PREPARE ~備える者達~ Part.7
町や村には、ほぼ必ずと言っていいほど酒場がある。
ましてや王都の目抜き通りともなれば、特に大きな酒場があるのは、むしろ自然と言えるだろう。そういう店は酒の他にも食事もできるし、冒険者のために宿を兼ねている場所も多い。となれば必然的に人が集るので、冒険者向けの依頼なんかが届けられることになり、すなわち繁盛する店は、そういった大きな店に限られてくる。
が、グリムはそんな城下一の酒場を華麗に通り過ぎると、路地にある店の扉を開けた。
カランコロンと小気味よい呼び鈴を聞きながら、彼は店内を掃除している女性に声を掛ける。
「ようルイーザ、やってるか?」
「あぁ、ごめんなさい。まだ準備中で――」
年齢はグリムと同じくらいだろうか。
三角巾で髪を覆った少女は、客の姿を見るなり営業口調から砕けた様子になる。
「なぁんだグリムじゃない。あれ? 準備中の札かかってなかった?」
「掛ってたけど、そろそろ開く頃だと思ってな」
「そういう事。良いわよ、入ってて。飲み物くらいなら出せるから」
許しをもらったグリムはいつも通りといった雰囲気で角にあるテーブル席に腰を下ろす。途中でキッチンに立っている少年とも軽く挨拶を交していたが、落ち着かない様子のメアは、ただ彼の後に付いていってソファに座るので精一杯だった。
「少しボロいが、いい店だろ?」
確かにグリムの言うとおり、店内はお世辞にも綺麗とは言い難かったが、手入れはキチンとされているようで清潔感があり、さしずめ、気品ある老婆とでもいった風情を醸し出している。
――なんて感想をメアが抱いていると、ルイーザと呼ばれていた娘が葡萄酒のボトルと樽ジョッキを運んで来た。
「ボロでわるかったわね」
「最後まで聞けよ、料理は美味いって言おうとしたんだ」
「あら、それなら褒めるだけにして欲しかったわね。――飲み物はいつものでいいんでしょ?」
ルイーザは気の強い女性なのだろう。それでいて実に親しみやすく、メアはなんとなくだが、グリムがこの店を贔屓にしている理由がわかった気がした。
彼がこの町に来て約二週間ほど経つが、その存在は完全に広まっており、どこに行っても注目されている。城を襲撃した魔王軍のはぐれ部隊を撃退した功績は、英雄視されるに充分すぎるもので、しかし抱かれる印象に善し悪しはあれど、そういった気を向けられること事態が、彼にとっては億劫なのだろう。
だからこそ逆に、過度に気を遣わない――いやむしろ明け透けな――ルイーザの振るまいが彼には心地良いのかも知れない。
「それにしても珍しいわね、いつもは一人で食べに来るのに。っていうかさぁグリム。こんな美人さんをどこで捕まえたのよ、このこの~」
「残念ながらそんなんじゃねえよ。――妹のミィアだ」
「うむ、妹のミィアじゃ」
「エッ⁈ あんた妹いたの⁈」
不自然な自己紹介よりも衝撃の事実が優先されたようで、ルイーザは頓狂な声を上げてから、メアの顔をまじまじと眺め、グリムに疑いの眼差しを向けた。
二人は似ても似つかないので、疑われて当然である。
「ホントに~? あんまり似てないよ~? なぁ~んか隠してるんじゃな~い? あんたより妹さんの方がしっかりしてるって感じよ~?」
「色々あるんだよ」
「益々興味出てきちゃうわね」
「……普通こう言われたら退くもんだろ」
「残念だったわね。こちとらパパが病気で死んじゃってから、姉弟で店続けてんのよ? これくらいじゃヘコたれません」
「話すと長くなる。聞くも涙、語るも涙の物語ってやつさ」
人間に化けているメアも大概だが、しれっと語るグリムもとんだ嘘つきである。しかもしれっとしてるのが逆に真実っぽく聞こえるので質が悪い。
が、ルイーザの反応もまたあっさりとしたものであった。
「あっそ、じゃあ止めとくわね。――それからミィアちゃん」
「のじゃ?」
「そのリンゴもらっていいかしら?」
言われてメアは手にしたままのリンゴに目を落とす。食事に行くと言われてやり場に困っていたので、別に渡しても構わないのだが……
「どうするのじゃ? 食べかけじゃぞ」
「痛んじゃうと勿体ないからね、ちょっと待ってて」
軽快にリンゴを受け取ったルイーザはカウンターの向こう側でなにやら作業を始め、ながらで二人から食事の注文を取ったかと思えば、グラスを一つ運んで来た。
「はいお待たせ~、摺下ろしリンゴ入りレモネードよ」
「おぉ~、見事なのじゃ!」
「さささッ、飲んでみて」
促されるままに口に含んだメアは、これまた感嘆の声を上げる。
レモンの酸っぱさとリンゴの甘さが絶妙に混ざり合い、果肉のアクセントがそのバランスを整えていた。最近の彼女の食生活は城で出されるもので成り立っているため、不満など生まれようはずもないが、それでもこの味は輝かしい。
