THE POWER ~緋色の戦姫~ Part.12
森の夜は早足でやってくる。
夕暮れに森に入ったグリム達だったが、数分も経たずにすっかり陽は落ちたようで、回りには粛々と闇が満ちていく。前を歩くスカーレットの派手な毛並みでさえも、差し込む程度の月明かりでは朧気であった。
「ありがとうね、坊や」
唐突だった。
話があると呼び出した以上、スカーレットから始めるだろうと待っていたグリムに聞こえたのは、予想外にも御礼の言葉で、彼は眉根を寄せることになる。
「……何に対してだ?」
「御ひい様さ、色々聞いたよ。命の恩人ってのは大袈裟な表現じゃないんだろ。あの傷だ、坊やが助けなかったら、御ひい様は死んでたろうね」
「アンタが礼を言うことか? 呼び出してする話しにしちゃ、あっさりしてるな」
「他にも訊きたいことはあるさ。でも、恩人には礼をするのが筋ってもんだろう。坊やには、感謝してもしきれないよ。デカい借りができたね」
グリムは、どうでもいいさと肩を竦める。
彼の中ではすでに済んだことだったので、後付で貸し借りを作る気などサラサラなかった。例えメアから同じ台詞を聞かされたとしても、同じ反応をしただろう。
スカーレットは話を続けた。
「ただ解せないのは助けた理由さ。魔王城くんだりまで攻め込んだアンタが、どうして御ひい様の命を救おうとしたのか。あたいは、そこんとこが知りたくてね」
グリムの脳裏によぎるのは、瓦礫の下敷きとなっていたメアの姿。
朦朧とした意識の中で、父親を呼ぶ娘の姿だった。
「……逆の立場だったら? 死にかけてる小娘にとどめ刺すのか? 魔族と戦っちゃいるが、そこまで落ちぶれてねえよ」
「戦士の矜恃か。良い答えだね」
そう答えたスカーレットは、上機嫌に鼻を鳴らすと獣道を踏み進んでいき、二人はやがて小高い岩棚に出た。
東にはアヴァロン城下町が見え、その城壁を挟んだ傍には魔族居住区がある。地平線ではまだ太陽が薄紫色の粘りを見せていた。
見応えのある風景に、スカーレットは静かな吐息を漏らしていた。
「人間の土地ってのはいいねぇ、どこを見ても色がある」
「黒の大陸は荒れてるもんな」
「長く暮らしてりゃあ、それなりに快適さ。大抵は死んじまうけどね。それよりも坊や、こんなに早く会いに来たってことは、坊やもあたいに話があるんじゃ――」
そう言いさしながら振り返るスカーレットに向けて、なんとグリムが殴り掛かっていった。
不意討ち、卑怯、或いは無謀か。
ともかく前触れなく飛びかかっていったグリムの顔面には、急襲に反応したスカーレットの拳がねじ込まれることになり、彼は殴り飛ばされた勢いそのままに、背後にあった樹木へと叩きつけられ気を失ったのだった。
◆
酷い頭痛と背中の鈍痛。
地平線の向こうまで吹っ飛ばされたグリムの意識を呼び戻したのは、ぺちぺちと頬を打つ感覚。皮膚とは違うこの感触は……肉球だろうか?
「おっ、目を覚ましたね」
覆い被さるように見下ろすスカーレットの表情は穏やかでない。気を許しかけた矢先の不意討ちだ、むしろグリムが意識を取り戻せたことが奇跡かもしれなかった。
彼女は唸るように問いただす。
「一体どういうつもりだい、坊や」
「……負けに文句はねえ。だが気に入らねえ勝ち方はあるんだよ」
返答次第で首をへし折られるにも関わらず、グリムが牙剥くスカーレットに向けて太々しく答える。すると彼女は訝しげに眉間にしわ寄せ、それから呆れ加減に手を放したのだった。
昼間の手合わせ。その結果に不服だとして、グリムは殴り掛かったのだ。
「馬鹿な真似したもんだよ。急に殴り掛かってくるもんだから、思わず手ぇ出しちまったじゃないか。下手すりゃ死んでたよ、坊や」
「恥掻いたままでいるよかマシだ」
スカーレットの手を借りて身体を起こすと、グリムは自分に回復魔法をかけた。折れた鼻を治してからフンと息むと、大量の鼻血が地面に吹き出される。
「手加減ならまだしも情けをかけられた。最後の一撃はあんたの方が速かったのに、わざと外しやがったろ。あんなのが勝ちと呼べるか」
「……ふぅむ、やっぱり気付いてたかい。認めるよ、最後の一振りは故意に外した。でもそういう坊やだって剣を止めたろう?」
「あんたがわざと外したって分かったからだ。本来なら、俺が叩っ切られて終わってたはずだ」
「そうさ、だから坊やの勝ちなんだよ」
今度はグリムが眉根を寄せたが、スカーレットは実に嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「坊やにゃ悪いけど、あの手合わせで全力を出すつもりはなかったんだ。あくまでも、坊やがどれくらい闘れるか量るのが目的だったからね。だのに、あたいは乗せられた。乗せられて、うっかり殺っちまうところだった、しばりを破ってね。つまり坊やには、あたいを愉しませるだけの実力があるってことなのさ。だからその時点で、あの手合わせは坊やの勝ちなんだよ」
「…………」
褒められてはいるし、認められてもいる。
それは魔族からの評価であるが、魔王軍四将の一角から評価されているとなれば、きっと誉れあることなのだろう。しかしながら、グリムは静かに奥歯を噛んでいた。
裏を返せば、スカーレットの背中はまだまだ遠いという証明でもあるのだから。
「魔族には決闘のしきたりがあるんだろ? リベンジはするぜ」
「勿論そうだろうともさ。でもすぐにはやらないよ」
二つ返事で承諾したスカーレットだったが、軽い口調とは裏腹にギラついた眼光が、グリムを腹の底から震撼せしめた。
「坊やがもっと強くなったら挑戦を受けよう。その時が来たら恨みっこなしさ、くたばちまったとしてもね。とことんまで闘ろうじゃないか」
スカーレットはそう言って大きな右手を差し出し、グリムもそれに応えた。
いつかの決闘を誓う、戦士の握手。
「覚悟しとけ、吠え面かかせてやる」
「楽しみに待ってるよ」
両者不敵な睨みあいだが、敬意は確かにそこにあった。
――かと思えば、スカーレットはがらりを態度を緩めて話題を変えた。
「ところで、坊やは剣の重さを変えてけど、あれって刀身に嵌まってる魔石の力じゃないかってあたいは読んでるだが、実際のトコはどうなのさ、教えとくれよ」
「さあな、なんのことだか見当も付かねえ。もう充分だろ、帰ろうぜ」
「ちょっと坊や、はぐらかす気かい⁈ 教えてくれる約束だろう!」
「俺は試合に勝って勝負に負けた。あんたは勝負に勝って試合に負けた。つまり引き分けだから、教えてやる義務はねえ」
「狡いこと言うねえ、減るもんじゃなし」
「騙しあいも勝負のウチだ」
「騙しといえば、坊やの初手だけどさ――」
感想戦を交えながら帰路につく二人
それは短いながらも濃密かつ有意義で
人魔の絆、その在り方の一つが確かにここにあるようだった




