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魔王女さまのレコンキスタ 〜勇者と魔王は並び立ち〜  作者: 空戸之間
第二話 魔王女さまと緋色戦姫
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PREPARE ~備える者達~ Part.8


 屋内練武場が使われることは滅多にない。


 風が吹こうが雨が降ろうが、戦の主戦場は外であるため騎士団の稽古も屋外で行われるのが常で在り、施設として用意されてはいても、そもそも収まりきらないので、騎士団の稽古場として使用されることはまずあり得ない。


 ……はずなのだが、時折、夜間に灯りが灯っていることがあった。そして今夜も、揺らめく蝋燭の朧気な照明が、騎士の孤独な鍛錬を見守っていた。


 静かだ。


 衣擦れの音一つ無く、騎士は剣を構えたまま目を閉じて、深い瞑想に耽っているのだろう。動じぬさまは彫刻と見紛うほどであったが、不意に騎士の唇が動きを見せる。


「……いつまで、そこにいるつもりだ」


 やはり動じずに、彼女が背後にある扉に声を掛けると、返事代わりに床板が軋んだ。蝋燭の明かりが照らしたのは、木剣を携えたグリムの姿である。


「なんだよ副長、気付いてやがったのか」

「向けられた闘志に気付かぬ間抜けに見えるか、私が」


 応じるが、やはりフェリシアは背中を晒したままで続ける。


「貴様の寝床はたしかに城の敷地内にあるが、警備以外の理由で夜間に彷徨くことを許可した覚えはない。鍛錬の邪魔だ、今回は不問にしてやるから寝床に戻れ」

「……断わる」


 言葉こそ大人びているが、言い分は餓鬼のそれであり、フェリシアは深い溜息を付くと、ついに構えを解いてグリムの方へと向き直った。当然、彼女には苛立ちがあった。しかし、いざ彼女を見据えているグリムと対してみると、その印象が変わる。

 グリムの眼差しはこの上なく真剣で、薄明かりの中にいてもなお、強い意志が感じられた。


「……斬りかからる隙はあったろう、グリム」

「そこまで落ちぶれちゃいねえよ。背後から女に斬りかかるなんて、腰抜けの卑怯者がやるやり口だ。それに白黒付けようってのが目的じゃねえからな」

「であれば無駄足だ、何度来ても私の答えは変わらん。貴様と戦う気はないし、ましてや稽古を付けて義理もない」

「どうして」

「貴様が嫌いだからだ」


 我ながら大人げないと分かっていながらも、フェリシアは口にせずにいられなかった。

 こんな物はただの感情で理由とは到底呼べない陳腐な代物だがしかし、同時に誤魔化しようのない本心でもあったので、グリムがこれで引き下がってくれればそれでよかったのだ。

 ところが、だ――


「そいつは良かった、おれもあんたが嫌いだ。如何にも偉い騎士様でございって振る舞いとか、お高くとまってるとことか、正直鼻につくぜ」

「ならば、何故戦いたがる」

「あんたが強いからだ。俺よりも」


 凪いだ草原が吹かれるように、フェリシアの心がざわついた。

 眼付きが一層鋭さを増す。


「からかっているのか、貴様。それとも憐れみのつもりか。このアヴァロン王国騎士団副団長、ハンナ・フェリシア。いくら勇者の供といえども、奴隷上がりの傭兵風情に同情される謂われはないぞ」

「そりゃあ持ってるモン全部使えば俺のが強えよ? なんたって『授かりし者』だしな。……でもそれは言われた通り、俺の実力じゃなくて借り物だ。()のままなら、あんたの方が強い。だから、あんたと戦いてえんだよ。()()()()()()()あんたとな、副長」


 正直なところでいうと、番付上位の兵士達は、剣技だけで比べればグリムに対して大きく劣る者はいないのだ。にも関わらず彼が連勝を重ねていけたのは、ひとえに戦いという行為をどう捉えているか、この一点による差であった。


