PREPARE ~備える者達~ Part.4
「ようやく見つけたのじゃ、グリム! 約束の時間はとうに過ぎておるんじゃぞ!」
プリプリしながら黒いドレスをなびかせてくるのは、メアである。感情が先立っているためか怒り肩になっており、魔族の姫様という威厳は薄く、グリムの態度がそれを更に加速させた。
「稽古が伸びたんだ。それにちょっと遅れただけだろ、そんなにカリカリすんなって」
「ちっとも悪びれんな、お主は」
とは言いつつも、グリムは彼女の命を救った恩人であり、かつ『星渡りの蝗』の兵器を共に倒した戦友でもあったから、メアもそれ以上、咎めたりはしなかった。むしろ不遜にも対等に振舞ってくるグリムの言動は新鮮で、彼女にとっては有難く感じる部分もあるらしい。
が、誰もが彼のように振る舞える訳ではない。
というよりも良識を持った人間であるならば、客人として迎えられている王族にタメ口なんて利けるはずがない。その客人が、魔族であったとしても王族には違いなく、客人への無礼はアヴァロン王国の無礼、文字通り首が飛びかねない失態なのだから。
そういう事情を鑑みれば、メアが姿を現わすなり姿勢を正し、不動となったグッドサンの対応こそが王国の兵士として正解であろうし、タメ口通り越した談笑をしているグリムを眺める彼の心中は、滝のような汗を掻いていたはずだ。
だからこそ――
「時に、彼は何者なのじゃ?」
と、メアの興味が自分に向いて、グッドサンは言葉を詰まらせた。
アヴァロン王国に生まれて四十数年、王からの御言葉を賜る機会はおろか、間近で目にする機会さえなかったというのに、まさか魔族の姫君から、こんなにも近くで関心を向けられる日が来ようとは――
「のうグリム、お主の知り合いなのじゃろ?」
「グッさんだ、直接の上官だよ」
グッドサンは儀仗兵よろしく、さらに姿勢を正した。
「……彼は、なぜ黙っているのじゃ?」
「あぁ、メアは魔族だけど王族だからな。話しかけられるまで口を開いちゃいけないんだと」
「なんと、そのようなしきたりがあるのか⁈」
「この国じゃそうらしいぜ」
という訳で、挨拶はメアからになった。
「ミィトメア・ディアプレドじゃ。アヴァロン王国、レリウス三世の厚意により、暫くは世話になるじゃろう、よろしく頼むのじゃ」
「リバー・グッドサンと申します。ディアプレド姫、お目にかかれて光栄です。このような、姿でご挨拶すること、どうかお許しください」
どんなに礼儀正しく振舞っても、衣類は如何ともしがたい。稽古後のくたびれたシャツ姿が王族に見えるに相応しいかなんて、考えるまでもないだろう。
ただ、メアは気にした素振りなど微塵も見せず笑みを浮かべ、「それよりも」と続けた。
「妾のことはメアと呼ぶがよいのじゃ」
「そんな! 姫君を名前でお呼びするなんて、私には恐れ多く……」
恐縮するグッドサンに、だがメアは答える。
「そう畏まることもない。魔王の娘とは名ばかりで、妾は所詮、魔族の娘に過ぎぬのじゃから。第一、グリムの振る舞いからしてコレじゃぞ。呼び方に関してはなんと呼び捨てじゃ」
「俺を引き合いに出す必要あるか?」
反省の色もなく、グリムは平然と言い放った。
「――それに妾の姓、すなわちディアプレドは人類にとって魔王を表わす忌み名じゃ、それを畏まって口にする屈辱は想像に難くない。その名を呼ぶのは人魔が和解し、そして心から口に出来るようになってからで構わぬよ。皆が誇れる名となるように、妾も努めて参るからの」
「……お心遣い、感謝致します。メア様」
深々と頭をさげたグッドサンを見つめるメアは、少しだけ嬉しそうだった。長きに渡る人魔の戦、その溝は深くとも言葉が橋を渡してくれるのだと感じられたから。
そこからはメアも振る舞いを崩し、顔を上げたグッドサンをまじまじと見つめる。
「ふぅむ。しかし、お主がグリムの上官か……」
「は、はい。彼の実力であれば守備隊への配属が妥当でしょうが、騎士団の慣例として、入隊後はまず警邏隊への配属となりますので、私の班で預かっております」
「貧乏くじを引いたの~、お主。グリムは我儘だから大変じゃろ」
「おい」
短いグリムの反論は受け流され、グッドサンの苦笑が響く。
「あははは……、確かに、多少は破天荒なところもありますが……」
「ひでぇなグッさん、否定してくれよ」
「上官の評価には、素直に耳を傾けるべきじゃろ」
なんて冗談交じりに窘めはしたが、グッドサンへ言葉を向けるまでに、メアの表情は真面目なものに変わっていた。
「――妾も日の浅い付き合いだが、グリムは我儘じゃ。時に傲慢じゃし無茶もする、きっとお主の手に余ることもあるじゃろう。しかし覚えておいてほしいのじゃ、此奴は頼りになるという事を、これだけは確かなことじゃから。どうかよろしく頼むのじゃ」
メアは僅かに、だが確かに頭を下げ、グッドサンは困惑しながらも誠意には誠意を以て返答するのであった。まぁ、折角引き締まった雰囲気は、グリムが台無しにするのだが……
「…………はい、メア様」
「お前はおれのお袋か」
「忘れておった、憎まれ口も絶えぬ」
「すでに慣れました」
和やかになるのは結構だが、目の前で話の種にされるのは面白いものではなく、グリムはふて腐れるように二人に視線を送っていた。
「メア、用事があるんだろ?」
「おぉそうじゃった! ――グッドサンよ、済まぬがグリムを連れて行ってもよいか」
「勿論です。というか、私が彼を引き留めてしまったんです。失礼しました、メア様との予定があるとは知らなかったもので」
「よいのじゃ、また話そう。 ――ほらグリム、行くぞ行くぞ、急ぐのじゃ!」
「分かったから、せめて着替えさせてくれよ!」
そうして、言い合いながらグリムを引っ張っていくメアの姿を――まるで兄妹のような二人の姿を――グッドサンは微笑ましそうに見送った。
憎き魔王の娘。メアはまさしく仇の側にあるはずなのに、いざ言葉を交してみれば、彼は不思議とそういう気持ちになれなかった。