なにしろ美味さのあまり、身もだえしているくらいだ。
「むむぅ~なのじゃ! グリムもどうじゃ⁈」
「ホントは独り占めしたいんだろ? いいよ、全部飲んで」
「お主は出来る兄上じゃな~!」
「ここまでウケるなんて……、メニューに加えようかしら」
「それよかルイーザ、店開けなくていいのか? 外で客が待ってるぞ」
グリムが窓の外を指さすと、律儀に待っている客数名が不思議そうに店内を覗いていた。
「あぁいっけない! 料理もすぐに出すから、また後でねーッ!」
そうしてルイーザは仕事に戻り、グリム達は運ばれてきた食事を楽しみながら、しばらくゆっくりと時間を過ごすことにした。メニューはビーフシチューとパンのセットで、メアはこれにもご満悦といった様子で平らげ、なんなら足りなかったようでお代わりを要求しようとしたが、教会の子供達から晩餐に招待されていることを思い出して控えたのだった。
その代わりに、グリムが持っていたリンゴをもらい、もしゃもしゃと囓りながら人間社会のお金の数え方について学んだりした。
「――つっても簡単だ、俺でも覚えられるくらいだからな」
グリムはそう言いながら、テーブルに数枚の硬貨を投げる。
銅貨一〇〇枚で銀貨一枚、銀貨一〇〇枚で金貨が一枚
それぞれ一〇〇毎に素材が変わる
「ふむふむ、すると料理の値は……銀貨十枚か。金貨が百枚集まるとどうなるのじゃ」
「金貨が一番上の単位だから、あとは千とか万で数える。金塊にしたり重さで数えることもあるけど、まぁ庶民には関係ない話だな」
メアはなるほどと頷き、今度は掲示板に興味を示す。彼女の好奇心は、とにかく目に映る物全てに反応
しているかのようだ。
「あそこに張ってある物はなんなのじゃ?」
「ああ、冒険者向けの依頼だよ。酒場や飯所には人が集まるから、依頼を広めるのに丁度いいんだ。正式に受領するには冒険者ギルドの受付にいかなきゃならねえけどな」
「……ふぅむ、熊退治に猫探し。意外と小さな依頼もあるのじゃな。お主も経験あるのか?」
「路銀稼ぎによく引き受けたぜ。その経験から言うと、どっちも割に合わねえな」
依頼を受けるときに重要なのは内容と報酬のバランスで、何度か安請け合いで痛い目をみたことがあるグリムからすると、受けるに値しないという結論になるようだ。
しかしメアはというと、興味深そうに依頼書を見つめている。
「ふぅむ、じゃが面白そうじゃし、妾も一つくらい受けてみたいのう。或いは同胞達にいくつか任せてみるというのも面白いかも知れぬ」
「メア個人で受けるにしてもギルドの登録手続きとか色々あるから、すぐには無理だな。あと魔……お前の仲間に受けさせるのは絶対にやめとけ」
「何故じゃ? 人間社会に合わせていこうというのに」
「冒険者以外にもギルドの依頼で食いつないでる連中がいる。そいつ等にとっちゃギルドは縄張りで依頼は餌、そこにいきなり余所者が食い込んできたら面白くねえだろ。お前があれこれ頑張ってるのは知ってるが、焦りすぎると余計な敵を作るぞ」
「うぅむ、それも一理あるのう」
こんな感じで大事な話や他愛ない雑談ばかりが続いたが、メアにとってはためになる話ばかりで、あっという間に時は過ぎていく。
それからも時の流れは早く、ルイーザに挨拶してから店を出て、目抜き通りの商店を色々と視察。道具屋に武器屋、宝飾店に衣料品店と巡っていると日が沈み、招待された教会での夕食会に参加して、教会のシスターや子供たちと食卓を囲んでいたかと思えば、王様にあてがわれた寝室へと続く城の廊下をメアは歩いていた。
城内に帰ってきたため変身は解かれており、彼女は魔族の姿に戻っている。半日ぶりに振られる尻尾は、実に上機嫌だ。
「いやはやグリムよ、今日は実りある日じゃったな!」
「楽しめたらよかったよ」
「何を言うか、これほど楽しかったことは初めてじゃぞ!」
と、断言してから、メアは慌ててグリムの方を振り返った。
「む、無論、調査が有意義であったという意味じゃからな! 断じて、ただ楽しんでいた訳ではないのじゃからな!」
「はいはい」
正直なところは半々だったろう。グリムから見てもメアは明らかに浮かれていたから、目的が頭から抜けていた瞬間もあったはずだ。だが、時折見せた真剣な眼差しから、彼女の真剣さも垣間見えていた。
顕著だったのは教会での夕食会だ。
芋とくず野菜ばかりの食卓は、お世辞にも豪華とは言い難く、しかしメアは一言の不満さえ漏らさずに食卓に付き、同じものを食べ、シスターや子供達と時を過ごした。人間の貴族でさえ、こんなことはまずやらない。
仮に行ったとしても、そこには哀れみが介在するのだが、メアにはそういった感情は一切無かったように思えた。
――では、彼女が抱いていたのはなんだったのか?
