THE POWER ~緋色の戦姫~ Part.7
「はいった!」
見事に切り返したグリムの姿に、ウォーレンは思わず声を張り上げていた。
腹を切られたスカーレットは膝を折らないまでも、斧を支えにして立っている状態。これはもう決着といっていいだろう。
メアも、どこか信じられないといった表情である。
「グリムの奴め、スカーレットの攻撃をいとも容易く弾くとは……。目の前で見ても信じられぬ。のうウォーレン、あれは一体どんな仕掛けなんじゃ」
戦闘経験が浅いメアには理解の及ばぬ事だらけだったが、幸いにも横にはウォーレンがいる。
「力の流れというのは不思議なものでして、ある一方向へ進もうとする力が強ければ強いほど、横からの力に弱くなり軌道が変わりやすくなるのです。剣術でいえば突きを払うときが分かり易い、先代の指南役は手首を回すことで相手の突きを払っていたくらいです」
「なんと、そのような技があるとは驚きじゃ。ではグリムは同じ道理を用いてスカーレットの攻撃を弾いたのか」
「恐らくは。……それにしても、二人の強さには驚かされるばかりですよ」
尊敬、いや敬意だろうか。
ウォーレンがいつの間にか握っていた拳がわなわなと震えている。
「グリム殿の一撃、あれが成立するにはいつかの要素が必要でした」
一つは剣を斧に当てた位置と力加減。当てる位置が僅かにでも斜めに入っていたら、グリムは肉塊になっていたことだろう。逸らしきるには振り下ろす方向に対して直角に当てる必要があり、その力加減も強すぎてはいけなかった。最少の力で弾いたからこそ返しの胴斬りに繋がったのだ。
もう一つはスカーレットの膂力と技量。威力の程は言わずもがなで、あればあるほど横からの衝撃で大きく弾かれ易くなる。だからこそグリムの軽い弾きで地面を抉ったのだが、それはスカーレットの戦斧がどれだけ綺麗に振られていたかの照明でもあった。斧に振られて筋が乱れれば、的確に真横から当てる難度は跳ね上がる。つまり彼女は隻腕の不利にあっても、身の丈以上の戦斧を完全に使いこなしているのだ。
「……待つのじゃ。ではグリムは、それを確かめるために、あえて一撃打たせたのか」
「私が一番震えているのは、そこですよ。あれで終わっていてもおかしくなかった。スカーレット殿の怪力は打たせずとも明白でしたが、グリム殿はあえて正面から受け止め、そして二撃目を迎え撃った。しくじれば死、怖じければ死。その重圧の中で針の穴を通した胆力には、敬意を表さずにいられない。もぎ取った、まさに執念の勝利です」
ウォーレンは静かなる興奮に肩を震わせていたが、メアは一転して暗い息を漏らしていた。
「……勝利、か」
「ああ、すいませんメア殿。お知り合いが斬られているのに、私としたことが」
メアは頭を振る。
「よく見るのじゃ、ウォーレン。まだ終わっておらぬ」
「なにを――」
顔を戦場に向けて、ウォーレンは言葉を詰まらせた。
戦斧を支えにしていたスカーレットがゆったりと起こす上体には、傷が、ない。
スカーレットを斬り、彼女の背後へと抜けたグリムはその体勢のまま動けずにいた。反撃を受けたとかダメージが響いてきたとか、そういう次元の話じゃない。彼の身体が硬直しているのは、斬りつけたときの感覚の所為だった。
呼び込みも完璧で、大剣を魔力で覆って強化もした。
格上の相手を出し抜いて、幕を引くのに充分なはずだった。
ところがどうだ。大剣を握る彼の手には、肉を裂いた感覚が一切伝わってこなかったのだ。
愕然とするグリムを代弁するように、ウォーレンが声に出していた。
「馬鹿な……! 胴を割られた筈なのに無傷のはずが……ッ!」
「あれこそ、スカーレットが戦い続けていられる理由じゃよ」
メアは訥々と語る。
「あの見た目じゃからな。皆がスカーレットの攻撃力に注目するのも頷けるが、果たしてそれだけで一〇〇年以上も戦場に身をおけるじゃろうか」
「脅威に違いはありません。しかし、私には否と言うほかありません」
「うむ。お主ならば理解るじゃろうな、ただ攻めることだけが戦いではないと。じゃがスカーレットは見ての通り真っ向からの力勝負を好み、その為だけに鍛えたのじゃ」
「ですが、肉体を鍛えただけでは……。いくら彼女でも、グリム殿の刃を無傷で受けられるとは思えませんよ。防御魔法を使った素振りもありませんでしたが」
「無論、呪文や戦技の類いではない。だが一つだけあるじゃろ、人間でも魔族でも、戦士が用いる基本的な手段……、いや本能が」
ウォーレンは数瞬考え、思い当たった。
