THE POWER ~緋色の戦姫~ Part.1
……さて、少しばかり時間を遡ろう。
場所はアヴァロン王国の王都をぐるりと囲む城壁の南側である。だだっ広い平原がこれでもかと広がる王都南方にある城門は、王国の主要な街道の出発点かつ終着点であるため、毎日多くの人間が出入りしており、彼等の安全を――または彼等が持ち込む脅威から――守るために厳重な警備が敷かれている。
だが、それらは検問という都合上、本当に水際の防衛線と言ってよく、願わくば脅威の発覚は遠ければ遠いほどよい。相手が人外の者であるならば尚更だ。
そんなわけで、当然ながら城壁には各所に物見櫓が設置されていて、配された兵士の役目は、隠れた兎を捕える鷹の如く、いち早く敵を発見し、知らせることである。
この日、南側城壁にて監視の任に付いていたのは、同僚達から『千里眼』と呼ばれている兵士であった。大層な渾名が付いているが、特別な魔法を使えるとかそういったことはなく、ただ単純に、彼はとにかく眼がよかった。
視力は当然として発見力も高く、なにより高く買われていたのが目測の正確さであった。店十件分くらいの距離であれば誤差無く相手の身長を言い当てるのが彼の特技である。そして、その能力は目に焼き付いている平原において、最も力を発揮すると言って良いだろう。
だからこそ彼は、街道をたどりながら丘の稜線を越えてきた、小さな、小さな、小さな人影に、ある種の違和感を覚えたのである。
…………なんか、デカくね?
最初はこの程度の違和感だった。
外套を被っているようなので正確だったとは言い難いが、それにしても、いわゆる成人男性と比べて明らかに大柄なのは確かである。加えて太陽を背にしていた為、彼の眼にはシルエットだけが見えていた。
単独だし、徒歩である。いつもであれば、やたらと身体のデカい冒険者がやってきたのだと判断したことだろう。しかしこの日の彼は、ざわつく背筋に促されるようにして望遠鏡を手にし、結果としてその判断は正しかった。
拡大された狭い視界の先、そこにある外套のシルエットからはみ出している尻尾の形。装飾品とは異なる、明らかな意思の元に振られているそれは、接近している人影が人外の者であると告げていて、彼はおもわず声を上げて飛び退いてしまった。
そいつが魔族だったから、ではない。
まだまだ指先に隠れそうな距離にあって、こちらの視線に気付き、睨み返してきたからだ。
もしかしたら偶然だったのかもしれない。たまたま、望遠鏡越しに目が合っただけかもしれないが、しかし彼は、自分の首を素手でへし折られたような恐怖を感じたのだ。
……警鐘が鳴り響いたのは、その直後のこと
これまでにも魔族の攻勢はあったし、なんならグリム達がこの国にやってきた時にだって魔族との戦闘があり、彼はこの物見台でその様子を監視していた。
だからこそ、彼は恐怖したといえる。
たった一匹の魔族。その影が放つ重圧は、幾百の魔物を従えた軍勢を遙かに凌ぎ、これまで城下を護ってきた分厚い城壁に頼りなさを覚える程であったのだから――。
「そこで止まれッ!」
南門守備隊長の怒号。
変わらず歩み寄っていた魔族の足下に、弓兵の放った矢が刺さる。
検問待ちだった旅人は追い返され、とにかく命を大事にとすでに逃げていた。
一方、魔族の方はというと、一切動じることなく城壁から狙いを定めている弓兵達をざっと見渡し、最早不要と判断したのか外套を脱ぎ捨てた。
やはり、大柄の魔族である。
頭部の獣耳と尻尾、そして全身を覆う桃色の毛皮からして獣魔族だろう。
筋骨隆々にして隻眼隻腕、右目と左腕がそれぞれ失われているようだった。その威風堂々たる立ち姿から、どのようにしてそれらを無くしたのかは想像に難くないが、以外だったのは、その魔族が女であったことだ。
彼女が口を開く。
「戦りあうつもりはない。話がしたいんだ、偉い奴を連れてきな」
彼女は肉食獣の眼差しで威圧しながら、ただそう言ったのだった。