 例え訓練であろうが、敗北とは死に一歩近づくということ。誰かを護るとか、敵を倒すとか、そういう思いも確かに大事だろうが、死と敗北の距離感を念頭に置いているかどうかで、立ち回りに違いが出てくるのだ。


 勝つためなら、生き残るためならなんでもする。


 そういう気概を持たず、綺麗な信念や理想だけで戦おうとすれば手段を選び、手を狭める。番付上位の連中なんかがその典型で、魔王軍との前線から離れていた影響もあるのだろうが、剣があまりにもまとまり過ぎ、意地汚さが欠如していたのだ。


 その点をよく理解しているのは、おそらく団長のウォーレンと、副団長のフェリシアくらいだろう。だからこそグリムは、彼女との実戦にちかい戦いを望んでいた。

 しかしフェリシアは、意図を汲みつつも独りごちる。

 恨むような、悔やむような、絞り出されたのはそんな声だった。


「何故、私なのだ……」

「それって独り言か? それとも答えてほしいのか?」

「……何も言うな。私の答えも変わらんからな」

「頑固だなぁ、あんたも」

「貴様がしつこいだけだ。第一、私には相手をしてやる利点がない。()のままの貴様と戦って得られるものがあるとは思えん」


 感情論から一転しての理詰めである。

 しかしもっともな指摘にグリムはぼんやりとした声を発した。


「……言われてみればそうか、フェアじゃねえな」

「納得したのなら帰れ、明日も早朝訓練があることを忘れたか」

「ならこうしようぜ」

「まだ食い下がるつもりかッ⁈」

「まあ聞けって」


 いい加減憤りを露わにしているフェリシアを宥め、グリムは新たな条件を提示する。これは一種の取引と呼んでもいいのだから、貰うだけでなく与えなければ不公平だ。


「あんたが俺の相手してくれるなら、俺があんたの相手をする。これでどうだ?」

「……意味が分からん。同じ事ではないか」

「だから、生のままの俺と戦ってくれたら、『授かりし者』使ってあんたの相手をする。そうすりゃ、お互い自分より強い相手と闘れるだろ? これならフェアだ。しかも嫌いな奴が相手と来てるから、気兼ねなくブン殴れる」


 馬鹿馬鹿しい提案を、なんと気軽にするのだろうか。


 フェリシアは返す言葉をついに失い、眉間の皺深くグリムを凝視していた。その不遜に憤り、図々しさに呆れ、自信を妬みながらも、だがしかしという思いが頭をもたげ、そして――


 彼女は握っていた剣を鞘に収めると、壁に掛かっていた木剣と持ち替えた。

 その瞬間に空気が変わり、グリムは身体が強張るのを感じる。強者の持つ闘志が鋒を向けてくると、どうしたって緊張するもので、構えを取らずとも肉体はすでに臨戦態勢に入っていた。


「どうしたグリム、来ないのか。持ちかけてきたのは貴様だ、先攻はくれてやる」

「……ヘッ、そんじゃあ遠慮無く!」


 駆け出し、斬りかかるグリム。


 身につけたアヴァロン流剣術の基本形、それを繋げた5連斬りで仕掛けるも、相手は同流派の最上位者で、容易く身を躱されてしまう。

 鎧を外しているフェリシアは普段よりもかなり身軽に動いていた。


「付け焼き刃にしては上等、これでは部下が辛酸を舐めるのも道理だな。だが貴様が試したいのは闘争の技だろう、本気で来い」

「そりゃどうも、喋ってると舌噛むぜ」


 グリムの攻め手が変わる。

 現状で自分のアヴァロン流がどこまで通じるのか試したいところだったが、流石にムシが良すぎたと改め、彼は自前の戦闘スタイルに戻した。旅の仲間から学び、敵から盗み、そうして積み上げられていった継ぎ接ぎの我流で攻めたてる。


 急変したリズムと荒々しい太刀筋は、確かにフェリシアを動揺させたろうが、剣に生きてきた彼女に有効だったのは最初の数手のみで、対応されてしまってからは木剣同士の衝突音が小気味よく響くばかりとなる。


