THE POWER ~緋色の戦姫~ Part.8
誰にも見せなかったが、スカーレットの表情はどこか寂しそうだった。
それは祭りの後を眺める様な侘しさに似ている。
同時に後悔もあるだろうか。
うっかり幕を引いたのが自分だと理解している所為かもしれない。
この勝負はもう終わった。戦斧から伝わった手応え、そいつが剣を握っていたグリムの右腕がどうなったかを教えてくれていたから。元々勝敗は見えていた戦い、そこで利き腕がおしゃかになっちまったら、これ以上続ける意味も、愉しみも無い。
面白くなってきただけに、スカーレットは心底落胆していた。
思わず溜息を漏らした彼女は、自分の得物を身体で支えて、空けた右手でグリムの大剣を地面から引き抜いた。
黒ミスリルの刀身、その付け根には紅い魔石が嵌まっている
持ち手に巻かれた皮布、その染みが戦歴を物語っていた
人間にとっての大剣もスカーレットにはロングソード扱いで、彼女は何度か剣を振るった。
まるで、皿に残ったスープの一滴を名残惜しむように。
「ちょいと軽いけど、いい剣だ。どうだい坊や、また機会があったらさ――」
そう言いさして、ようやく振り返ったスカーレットは思わず言葉を詰まらせてしまう。
グリムが睨み付けていたのだ。壊れた右腕をだらりとぶら下げながらも、まだ使える左手で心許ないマチェットを構えながら。
「……なんだよ、もうやめるのか? アンタが、降参するなら考えてやってもいいけどよ」
息が荒い。グリムの額に滲むのは激痛を噛み殺した脂汗だ。
そして背中を太陽に熱されながら、彼は続ける。
「それとも、まだ闘るかい」
「…………堪んないねぇ、まったくさァ」
頭を振るスカーレットは最早笑みを隠しきれず、だがすぐに気を収めて問うのだった。
「一つ教えてくれるかい、坊や? さっきの空中での動きさ。魔力で足場を作ったわけでも、力尽くで抜けたわけでもない、明からに妙だったけど、いったい何をやったんだい?」
この問いかけに、今度はグリムが笑みを浮かべた。
いや、正確には鼻で嗤ったというべきか。
「ん? なんだい、そんなに可笑しなこと訊いたかね?」
「間の抜けた質問だぜ、飯の種を教えるワケねえだろ。戦闘中にそんなこと訊くとは、魔族の将軍様ってのは随分とぬるいんだな」
「ハハハッ! これは失礼、坊やを嘗めてやしないよ。どんな技か興味が湧いたから訊いただけのことさね。なんせ、死体は喋れないだろう」
「……そんなに知りたきゃ後で教えてやるよ、アンタをぶっ倒した後でな」
「楽しみだね……」
言いながら再開の合図として、スカーレットは手にしていた大剣をグリムの方へと放った。
人間なら片手で投げるなどまず不可能な大剣も、彼女にとっては棒きれと同じで、軌跡は緩い放物線である。
そして、その頂点に達したあたりでグリムが動いた。
剣に向かって駆けながら、握っていたマチェットを投擲。スカーレットの左目狙いで放たれた刃は、斧を手にした彼女に容易く払われたがそれで構わなかった。
一瞬の足止めを期待しての投擲。しかし、そもそもとしてスカーレットに妨害の意思はなく、むしろ彼女は、グリムが剣を手にするのを待ってさえいた。自らを弱者と自覚しながら、満身創痍の人の身にどんな牙を隠しているのかと、想像するだけで昂ぶってしまうから。
――この攻防が最後になるだろう。
これは二人ともが感じた予感で、だからこそスカーレットは全身全霊を以て受けきると決めたようだった。そこにはきっと確信もあったはずだ、もうグリムには力が残っていないと。であれば受け止めてから倒してこそだと、彼女は考えた。
そう、スカーレットには最初からずっと余裕があったといえる。
だがしかし、余裕はふとしたきっかけで油断に変わるのだ。
中空の大剣を掴んだグリムが跳躍
高く、そしてスカーレット目掛けてまっすぐに跳び
その姿が太陽に重なる
「――――ッ⁈」
眩しさにスカーレットは目を細めるも迎撃の構えは崩さない
あくまでも力勝負で決める腹づもりなのだろう
だが、彼女は注意深く観察するべきであった。そうすれば少しはやく気がつけたはずだ、折れたはずのグリムの右腕はその機能を回復し、しっかりと両手で大剣を握っていることに――
スカーレットに生じた動揺は極々僅かなものであったし、彼女ほどの手練れならばすぐに立て直してくるだろうが、だからこそ間髪入れずに予想外を起こしてやればいいのだ。
迎え撃つ気満々のスカーレットに向けてグリムは大剣を振り下ろす。必然、見え透いた一振りを彼女は戦斧で受け止めたが、その顔色は激変することとなる。
あまりにも重いのだ。あり得ないほどに――
仕掛けは単純だ。グリムの大剣に嵌まっている魔石、これは魔力操作により触れている物の重さを操り、人の身体を羽毛に変え、またある時は一振りの大剣を巨岩に変える。
グリムの一振りは、およそ人間の若者が放てる斬撃の重さを遙かに凌いでおり、スカーレットをして顔を歪める圧力があった。その威力はさしずめ隕石が如くであり、またそれは、長く戦い続けてきた彼女にとっても初めてのイメージであった。
「こぉ、小癪ッ!」
しかし、そこは獣魔将軍。押し返せないと悟るや、スカーレットは斬撃をいなした。これは見事と言うほかない受けに違いないが、両者の印象は全く異なる。
ここまで力のみで戦ってきた彼女が、初めて技に逃げたのだ。
圧し勝ったと挑発的に嗤うグリム
そんな彼に向けてスカーレットが横薙ぎに戦斧を振るうも、焦りから出た反撃は精細を欠いており、グリムはそこを狙っていた。なんと彼は、振られる戦斧と身体の間に剣を挟んで、刃の上を、まるで風車のように回ってみせたのだ。
力んだスカーレットの身体は流れ、グリムは彼女の背後に着地
ついに取れた背後から狙うのは、当然スカーレットの首である
斬れないことは証明済みなので、斬らずにたたき折る腹づもり
だがスカーレットも身体を捻り、更なる反撃を振り下ろして――……




