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魔王女さまのレコンキスタ 〜勇者と魔王は並び立ち〜  作者: 空戸之間
第二話 魔王女さまと緋色戦姫
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PREPARE ~備える者達~ Part.3


「グリムくん!」


 自分が残してきた練兵場の揉め事など露知らず、グリムが待ち合わせ場所へ向かっていると、荷物を抱えた一人の兵士が、彼にタオルを渡してきた。


「お疲れ様、ほらこれを使うといい」

「あぁ、どもっす、グッさん」

「いやいや、グッドサンだからね、僕の名前はさ」


 少しばかりくたびれた目元のグッドサンは、柔らかく窘める。身につけた軽装鎧も年期が入っているが、それがむしろよく馴染んでいた。


「一応、僕が班長なんだから、ちゃんと呼んでくれないと困るよ」

「だって長いじゃないすか、班長の名前」

「短くしても一文字しか違わないよ~⁈」


 厳しくするでもなく、かといってただ甘やかす訳でもない。

 流すところは流すという、グッドサンのスタイルは、ある意味において、曲者のグリムを扱うのに適した人材であった。実際、グリムが騎士団の指揮下に加わってから二週間ほどが過ぎているが、冗談交じりの会話が成り立つのは、グッドサンくらいのものである。


「んで、何してたんすか? 部下の試合見ないで」

「いやぁ、ごめんごめん。僕の試合は一組目だったから時間できちゃってね、その間に備品とか運んでおこうかと思ったんだよ」


 成程。だからグッドサンは腕一杯にタオルを抱えているのである。

 彼はなんとも気が利く男だが、逆にグリムは溜息を吐いていた。


「そんなこと、各々にやらせときゃあいいんすよ。グッさんが甘やかすから、連中、調子に乗るんすよ? タオルがねえとか文句垂れてますけど、自分で用意しとけって話じゃないすか」

「まあまあ。……正直、僕はあんまり強くないからね。それなら、見込みある皆が稽古する時間を増やした方がいいだろう」

「人がいいっつぅかなんつぅか、呆れますよホント」


 そんな苦言を、グッドサンはカラリと笑う。

 若い盛りをとっくに過ぎた中年の兵士。警邏隊の班長となってから長年その位にいるのは、ひとえに剣の腕が原因であり、当人も自覚あるが故に、いつからか有望な若者に機会を譲るようになっていた。

 そしてその中には、当然グリムも含まれている。


「それでどうだったんだい? 勝ったんだろ?」

「当たり前っすよ、俺が負けるわけないじゃないすか」

「流石だね、ここまで全勝して、しかもロックフォードにまで勝つなんてさ」


 実力は承知していても、部下にあたるグリムの快進撃を、グッドサンはどこか誇らしげにしているが、その本人はというと不思議そうに眉を寄せていた。

 それはまるで、思い出そうとしているようで――


「……え、グリムくん。もしかして、相手が誰か知らなかったの?」

「途中から順位しか見てなかったんで。そんな名前だったんすね、あいつ」


 これにはグッドサンも唸るばかり。

 番付上位5名はそれぞれが騎士団の隊長格であり、組織内では副団長フェリシアの次にあたる。だからこそ、彼等に挑む兵士達は一層燃えたり緊張したりするのだが、グリムはまさしく歯牙にも掛けていなかったのである。


 ただ、そうであっても、長年騎士団に身を置いているグッドサンとしては、気になることがあった。


「……ロックフォードさんから、なにか言われたりしなかった?」

「ん? どういう意味っすか」

「あの人、結構キツいことでもドンドン言うからさ、そのぉ……」


 出来れば口にしたくないのか、グッドサンは尻すぼみになっていき、最終的には子犬みたいに喉を鳴らしたが、まぁ正直なところ出だしの部分で察していたグリムは、首に巻いている赤いスカーフから覗いている、胸元のタトゥーを指し示すのだった。


()()のことっすか」

「……うん」


 三本線のタトゥー。それは奴隷の身分を現わす物であり、人に買われた人の証であるから、そこに屈辱を覚えるのが普通だ。グリムもご多分に漏れず、この模様を恨んだ時期もあったのだがしかし、今はすこしだけ気に入っている点もあった。高名な剣士や傲慢な騎士を負かしてやると、それはもう一生分の屈辱を味合せてやれる点である。

 あの瞬間の表情は、何度見ても飽きない。


「そういやぁ、なんか喚いてた気もしますけど、マジで気にしてないっすよ」

「本当に?」

「おかしなこと聞くんすね。まな板の魚がいくら暴れたって、コックは怒ったりしないでしょ」

「あ、あぁ……なるほど」


 冷や汗が、グッドサンの頬を伝う。

 気軽に放ったグリムの言葉を変換すれば、『いつでも殺せる』となり、強者の余裕から彼が実行しなかったことにグッドサンは安堵していた。


「えっとじゃあ、次はどうするんだい? 一番になるまで続けるの?」

「いや、番付はもういいっす」

「ええ? 5番手まで来たのに?」


 兵士同士が勝手に始めた番付表は、分かり易い強さの目安としての機能を有するに至っており、上位者には月ごとになにかしらの褒美が出る。これが目的とならないように額は控えめだが、同時手に入る称号と称賛は、剣を振るう者ならばなによりも求める物であろうにも関わらず、グリムはすっかり興味を無くしているようだった。


