部下を家族の元に帰し、民が安心して眠れる夜が守られた。私にはこれで充分です」

「あんたってば、クソ真面目だね。どうせ短い人生なんだ、少しくらい好き勝手に生きたって、誰に恨まれることもないだろうに」

「すでに好きに生きていますよ。それとも不服そうに見えますか?」

「いいや、満ち足りてるって顔だ。だからなんかムカつくのさ」


 今度は思わず、ウォーレンが笑みを溢してしまう。魔王軍の将に、まさか嫉妬される日が来るとは思ってもみなかったことだから。

 と、緩んだのもつかの間、時計をチラと見た彼は椅子から立ち上がった。


「――さて、そろそろ参りましょうか。テューレ殿の準備も済んだ頃でしょう」

「そいつは妖精型のスライムだっけ? ってかどこへ行くんだい?」

「テューレ殿の故郷はこの星の外にあり、『星渡りの蝗』によって滅ぼされました。生き残った彼女は、逃げ延びた先にいた我々のため、この城で敵を調べてくれているのですよ」


 ウォーレンは部屋の扉を開けて、スカーレットを促した。


「彼女の研究室は地下にあります。すこし歩きますので付いてきて下さい」

「未知との遭遇ってワケだね、ワクワクするじゃないのさ」


 心惹かれるままにスカーレットは廊下へと出たが、はたと立ち止まり振り返った。


「団長さん。研究室とやらの後にもう一カ所見ときたい場所があるんだけど、案内頼めるかい」

「ええ、構いませんよ。さあ、こちらです」


 そうやって雑談を交えながら廊下を歩いて行く二人だが、人間の騎士と魔族の女戦士が肩を並べている様は、やはりまだまだ異様に思えた。


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