「まさか……『下地』ですか。確かに戦う者は皆、無意識的に魔力で身体を覆い身を守っています、人魔どころか魔物ですらも。しかし、それはあくまでも気休め程度に過ぎません。防御魔法を重ねることでようやく効果を発揮する代物、それこそ補助魔法を定着させるための下地に過ぎない」
「――その『下地』を、スカーレットは鍛錬したのじゃ。魔法を苦手とする獣魔族として生まれ、肉弾戦を好むが故、魔法に頼らず敵の眼前に立つために」
「なんという……」
ウォーレンは驚愕するばかりだった。
「そして、その思いつきは正しかったのじゃ。獣魔族は、とくにその身体を毛皮で覆われておるが、彼女らの毛皮は内なる魔力をよく蓄える。そうしてスカーレットは、実戦の中でその手段を確かに身につけていったのじゃよ。より戦いを愉しむために、強き者と出会うために。スカーレットに傷を負わせた者は、きっと数える程度しかおらぬじゃろうな」
「そうまでして、彼女が求めた相手とはいったい……」
尋ねた訳ではなかったが、ふと湧いたウォーレンの疑問に、メアは笑みを溢していた。
「……妾の、父じゃよ」
「なんですと⁈」
「なにせスカーレットは、魔王ディアプレドに膝を付かせた、ただ一人の魔族じゃからな」
メア達がどんな会話をしているかなんて、グリムの耳には届いていない。しかしながら、一度は魔王の前に立った経験がはっきりと彼に告げていた。
――こいつは魔王並にヤバイ相手なのだと
そうなると益々、初手でビビったことが悔やまれるが、どうにもならない後の祭りである。
「今のはちょいと胆が冷えたよ、坊や」
振り向きながらスカーレットが言う。
斧を担いだ右腕、その下にある脇腹はやはり無傷であった。
「でも、いま一歩足りないね。殺す気でおいで、それでようやく対等だ」
「…………」
とっくにそのつもりでいた。なんならグリムは、彼女を二分割にしてやる気で斬りつけていたくらいである。にもかかわらず無傷となれば、奥歯を噛みしめるので精一杯だ。
「それにさぁ、坊や。アタイはどうも、隠し球があるような気がしてならないんだよね。魔王城に乗り込んで、ディアプレドの野郎とも闘りあった男にしちゃあ物足りない。折角の機会なんだからさ、行くとこまで行こうや」
スカーレットは確信があるような口ぶりだった。戦い方にしても外見に反してクレバーで、戦闘に関しては勘も働くのだろう。現に、彼女の見立ては当たっているのだ。
誘いを受けたグリムは、メアの方をチラと見ていた。
伏せたままの切り札がもつ危険性故に、メアからも止められた技。グリム自身も使わずに乗り切ろうと考えていた技だったが、ここまできたら札を開けるしかないし、なによりその価値がある戦いだ。
グリムはおもむろに左胸を叩いた
凝縮した魔力を心臓に流し込めば
燃える油のように血液が全身を巡り
そうして彼は身体能力の向上を得た
「これはまた、とんでもない隠し球を持ってるじゃないか。そうこなくちゃあね」
「……面白くなりそうか?」
「いまから確かめるのさァ!」
今度はスカーレットから仕掛けた。
踏み込み一つで間合いを詰め、戦斧の連打、強打、強振。そのくせ連撃は綺麗に繋がれ、触れるもの皆鏖殺する刃の嵐がグリムへと襲いかかっていく。
だがグリムも負けていなかった。これまで技術で誤魔化しながら受けていた場面でも力で対応できている。膂力と反応速度の上昇は明らかで、少なくとも腕力だけで押し込まれることはなくなっていたから、圧倒的不利を五分くらいに持ち直したといえるだろう。
とはいえ、である。
根本的な差が覆ったわけではない。
グリムの攻撃を空振らせてからの、スカーレットの反撃
戦斧の重さを十二分に活かした横凪がグリムを捉える
大剣で受けこそしたが、その衝撃は彼を地面と水平に吹き飛ばす程に凄まじかった
あのまま波涛に運ばれれば、きっと遠くにある城壁に叩きつけられるだろう
戦いを見守っていた者は誰しもそう考えたはずだ
実際にスカーレットが放った斬撃の波涛は、南側城壁に大きな傷を遺したから彼等の予想は正しかった。だが一つだけ、グリムが途中で逃れることだけは予想出来ていなかった。
そりゃあそうだろう。スリングショットで打ち出した石みたいに飛んでいた人間が、突然、空中で木の葉のようにフワリと身を翻して着地するなんて、思いもしないはずだから。
音もなく、まさしく舞い落ちる木の葉さながらに地面を踏んだグリム。
彼は五体満足を感覚で知ると、同時に前を見て反撃に出るがしかし――
スカーレットの追撃も疾い
踏み出した以上グリムは止まれず、交錯する両名
刃が弾ける甲高い音色
グリムの手を離れた大剣が物悲しげに宙を舞い
スカーレットの傍に突き刺さった