しかし、グリムがその答えにたどり着くよりも先に発せられたメアの質問が、彼の疑問を押しやってしまう。
「しかし、グリムよ。あのシスターはなんというか……強烈じゃったのう。神に仕える女というからには、もっとこう……淑やかな振る舞いを想像していたのじゃが」
「シスター・デロリスだろ? 言いたいことは分かるよ」
教会兼孤児院の長を務めているシスター・デロリスは、黒い肌にもじゃもじゃの髪で、敬虔な信徒と呼ぶにはあまりにも型破りな女性であった。
「声もやたらとデカいし、口調もぽくないからな。元々は冒険者かも」
「じゃが、子供達に好かれておったな。面倒見もいい、素晴らしいシスターだったのじゃ。次に訪れるときは、子供達に土産でも持っていきたいのう」
寝室のドアを開けながら嘯くメアに、グリムの眉根が寄る。
「……今度?」
「まだまだ周りきれておらぬじゃろ、城下町だけでもあと数度は視察に赴く必要がありそうじゃから、その時には案内を頼むのじゃ」
「俺の休みはどうなるんだよ」
「人魔の平和と、脅威への対抗策に必要なのじゃ。これは必須の備えじゃぞ」
絶対に半分は息抜きだと思うのだが、メアが自信満々に胸を聳やかして言い放つので、グリムは嘆息する。とはいえ魔族との共存を果たしていくには不可欠な要素であることもまた事実なので、彼はもう一度嘆息した。
「じゃあ、その時は団長にでも伝えてくれ」
「無論じゃ」
その返事ににべもなく。
屈託のない笑顔を見せたメアに軽く手を振り返して、グリムはそのまま帰ろうとしたのが、すぐにメアから意外そうな声で呼び止められることになる。
「部屋に入らぬのか?」
「あ? 用事はもう済んだろ」
夜中に女の部屋に入るのは別に初めてというわけではないが、今日の仕事は済んでいるし、そもそもメアに対してそういった感情をグリムは持ち合わせていなかったので、驚きよりも面倒臭そうな返事であった。
「お互い朝早いんだ、さっさと休もうぜ」
「だからじゃよ。お主の寝床はこの部屋の真下なのだし、窓から帰れば早いじゃろ」
あっけらかんとして、メアは窓を示す。
確かに城内を戻るより、飛び降りた方が圧倒的に早いが――
「窓から帰るのは泥棒か刺客くらいだぞ」
「そうか? 効率的だと思うのじゃがな、この時間なら人目にも付かぬし」
「大人しく歩いて戻るよ、怪我はゴメンだ。……お前も、俺に用事があるからって飛び降りたりすんなよ。魔族の身体なら、こんくらいで怪我はしねえと思うけど」
「妾は、出来ない約束はしないのじゃ」
「いや悪びれろよ」
やはり自信たっぷりなメアには呆れるばかりである。なにか用事ができたら絶対に、最短ルートで訪ねてくるだろうと確信を得つつ、グリムはドアノブを握った。
と――
「グリム」
「ん?」
「おやすみなのじゃ」
「……ああ、おやすみお姫様」
静かに眠りの挨拶を交したグリムは扉を閉め、奇妙な感覚を胸中に抱きながら廊下を戻っていく、ただし、その脚が向かう先は寝床ではなかった――――




