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魔王女さまのレコンキスタ 〜勇者と魔王は並び立ち〜  作者: 空戸之間
第二話 魔王女さまと緋色戦姫
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PREPARE ~備える者達~ Part.5 ★


 そろそろ昼飯時といった頃合い。


 城の正門から大広場を抜けて、南の城壁まで続く目抜き通りは今日も変わらぬ賑わいを見せていた。ながく続く魔族との争いによる影響は確かに影を落としているだろうが、それでも主戦場である南の大陸に比べれば遙かに平和で、活気に溢れている。


 そんな通りの真ん中を、一人の少女が実に楽しそうに、そして元気よく歩いていた。

 いや、その控えめな胸を(そび)やかして歩む様子は、むしろ闊歩していると表現するべきかも知れず、同伴しているグリムは眉根を寄せながら少女の後ろに付いていった。


「うむうむ! こうして近くで見ると、やはり違うものじゃな!」

「はしゃいでんなぁ、メア」


 なんの気なしにグリムが呼ぶと、少女はムッとしながら振り返って朱色の瞳を細める。


「こらグリム、いまの妾はミィアじゃ! 妾が妾だと知れてしまっては、折角の秘密調査が台無しではないか。妾は、人間が普段どのような生活を送っているのかを知りたいのじゃからな」

「へいへい、気をつけますよ」


挿絵(By みてみん)


 そう、グリムを連れ歩いているのはメアである。

 変身魔法で姿を変えた彼女は、年相応の人間の娘としか思えない姿となっていた。肌色も人間のそれだし、額の一本角も尻尾もうまく隠しているから早々バレる事はないだろう。なにしろ正体を隠して町へ出るために、城の敷地内で――もっと言えばグリムが寝起きしている小屋の中で――姿を変え、そのうえで人目の多い正門は、避けて使用人たちが使っている通用口から町へ出るという徹底ぶりであった。


 気になる点があるとすれば、頑なに消そうとしない右頬の傷痕と、町娘と呼ぶには腹部の露出が過ぎるってトコくらいだろうか。背中にある大きな傷痕の方は、幸い服に隠れているので見られることはないだろう。……多分。


 まぁそんなこんなで、一応の案内役兼お目付役、兼護衛役として駆り出されたグリムは現在、メアが何かしらやらかさないように、彼女を後ろを歩いているのである。

 と、ようやく興奮を宥めたメアが歩調を合わせてグリムに並んだ。


「どうしたよ、メ……ミィア。行きたいトコあるなら連れてくぜ」

「いや、お主はどうなのかと思っての。……騎士団には馴染めたのか?」

「んん? そこそこ上手くやってるよ」

(まこと)にか? 不快な思いなどしていなければよいのじゃが」


 メアは申し訳なさそうに尋ねた。


 実は、彼女が客人としてアヴァロン王国に迎えられる事となった時、グリムも彼女と同等の待遇を提示されていたのだが、彼はそれを蹴ったのだった。メアの護衛として城内の客室で生活する日々は、きっと誰もが憧れる暮らしなのかもしれなかったが、グリムの中にある何かがそれを拒んだ。


 貴族への妬みか、それとも矜恃か。


 とにかく彼は、漫然と過ぎかねない日々をはね付け、代わりに騎士団への入隊を臨み、聞き入れられたおかげで特例として傭兵扱いで入隊する事となったのである。

 言ってしまえば、グリムの希望が通った結果であるため、メアに一切の責はない。


「殊勝だな。仲良しクラブじゃねえんだ、仕事してれば充分さ。そっちこそどうなんだよ?

