THE POWER ~緋色の戦姫~ Part.3
グリムが早足で階段を下っていくと、門の前には軍馬に騎乗したウォーレンが伝令役を伴ってすでに待っていた。
「わるいウォーレン、待たせた」
「問題ありません。グリム殿の馬も用意してありますので、どうぞ乗って下さい」
ウォーレンの指示で馬番の兵士が一頭引っ張ってきたが、グリムはその軍馬を眺めながら渋い顔で悩んだ。あの女魔族のところまでは門からそこそこ離れているから、馬があった方が便利なのは確かだが……
「いや、俺が歩いてあんたの馬を引く。多分その方がいい」
「……理由を訊いても?」
「騎馬戦は苦手なんだ。それに俺の得物はデカいからな、地に足付いてねえと出足が鈍る。どのみち戦うことになったら、足止めで残るし同じ事だろ」
「では、そのように。――開門ッ!」
ウォーレンの合図で門が僅かに開き、隙間風のようにグリム達は平原へと出る。打ち合わせ通り、グリムがウォーレンの馬を引きながら先頭を歩き、その後ろに伝令役が続いて、女魔族が待つところまで進んでいく。
南側の平原は見通しもよく、広い。踏みならされた街道が延びる、どこにでもあるようなだだっ広い野原である。この国の者なら馴染み深い風景で、そこに覚える感情はきっと平穏な安心であるはずなのだ。
だが、いま城壁の外へと出ている三人が感じているのは、普段と全く異なる、息が詰まる感覚であった。例えるならば、そう……灼熱のマグマが滾る火口を覗き込もうとしているような錯覚。そんな熱気の中を彼等は進んでいた。
やがて、彼等が火口へとたどり着くと、流れるマグマよろしくゆったりとした動作で、女魔族が出迎えた。
「アンタが偉いさんかい?」
「アヴァロン王国騎士団長、ウォーレン・ウィリアムズです」
「あたいはスカーレットだ、よろしく団長さん」
――馬鹿デカい
それがグリムの抱いた印象だった。なにしろスカーレットと名乗ったこの女魔族、馬上のウォーレンと目線が同じなのだ。その体軀から発せられる重圧は相当なもので、付いてきた伝令役は今にもチビリそうな気配である。
彼女の脅威は本物だ、筋骨隆々な肉体も虚仮威しの類いではない。
その証拠に、グリムは彼女を視界に捉えた瞬間から、一挙手一投足を見逃すまいと集中しており、二人の会話は聞こえているのにまったく頭に入っていなかった。
そんな彼の横で、ウォーレン達の会話は進んでいく。
「それでスカーレット殿。話がしたいと伺いましたが、どのような話でしょうか」
「回りくどいのは嫌いでね、シンプルに行こうじゃないか。要求するのはたった一つだ、ここにゃあ魔族の娘がいるだろ? そいつを連れてきな。そしたら帰るよ」
この要求、果たして聞き入れて良いものかと、ウォーレンは瞬間迷い、グリムの意見を聞こうとするが、彼は彼で厳戒態勢のため一切視線を返す様子がなかった。
とはいえ慎重に動くのが最適だろう。
この先どう転ぶか不明だが、相手の思惑を探るのが優先である。
「奇妙なことを仰りますね。御覧の通り、アヴァロン王国は人間の国、魔族の娘などいようはずもありません。貴女とその娘がどのような関係かは存じませんが、探す場所を間違えておられるのでは?」
「名前はミィトメア、碧い肌で額に一本角」
ウォーレンの表情が強張る。
彼女は確証を得た上でここまで来ているのだ。
「しばらく前からここにいるってのは知ってンだよ。アンタ等があの子を丁重に扱ってっから顔を立ててんだ、腹の探り合いはいいから連れてきなっての。別に殺そうとか、物騒な真似はしないからさ」
「……お断りいたします」
「ほう? そいつはどういう了見だい、団長さんよ?」
険しかったスカーレットの眼光が鋭さを増し、ウォーレンを射すくめる。
返答次第でウォーレンの首をへし折りそうだったが、彼は射貫かれながらも毅然と応じた。
「貴女がメア殿と面会したいという気持ちは本物でしょう。しかしながら、貴女の身分と目的が不明なままで応じることは出来かねます。彼女は現在、アヴァロン王・レリウス三世様の客人として迎えられており、我々の庇護下にあるのです。それをみすみす危険な場所へ連れ出すなど言語道断、騎士の恥。メア殿が魔族であろうともやはり客人に変わりなく――」
「ちょッ、ちょいと待った!」
遮ったスカーレットは明らかに混乱している様子で、険しかった眉間の皺はべつの表情を見せている。
