PREPARE ~備える者達~ Part.2
小気味よい木剣の音が響くアヴァロン城の敷地内にある屋外練兵場は、夜間を除いて、ほとんどが騎士団員の訓練に使用されている。素振りに始まり型稽古、的への打ち込みから集団戦の訓練まで幅広いが、数ある訓練メニューの中でも圧倒的に熱量の多い時間帯があった。
それが、その時間帯の訓練最後に行われる一対一の対人訓練である。積み重ねた鍛錬の成果を試す機会であり、なによりも実力を明確に測ることが出来るため、対人戦というのは兵士ならば自然と熱が入るのである。
となれば誰がどれくらい強いのかを知りたくなるのが兵士の性で、その結果として――誰が始めたかは知らないが――練兵場の掲示板には騎士団員の番付表まで張り出されるようになったという訳だ。
そこに名を連ねるのは上位100名の兵士達。
アヴァロン王国軍の総数は千を超す程度あるから、非戦闘員を除いたとしても戦闘要員は中々の数が揃っており、その中で名前が載っているだけで相当な使い手ということになる。
その朝も、一通りの訓練が終わり対人戦が始まっていた。
数組ごとに試合を始め、現在行われているのは最終組の試合だが、この日は普段と毛色が異なり、打合い続けるただ一組を皆が固唾を呑んで見守っている。
試合は、開始と同時仕掛けた番付5番手の兵士が攻め続けており、いつ終わってもおかしくない気配がある。彼の攻めは苛烈で、それこそ訓練の域を出た気迫漲るものなのに、周囲の兵士達の多くは、静かに彼を応援していた。
たいていの場合、下位の兵士が挑戦する時には、口に出さずとも挑戦者を応援することが多い。にも関わらず、その場にいる兵士達は5番手の兵士の側に回っているのである。
そう、それほどまでに、挑戦者の青年、グリムの防御が崩れないのだ。
なにしろ彼は、数週間前まで勇者の旅に同行していた剣士であり、『星渡りの蝗』の襲撃を受けた魔王城からメアを連れて脱した男。確かに騎士団にとっては新入りかもしれないが、その実力は抜きんでていて当然であった。
だからまぁ、誰もが5番手の兵士を応援しているし、挑まれた本人は熱くなって攻めているのである。降って湧いたようなガキが瞬く間に番付に並び、あまつさえ上位に食い込もうとしているなんて、気にくわないにも程がある。
連撃から鍔迫り合い
5番手はグリムを睨み付けながら唸る
「……攻めてこないのか、臆病者」
だがグリムは黙ったまま剣を弾き上げると、ステップを踏みながら距離を取った。
不慣れな武器種であるためか、彼は自分から攻めることを控えているようである。グリムが普段担いでいるのは身の丈ほどの大剣だが、今その右手にあるのは一般的なブロードソードを模した木剣で、扱い方がまるで違う代物だ。
故に逃げ回っている――、というよりも彼の所作は相手を観察しているようで、余裕とは異なる言葉にしがたい不気味さだけがあり、皆が5番手を応援しながらも、声援を上げられない理由がこれだった。
彼等は既に知っているのだ、この試合の結果を――
そして決着は一瞬だった。
ひらひらと後退を続けていたグリムが不意に前へ出て、5番手の剣を造作も無くいなし、それと同時に彼の側頭部を蹴り飛ばしたのである。
予想していなかった反撃に5番手は直撃を受けて仰向けに倒れ、気付いたときには膝で上体を制したグリムの剣先が彼の首元に添えられていた。
本当に一瞬で、呆気ない幕切れに、まるで時が止まったようだったが――
「そこまで!」
と、騎士団の副団長であるフェリシアが鋭く合図を飛ばし、時間を動かした。
グリムはゆっくり立ち上げって軽く一礼するも、そこには歓声も称賛もない。
5番手から凄まじい形相で睨み付けられても興味を示さず、背中越しになにやら喚かれようが振り返ること無く、彼は観戦していたフェリシアの方へと向かっていった。