王様との交渉はうまくいってんのか」

「順調じゃよ。西門外にいる同胞たちの為に家を建ててくれることになった。流石に、町へ立ち入ることは許されておらぬが……。時期尚早じゃろうから、この点は追々じゃな」

「町を襲ってきた連中の生き残りだからなぁ、扱いが難しくて当然か。頭目が死んで、あいつ等はお前に忠誠を誓ったけど、人間側としちゃあ、まぁ警戒するわな」

「徐々にでよい、当面は交流する機会を設けるための策を練るつもりじゃよ。不可能ではないのじゃ。事実として妾とお主が、こうして言葉を交しながら並んでおるのじゃからな」


 自信を覗かせて、メアは微笑む。

 どことなく大人びた笑みであった。


「とはいえ、のんびりしてる時間もないぜ? 『星渡りの蝗(ローカスト)』がいつ攻めてくるかもしれねし、魔王軍の残党だっている。こっちに来てる魔王軍は、魔王城でなにが起きたかなんて知る由もねえから、変わらず戦闘続けてるだろう」

「分かっている。問題は山積みじゃが、だからこそ一つずつ崩していくのじゃ。慌てて大きな石を取り退けば、すべてが壊れてしまうからの。小さな事からコツコツとじゃ」


 メアが挑む人魔の共存は、高くそびえる怨嗟の石積みを崩していくような作業だ。願わくば急ぎ平らなものとしたいがしかし、取り所を誤れば途端に瓦解する脆さを内包しており、それはさながら度胸試しの様相を含んでいた。

 故に牛歩こそが最速であり、今回の調査もその一端なのであるのだが……


「しかしグリムよ。先程思っておったのじゃが、なんというかお主、馴染み過ぎではないか?」

「ん? そうか?」


 怪訝そうなメアを尻目に、グリムはすれ違い様に声をかけてくる人々へ、その都度挨拶を返していた。別段、丁寧といったわけでもない、軽く手を挙げて応じる程度の馴れ馴れしい振る舞いだが、それにしても声を掛けられる頻度がおかしかった。現にメアに返事をしながらも、彼はまた右手を軽く挙げているくらいだ。


「そんなに愛想がよいとは、正直、意外なのじゃ」

「旅先で傭兵やるのは慣れてるからな、住民と仲良くしといて損はねえのさ。ってか、普通に話しかけられてるから返してるだけだぜ」

「……城の者達にも、同じように振舞えばよいじゃろうに」

「連中にへりくだるのは御免だ。雇い主でも、舐められたら終わりなんでな」

「はぁ……、頼むから余計な面倒は避けるのじゃぞ」

「分かってるよ、一線を越えるなら向こうが先だ」


 魔族は誇りを重んじるためグリムの言い分も、メアには痛いほど理解出来る。しかし、それはそれとして無用な揉め事は避けてもらいたいので、どうにもならない彼女は、顔をギュギュッと顰めていたが、不意にグリムを呼ぶ元気な声に絞った瞼を開くのだった。


「あー! 勇者の兄ちゃんだ!」

「勇者じゃねえって言ってンだろ、クソガキ共! 元気してっか?」


 駆け寄ってきたのは、まだ幼い数人の子供達だった。

 一番の年長者らしい男の子でも、十歳かそこらだろう。子供達はメアには目もくれず、グリムの傍に群がっている。


「なあなあグリム、遊ぼうぜ~!」

「またかぁ? このあいだ相手してやったろ」

「いいだろ~、少しだけだからさ!」

「そう言って夕方まで連れ回したろ。おかげで副長にえらい怒られたんだからな」


 警邏任務そっちのけで子供の相手をしたのなら当然であるが、グリムに反省の色はなく……、というよりも、子供達があげる不満の声に圧されている様子だった。


「えー、じゃあ今日は仕事なの?」

「今日は非番だ、腕章も外してるだろ」

「それなら――」

「でも駄目だ。一日使う用事があるからな」


 またしても不満の声がグリムを囲んでいたが、すぐに矛先が代わり、その様子を輪から外れて眺めていたメアへと不意に水が向けられる。


「あのお姉ちゃんとどっか行くの? っていうか誰なの、その人?」


 少年の純朴な問いにメア達は視線だけで会話して、すぐにグリムが答えた。


「妹だ、おれの。名前は……ミィア」

「う、うむ。どうかよろしく頼むのじゃ」


 たどたどしかった。成り行きで兄妹のフリをするのは数回目だが、それでもメアはまだ恥ずかしさみたいなものがあるらしく、その違和感を少年に嗅ぎ付けられた。


「ほんとに~、な~んか怪しいな~」

「ど、どこがじゃ⁈ 怪しいことなどなにもないぞ⁈」

「そうだぜ、遊び断わるために一々こんなくだらねえ嘘つかねえよ。まだちゃんと町を見たことがねえって言うから、案内してやってるだけだ」


 グリムのなんと白々しい事。あまりにも真顔で子供を騙すので、むしろメアの方が驚いていたが、すでにぎこちなさは満点だったので、それ以上勘ぐられなかったのは幸いだった。


