THE POWER ~緋色の戦姫~ Part.5 ★
「……グリム殿は、勝てるでしょうか」
街道を挟みながら、城壁から離れるように歩いて行くグリムとスカーレット。視線をぶつけたまま場所を定めようとしている二人に付いていきながら、ウォーレンが溢した。
「メア殿?」
「グリムは強い、彼奴が負けるところなど妾には考えつかぬ。じゃが……」
二人が場を定め、応じてメア達も離れた場所で立ち止まる。
大剣を肩に担ぎ、斜に構えるグリム
対するスカーレットの得物は巨大な斧。彼女が合図で呼び寄せた魔狼が運んで来たその戦斧は、スカーレットの巨躯よりも更に大きいときている。
挑んだからには、グリムは勝算を見込んでいるのだろう。しかしメアはただ無事を祈りながら、スカートの裾を握りしめている。
びゅうッと吹いた一陣の風が空気を変えた。
すでに限界まで張っている弦を無理やり締めていくような、キリキリとした緊張感はいつ破綻してもおかしくない。グリム達が対峙してから、暫くは時間が止まったようだった。
ふと、スカーレットが口を開く。
「いつでもいいよ、坊や」
「そう呼ぶなと、言ったはずだぜ」
「気に障ったかい、坊や。それともブルってるのかい?」
「へっ……、魔族ってのは長生きだからな。耳遠くなってんじゃねえのか、オバハン」
……
…………
………………
張り詰めた空気がパツっと切れた。
始まりは唐突
グリムが突撃
応じるスカーレットは同時に飛び下がり背後にある岩の傍へ
そして振り抜く戦斧でもって岩を地面から引っこ抜き、グリムめがけて打ちだした
しかしグリムは突撃を続行
迫る巨岩を両断し、文字通り道を斬りひらき距離を詰める
「疾いのじゃ!」
メアが声を上げた頃には、すでにグリムはスカーレットに迫っている
彼は距離こそ真っ直ぐ詰めていたが、そのまま仕掛けるほど馬鹿ではない。相手に隻眼隻腕の不利があるなら、それにつけ込まない手はないのだ。
左と見せて右へ回り、斬り上げる
スカーレットの視界から消え、同時に彼女が武器を手にしている右手から離れた位置からの斬撃は必中の一振り……そうなるはずであった。
「潔し、度胸良し。だけども甘いよ、坊や」
そう嘯くスカーレットの左足が、グリムの剣戟を踏み抑えていた。相手を斬るには剣速が重要だが、それが乗り切る前に抑えられたのである。
「チィッ……!」
スカーレットの脚を払って、グリムは至近距離から連続で斬りつける
その数、一瞬にして十数手
だがその全てを受けきったスカーレットは、またしても軽く飛び下がって距離を取った。
「おぉ! グリムの奴、スカーレットを退がらせたのじゃ!」
始まる前の不安を忘れて興奮するメアであるが、横にいるウォーレンの表情は険しい。
ぽつりと溢した声も実に渋そうだった。
「……マズいですね」
「のじゃ? それはどういう意味じゃ」
絶え間なく響く剣戟の音
攻め立てているグリムを見つめながらウォーレンは答える
「……グリム殿は、先程の攻防で決めるつもりでいたはずです。スカーレット殿は紛れもなく強者、なにより魔族である彼女を相手取っての一騎打ちにおいて長期戦は無謀というもの。身体能力、体力面において我々が魔族に勝ることはまずあり得ません。そもそも、スカーレット殿は単独で相対していい相手では決してない。彼女はまだ様子を見ています」
「お主の言うとおり、スカーレットは加減している。しかしそれを考慮しても、妾には、グリムが優勢に見えるのじゃが」
息つく間もなく、開幕から攻め続けているのはグリム。それは確かであったが、かといって攻勢に出ている方が優勢だとは限らない。
「メア殿は、グリム殿の役割をご存知ですか」
「前線回復士じゃろ、グリムがそう言っておった。前衛に混じり戦い、回復を担当していると」
「その認識で間違ってはいません。しかし、正確ではない」
ウォーレンの意図するところが分からず、メアは彼を見上げていた。
「確かに前線回復師は戦闘もこなす、いわば万能職ですが、その本質は回復魔法にあります。軍であればいざ知らず、少人数のパーティーであれば回復士の存在は貴重ですから、必然、戦闘時の比重は回復と防御に寄るのです。分かりますか、メア殿。彼は回復魔法が使える剣士ではなく、あくまでも剣技を扱える回復士なのですよ」
メアは驚きを隠せない。
「……信じられぬのじゃ。だってグリムはあれ程までに強いじゃろうに」
「『授かりし物』による力、そして経験が大きいのでしょう。しかし、全てにおいて秀でている為に見落としがちですが、彼にも弱点があるのです」
「……弱点じゃと?」
「苦手、と言い換えてもいいでしょう。グリム殿はその役割上、攻撃が苦手なのです」
少人数のパーティーにおいて回復役の脱落は生存率に直結する。そのため、回復役は複数用意することが理想とされ、グリムはいわば本職に次いだ回復担当にあたるのだが、それでもやはり負傷を避けることが優先され、必然、彼の戦闘術は防御に重きを置いた物になっていた。
「実は、私もグリム殿と手合わせをしたのです」
「最初に会ったときに、グリムから希望していたのう。妾も覚えておるのじゃ」
「結果としては、『授かりし物』発動時の彼に負け越しました。しかしながら、その癖に気付き、防御に徹してからは耐えることが出来た、出来てしまった。グリム殿は、崩しの攻め手が少ないのです」
そう言われると、攻め続けているグリムの姿が、むしろ追い詰められているようにも見える。
――と、スカーレットの構えに変化があった。
「やはり鋭い。彼女には見抜かれている」
「斧を短く持ち替えたのようじゃな」
いつの間にか、スカーレットは刃の付け根を握っていた。間合いと攻撃力を犠牲にする代わりに得た取り回しのよさで、軸足を動かすことなくグリムの猛攻を防ぎきっている。
ウォーレンは、更に続けた。
「メア殿、私にはもう一つ気になっていることがあります」
「なんじゃ?」
「スカーレット殿ついてです。貴女を御ひい様と呼ぶ武人、立ち振る舞いからして並の魔族ではないでしょう。先程相対した時、私にはある予感があり、武器を構えた姿を目の当たりにした瞬間に、以前旅の商人から耳にしたとある魔族の名前が脳裏をよぎったのです」
確信を持ちながら、しかし気のせいであってくれと、ウォーレンは祈っているようだった。とはいえ、訊かずにはいられない。
「……メア殿、彼女は何者ですか?」
「きっと、お主の想像通りじゃよ」
答えるメアも、誇らしさの中に不安が混じっていた。
「スカーレットの異名は幾つもある。『狂戦士』『戦斧の暴君』『緋色戦姫』『返り血装束』。魔族の中でも彼女を畏れる者は多いが、お主達人間が尤も耳にしたのは別の名じゃろうな」
「では、まさか……!」
「そうじゃ。妾の父、魔王ディアプレドが配下にして四大魔王軍が一つ獣魔軍団の長、獣魔将軍、ヴェルヴェット・スカーレット。獣魔族最強の女戦士、それが彼女じゃ」
メアの言葉が本当ならば実力差は絶望的で、未だ続く戦いの光景に、ウォーレンは息を詰まらせるばかりだった。
この事実に、グリムは気付いているのだろうか――
そう思わずにはいられない。