「上5人の実力は団子っすよ。番付も、あの5人でコロコロ入れ替わってるんじゃないすか?」

「そうだね。言われてみれば、ここ五年くらいは同じかも」

「時々順位が変わってるのは相性の所為っすね。実力が近いなら、得意不得意で勝負が分かれる。でもそれを抜いたら、同じくらいっすよ、あの5人は」


 そう考察するグリムからは、隠しきれない不満が漏れていた。褒美や賞賛では足りない、そもそも彼が欲しているのは、もっと別のことだから――


「……キミは、なにを求めているんだい」


 恐る恐るグッドサンが尋ねると、グリムは口を真一文字に結びながら「うーん」と唸って言葉を探した。単純に答えてしまってもよかったが、流石に棘がありすぎるのだ。


「怒らないでほしいんすけど、あれじゃ稽古にならねぇんだ。弱すぎるんよね、全員……」

「グサッとくるね、面と向かって言われると」

「5番手も喚いてましたけど、俺は『授かりし者(ギフト)』だから身体が利きます。勝ててるのもそのおかげだって疑われんのも仕方ないんすけど……、使ってないんすよ、稽古中は、一度も」

「え、まさか……!」


 グッドサンは驚きを隠せなかった。

 所謂『授かりし者』と呼ばれる存在は、人間離れした身体能力を有する者達を指す。生まれつきか、或いは後天的に発現するかによって若干の違いはあるものの、異様な強さである点は同じであり、グッドサンは、流石に対人戦の際にはグリムもその力を使っているのだろうと思っていたのである。


 というより、そうなるのが自然だと思っていた。


 なにしろ番付5番手は騎士団の隊長格であり、もっというならアヴァロン王国で十指に入る腕前ということになるのだ。そんな強者を相手にして、まだ年若い青年が、力を隠したままで勝利している事実は、グッドサンが言葉を失うに余りあるだろう。


 しかし、そんな驚嘆の沈黙を、グリムはあっけらかんと切り替えた。


「まぁそんなワケなんで、グッさんに手伝ってもらいたいことがあるんすよ」

「僕にかい? もちろん、僕でよければ協力するけど、手伝える事なんてあるかな。稽古の相手なんて、とてもじゃないけど務まらないし……」

「知恵を借りたいんすよ。副長と()りたいんすけど、断わられっぱなしなんで……。なんかいい方法とかないすかね?」


 フェリシアも言っていたが、グリムは稽古のたびに立ち会いを申し込んでは、にべもなく断わられており、その様子はグッドサンも目撃しているだけに、それがどれだけの難題かも想像が付くのであった。


「忙しくても、普段なら都合付けてくれると思うんだけど。副長は自分に厳しい分、頑固だからなぁ……。僕はその場にいなかったけど、お互いの第一印象も最悪だったんでしょ?」

「軽く殺し合いしましたからね」


 副団長という立場を考えれば、ふらりと町にやってきた怪しい男女にキツくあたるのは至極当然なので、今となってはグリムとしても恨みはないし、自分が水に流したから解決したと考えるのが身勝手なのも承知しているが、それにしてもと思わずにはいられないのだ。


「いい方法ありません?」

「そう言われてもなぁ、告げ口してるみたいでいい気もしないし」

「戦いたいだけなんすよ、俺は。グッさんって警邏(けいら)の古株でしょ? 副長は警邏隊の隊長で、長年その下で働いてるんすから、使えそうな情報とかしってるんじゃないすか?」

「いやいや、フェリシアさんが隊長になったのは数年前だよ。その前は剣の指南役を務めていた彼女の父上が警邏隊をまとめていて、彼女は守備隊の班長だったんだ。上官になってから話す機会はあったけど、仕事の話しかしていないから、役に立つようなことなんて……あっ」


 記憶というのは外からの刺激で蘇る。話ながらも思い出そうとしていたグッドサンから漏れた、その母音は期待を寄せるに相応しいものだった。


「なんか思い出したんすか⁈」

「うん。フェリシアさんが隊長になってすぐだったかな、人員の都合で城の夜警に就くことがあってさ、その時にチラッと見かけたんだけど……、役に立つのかな、こんな話で」

「そこで止めるのはナシっすよ、気になるじゃないすか」


 使える内容かはさておいて、折角だから聞いておきたいとグリムは促す。


「じゃあ続けるよ? えっと、見かけた場所がおかしくてさ、城内西側の通路だったんだよね。夜も遅かったし、隊長達の執務室からも遠いから変だなって」

「そっちにあるのって確か――……」


 思い出しながらグリムが声に出そうとした瞬間である。苛立ち混じりの少女の声が、遠く城の正門から飛んできた。



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