THE POWER ~緋色の戦姫~ Part.2
「魔族が、我々と話をしたいだと? 交渉という事か?」
南城壁に到着したフェリシアは、報告を受けて眉根を寄せた。
相手は魔族だから疑うに越したことはないし、仮にこれが人間相手だとしても、敵対している以上、易々と信じるわけにはいかないのだ。
「……おかしな事ばかり続くな。ほかに敵の姿はあるのか?」
「いいえ。現在、南方に敵影は見当たりません。東西も同様です」
「今のところは単独か。人間の領地で魔族が単独行動するとは考え難いが……。ウォーレン団長、如何致しましょう」
アヴァロン王国騎士団長ウォーレンは、指先で顎を撫でながら思案を巡らす。普段の温厚な表情はそのままだが、纏う緊張感はピアノ線より張り詰めていた。
一見すれば撃退あるのみの、単純な状況に思える。魔王女であるメアは確かに人魔の友好を望んでいて、その為にこの国で活動しており、彼女の言葉に偽りがないことは、彼も信じているところであるが、その想いが他の魔族に伝わっているとは考えにくく、またすぐに同意を得られるとも思えないのだ。
なにしろ百を超える年月殺し合ってきて、矛は収め所を失っているのだから――
とはいえ、問答無用で仕掛けていい相手でないことも確かだった。先程、チラと姿を見下ろした一瞬だけでも、ウォーレンがその脅威を認識するのに充分だったのである。
「……ひとまず、城下町を覆う結界を強化するように魔術師達に伝達を。彼女が部下を持っているなら、その強さはこれまでの魔物の比ではない。近衛には万が一の備えをと、そして警邏兵には市民に避難準備をさせ、いつでも行動に移れるようにと」
「ハッ!」
命令を受けた伝令が、敬礼の後に走り去っていく。
見送るフェリシアは、さらに表情が険しくなった。
「やはり、それ程ですか。ウォーレン団長」
「私が騎士団長に任命されてから、十を超える魔族の襲撃があった。……キミなら理解出来るはずだフェリシア、いま我々の前に立っているあの女魔族。彼女一人で、これまでの軍勢以上の脅威であることが」
「…………」
認めたくないが認めざる負えない事実に、フェリシアは黙って奥歯を噛みしめる。
「……こんな時に、グリムはなにをやっている」
彼女がそう吐き捨てたときだ。「呼んだか?」と気軽な声を出しながら、グリムが城壁に飛び乗ってきた。階段もはしごも使わず、『授かりし者』の能力に任せて屋根を駆け、壁面を蹴って飛び上がってきたのだ。道中で回復魔法を使ったようで、痣もすっかり消えている。
「遅いぞ! 貴様の役割を忘れたか、グリム!」
「がなるなって副長、あんた等が早いんだ」
なんて軽口で返していたグリムだが、二人の様子から事態を察する。自分と対していた時でさえ、ここまで緊張していなかったはずだから。
「……そんなにヤバイのが来てるのか、ウォーレン」
「見れば分かりますよ、グリム殿。門の前にいる魔族です」
そう促されグリムが下を覗くと、やはり変わらず女魔族が立っていて、右手をバックルに添えながら退屈そうにしている彼女は、向けられている視線に気付いたのか顔を上げる。
二人の目があった
だが両者とも逸らそうとしない
威嚇とは異なる交差する視線は
熱く、冷たい
冷静で、狂気的
矛楯した様相を呈しながら
唯々静かに火花を散らしている
と――
「グリム、聞いているのかッ⁈」
「ちゃんと話は聞いてるよ、副長――」
フェリシアに呼ばれ、グリムは後ろ髪を引かれながらも作戦会議へと首を戻す。
「――ウォーレンが下に降りるんだろ? 正直、無謀だと思うけどな」
「魔族との戦闘は幾度もありましたが、開戦宣言や使者を送るようなことはなく、ましてや交渉の申し入れなど初めてのことです。しかし、メア殿の例がある。『星渡りの蝗』の脅威を鑑みれば、応じてみるのが得策でしょう。――フェリシア」
「ハッ!」
「私が出向く間、ここの指揮を任せる。グリム殿は一緒に来てください」
「「了解」」
期せずして重なった返事に頼もしげな微笑みを浮かべると、ウォーレンは地上へと階段を下りていく。護衛役として指名されたグリムも当然それに続こうとしたが、歩き出そうとした途端、フェリシアに呼び止められた。
「役目は分かっているな、グリム」
「そっちこそ、西側城壁外にいる魔族達にも警戒しとけよ。一度負けてメアに下ったとはいえ、状況変われば掌返すかもしれないぜ」
「すでに警戒済みだ、動くようならば容赦はしない。……しかし意外だな、貴様は魔族の側でもあるのに、奴らが討たれることを心配しているようには思えない」
「俺は一番マシだと思える側にいるだけだ。メアにしたって、連中が寝返るならそれを殺ったとしても納得するだろうさ」
グリムもメアも、種族は違えど目指すところは平和な世界。
人魔の平和を成し、『星渡りの蝗』を撃退する。どちらか片方だけでも頭を抱える難題だが、確かに両方解決すれば万々歳だ。夢物語のようでもあるが、そう言って行こうとするグリムの背中に、フェリシアは再度声を掛けるのだった。
命を懸けて国に尽くしてきた女騎士、魔族は敵だと身を以て知り戦ってきた人生。そうして形作られてきた信念はあれど、賭けてみたいと思うくらいには同じ願いが胸にある。
だから――
「団長を頼むぞ」
「任せとけっての」
――フェリシアは託し、送り出したのだった。