「ふ~ん、ならしょうがないか」

「そのうち教会に顔出すから待ってろって」

「あ、それで思い出したッ!」


 少年はハッと大きな声を上げた。


「シスターから伝言頼まれてたんだっけ。雨漏り直してくれたお礼したいから、夕食においでよってさ。いつでもいいって言ってたけど、今日はどう?」

「んん~、今日かぁ……晩飯は決めてねえけど……」

「じゃあ決まりな! シスターに伝えとくから絶対来いよ! あっ、姉ちゃんも一緒にね!」

「……! 妾も邪魔してよいのか?」

「兄妹なんでしょ、あったりまえじゃん! そんじゃ、後でね~!」


 言うだけ言うとグリムの返事も聞かずに、子供達はあっという間に通りを駆け抜けて見えなくなってしまった。まさに奔放というか、そんな子供達が見えなくなった通りを眺めながら、メアは満足そうにしている。


「まるでつむじ風のようじゃな」

「いまの所はな、集ると台風に化けるぞ」


 すでに体験済みのグリムはすこぶる面倒くさそうに溢したが、そんな彼の横顔を、メアがニヤつきながら見上げていた。


「……なんだよメア、そのツラは」

「雨漏りを直したと? 打算からくる振る舞いだと言う割に、面倒見がよいのじゃな~?」

「シスターが尼服のまま屋根に上がってたんだぞ、危なっかしくて見てらんねぇよ」

「お主が信心深いとは驚きじゃ」

「信じちゃいねえが、シスターが目の前で死んじまったら気分ワリィだろ。何故助けなかったのかって恨まれそうだし、それだけだよ」

「ふぅむふぅむ、そうじゃな~、それだけじゃな~」

「なんか化けてる所為か、二割増しでムカつくな」


 睨み付けられてもニヤつきを引っ込めるつもりがないメアに、もう一つ皮肉でもぶつけてやろうと思ったグリムだったが、彼の視線はすぐに別の方向へ引っ張られた。


「――ん? おいおい、ばぁさん!」


 釣られてメアも振り返れば、杖を突いた老女がベンチに腰掛けていた。


「出歩いて平気なのか? また腰痛めちまうぞ」

「いえいえ。おかげさまで、散歩くらいならできますよ」


 老女はしわくちゃな笑顔を浮かべて、とても嬉しそうにグリムにお礼を言っていた。


「勇者さまに診ていただいてから、すっかり腰の痛みもなくなりましてね。こうして表を歩けるようになりましたよ」

「だから俺は勇者じゃねえんだって、ばぁさん。ただの前線回復師(フロント・ヒーラー)だ。ちゃんとした資格持ってるトコに行けって言ったろう。病気の類いは俺の専門外なんだから、医者か教会で診てもらった方が良い」

「ええ、ええ、分かってますよ」


 そう答えながら、老女はグリムの手を両手で取り、彼に何かを握らせた。これまでに何度も行われているのか、グリムもされるがままになっている。


「勇者様もお元気でね」

「どうも。じゃあ、今日は用事があるんで。……ちゃんと医者行けよ」

「はいはい、分かってます」


 老婆の茶目っ気ある声にあしらわれながら、グリムは本来の役割に戻るべく振り返るが――


「……あれ、メ、じゃねえや。ミィア?」

「一緒にいた娘さんなら、露天の方へ行きましたよ、勇者さま」

「……見てたんなら止めてくれよなぁ、ばぁさん」


 グリムは嘆息しながら、小走りで露天の方へと向かって行くのだった。



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