 ならばと当て身を混ぜ込んでみるが、以前やり合った時や、訓練中にも何度か見せていたために、これは初撃から捌かれる始末だった。


 ――やっぱり強ぇ


 いざ打合ってみると実力差がよく分かる。フェリシアはまだまだ力を隠しているように思えてならないが、であればせめて底を覗くくらいには追い詰めたいところだ。


 上段からグリムが斬りつける。

 これは受けられてしまったが、それでよかった。


 年上で、体格は同じくらいだが、フェリシアは女だ。ならば、如何ともしがたい体格差と腕力で押し込むが良しと考えての仕掛けであるが、単純な力押しを御するなど彼女にはお手の物であった。

 押し込んでくるグリムの剣を流す様に見せかけ、それを嫌ったグリムの隙を突いて剣を跳ね上げる。それと同時に放たれたのは、槍を思わせる痛烈な前蹴りだった。


 鳩尾に蹴り込まれたグリムが蹈鞴(たたら)を踏んで後退し、ここで攻守が入れ替わる。

 悠然と前に出るフェリシアの剣が容赦なく、呼吸困難から回復できていないグリムを攻め立てた。特別な技は用いず、アヴァロン流剣術の基本型だけ用いての攻めであったが、一つ一つの繋ぎが見事で反撃の機会は見当たらない。だが……


戦闘治療士(フロントヒーラー)の肩書きは伊達ではないな、その状態でよく受ける」

「チィッ……」


 致命打こそ防いでいるが、グリムは防戦を強いられていた。ただし、受けに徹する彼の守りは堅くフェリシアの剣戟が彼を打つことはなかった。


 攻め込まれ、じりじりと後退するグリム。

 そんな彼を見据えるフェリシアの眼は、『防御だけでは勝てないぞ』と語りかけてくるようであったが、そんなことは百も承知である。

 どんな勝負も攻めねば勝利はあり得ない。だがその一撃が強力である必要はなかったりする。


 故にグリムは耐え、兆しを蛇のように待った。フェリシアの連撃、その隙間に生じる紙一重の隙は――……


 ――今ッ!


 焦れたフェリシアがリズムを変え、剣戟の間に放ってきた左拳


 顔面を打ちに来たその拳に対して、グリムは額で突っ込む


 いっそ拳を砕いてやろうという彼の思惑は


 だがフェリシアの読みが上をいった


 彼女は打撃の間際に拳を開き、グリムの頭突きを掌で受けたのである。


 ――ヤバい!


 グリムが冷や汗を掻いた刹那、彼の脇腹には次いだ左胴斬りがめり込み吹き飛ばされる。しかし闘志を残した彼が死に体から顔を上げると、冷徹な眼光を灯したフェリシアの袈裟斬りが彼を襲った。

 これまでと異なる、重い打音が練武場に響き、木剣であろうと構わず、斬るように振り抜いたフェリシアからは、とどめを刺した吐息が漏れていた。


 残心から、血を払うように木剣を振り、彼女は跪いているグリムを見下ろして言った。


「……『授かりし物(ギフト)』は、使わないんじゃなかったのか?」

「バッカ野郎! いまの使わなきゃ死んでたぞ! 殺すつもりで振り抜いたろッ!」

「より実戦に近く。そう望んだのは貴様だろう」


 がなるグリムをあしらうようにフェリシアは答えた。そして心地よい汗と、確かに燃えてしまった闘争心を感じながら、彼女は立ち上がるグリムを見つめている。


「くそっ……! 副長、もう一本だ! もう一本!」

「いやグリム、『授かりし(ギフト)』を解くな、そのままでいい」

「ああ?」


 最早フェリシアは認めざるおえなかったし、試してみたくて仕方が無かったのだろう。能力を発動したことで桁違いに強さを増したグリムと相対しながら、彼女はどこか興奮している様子である。


「構えろグリム、今度は私の番だ。貴様には、()()()()()()()()()()()

「…………OK。そんじゃあ交代制でいくか」


 数瞬の睨み合いの後、再開された打合い。

 この日より、夜の室内練武場では、時折打ち込みの音が聞こえるようになったという。



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