「客人だって? 虜囚の間違いじゃないのかい?」
「……魔族が人間に国にいれば、そう考えるのが自然でしょうが、メア殿は自らの意思で滞在をお決めになり、いまは城の客室で生活しています。外出にも制限無く、先日は彼)と城下の視察に出ていますよ」
スカーレットの視線がグリムの方へと落ちる。
その目は『こんなのと?』とでも言いたげだったが、彼女は口にする代わりにちょっと考え、違う言葉を絞り出した。
「……そうなると話、変わっちまうね」
「どうしても、と仰るのでしたら貴女が会いに来たことはお伝えします。その上で、メア殿が希望されるのであれば後日、面談の場を設けましょう。これが我々にできる精一杯の譲歩です」
スカーレットは首を捻りながら唸り――
「今でも後でも答えは同じだろうさ。だから団長さん、いま伝えてくれるかい、あたいがここへ来てるって事。返事がNOなら引き上げるよ」
今度はウォーレンが悩む番だったが、彼は数瞬の後、連れていた伝令を城へと走らせた。
元々、こうなる事を呼んだ上で伝令を連れていたのだろうか? だとすれば大した読みと言えるが、さしあたっては返事が戻ってくるまでどう過ごすかが問題であった。
……正直に言って気まずい。
スカーレットは話の通じる魔族のようだが、だとしても脅威には違いないのでウォーレンは勿論、グリムも警戒を保ったままである。
――と、その時だ。
ふぅと長めに息を吐いて、スカーレットが傍にある柵に腰掛けた。彼女が警戒を解いたからなのか、マグマさながらの威圧感は霧散して、一帯を覆っていた緊張もすっかり失せた。
彼女は退屈そうだった。
もしくは舐められているのか。
人間二人など相手にすらならないと。
構えは取らずとも臨戦態勢のままでいるグリムは、内心面白くない。
「……やれやれ、そんなおっかない顔しなさんなよ、坊や。戦る気はないって言っただろう?それとも丸腰の相手に斬りかかるつもりかい?」
「誰が坊やだ」
「フッ、ガッツのある奴は好きだよ、人間でもね。ただ、矢鱈目ったら噛みついてたら早死にしちまうよ、坊や? ――団長さんも、こっち来て座ったらどうだい。返事来るまでもうちょい待つだろうし、睨めっこしててもしょうがないだろ?」
この誘いが罠の可能性もある。
スカーレットの上目遣いはどこか作為を孕んでいたがしかし、ウォーレンはそれに応じて馬から下り、彼女へと歩み寄る。
流石に腰をおろしはしなかったが、それでも目線は同じくらいだった。
そのおかげで、嬉しそうに僅かに笑ったスカーレットの牙がチラリと見える。
「なんだいなんだい、アンタもいい度胸してるじゃないか」
「……何故」
「得物を抜かずに、ここまであたいに近づいた人間はアンタが初めてさね。あたいが言うのもなんだけど、クソ度胸の持ち主かイカれてるかのどっちかだよ。力量差を測れないほど弱いって訳でも無さそうだしね」
「貴女は信頼に足ると、そう感じただけのことです」
「……、信頼? 魔族のあたいを?」
「はい。勘働きの域を出ませんので、根拠を求められても答えられませんが」
「いやはや――――、……ん?」
ビビりながらも堂々としているウォーレンをどう評価したらいいものか。
そんなことを考えていたスカーレットだったが、不意に彼女は視線を城門の方へ向けた。
馬蹄を響かせ、伝令が戻ってきているが――
「やけに早くないかい」
「ええ、そうですね……」
どう見積もっても城へ戻るよりも短い時間しか経っていなかったから、ウォーレンも不思議そうに目をこらしていたが、その理由はすぐに明らかになった。
嬉しそうな少女の声がその答えだ。
「”ヴェル”! スカーレット!」
伝令の後ろに座っていたメアが、馬が止まるのを待たずに飛び降りてスカーレットに駆け寄り、スカーレットは片膝を付いて飛び込んでくる彼女を抱擁で向かえた。
「お久しゅうございます、御ひい様。よくご無事で」
「お主こそじゃ、スカーレット。久しいのう! 息災……とは言えぬようじゃが、また会えるとは嬉しいかぎりなのじゃっ!」
メアの様子からしてきっと数年ぶりの再会で、まぁ感動的な場面と言えるのかもしれないが、事情を知らないグリム達は所在なさげに二人を眺めながら、場が落ち着くのを待っていた。
水を差すのも気が引ける。