すると副団長、フェリシアは厳めしい表情で口を開く。
「……なにか用か、グリム?」
「俺と戦ってくれ、あいつ等じゃ駄目だ」
この一言が頭にきた団員はいただろうが、グリムの言葉には説得力があった。運がいいだけの、たまたま神より『授かり物』を得ただけの生意気な小僧と感じていながらも、事実として騎士団の中で、彼に勝る者はいないのだから。
しかし、明らかに虚仮にされながらも、フェリシアは眉一つ動かすことなく返した。
「貴様もしつこいな。この一週間、貴様は同じ申し出をし、私も同じ言葉で返している。つまり今日の答えも変わらず、NOだ」
「減るもんじゃねえんだ、一度くらいいいだろ」
「私には任務があり、貴様のために時間をつくる義理も無い」
「…………ビビってんのか?」
「安い挑発は聞き飽きた、二度とその手は喰わん」
女性でありながら男所帯の騎士団で2番手に付いているだけあり、彼女は聡明かつ頑固だった。一度挑発に乗って不覚をとったからには、同じ轍を踏むつもりはないのだろう。カッカ来てくれればまだグリムの望みが叶う目もあったが、部下の前で煽られても動じないとなれば、これはもう山を動かすくらいの難題となり、グリムから溜息が漏れた。
「はぁ……。分かった、今日は諦める」
「永遠に諦めろ」
ぴしゃりと訂正し、さらに彼女は副団長として続ける。
「それからグリム。貴様は、陛下と団長のご厚意でこの場にいることを忘れるな。雇われとはいえ騎士団に配された以上、我々の掟に従ってもらう。規律と礼節を重んじ、アヴァロン騎士団員として相応しく振舞え」
「それは命令か?」
「無論だ。まずは言葉遣いを正せ」
「これは失礼しました副団長さま。冒険者生活が長いもので、薄っぺらい貴族様のご機嫌取りの経験がないものでして」
旅路で苦渋を舐めてきたグリムはふてぶてしいままで、フェリシアは眉間に深い皺を刻み、こみ上げてくる怒声をぐっと呑み込む。
「……もういい、さっさと行け。今日は別のお役目があるのだろう」
「失礼してもよろしいので?」
「理解出来ないようだから、貴様の流儀に言い換えてやる。目障りだ、消えろ」
「なるほど、しっくりくる」
そうしてグリムは木剣を棚に立てかけるが、去り際にはたと足を止めて振り返る。
「なあ副団長!」
「……まだ何かあるのか」
「仕事はするぜ、キッチリな」
斜に構えてこそいたが、立ち姿は背中に芯の通った真っ直ぐなもので、練兵場から出て行く背中をフェリシアは憎たらしそうに見送っていると、グリムがいなくなるやいなや、周りの兵士達がざわざわと不満を漏らし始めた。
特にさっき負けたばかりの5番手なんかは、フェリシアに詰め寄る勢いである。
「いいんですか、副長! あんな奴の好きにさせて! 奴隷野郎に勝手を許していては、騎士団の名誉にも傷が付きかねませんよ!」
同意の声がいくつも上がった。
グリムの態度が褒められたものでないのは明白だったので、当然といえば当然である。
「副長だってご存知でしょう。『授かりし者』でなければ、あいつがただの奴隷に過ぎないことは! 奴のすべては、イカサマで成り立っているのと同じですよ!」
フェリシアは暫く、部下達の不満に耳を傾けた。
瞼を閉じ、思考し、そしてやがて口を開く。
「だから、どうしたと云うのだ」
静かな一言であったが、そこに込められた怒気が彼等を圧倒した。
「どうしたって……」
「団長が、ひいては陛下がお決めになったことに異議を唱えるのか、貴様は」
「いえ、そんなつもりは……。自分はただ、騎士団の名誉のために――」
いくつか上がる同意の声。しかしフェリシアは彼等の感情を理解しながらも、嘆息するのであった。彼女が一番憤っている理由を、誰も分かっていないのだ。
全く以て、見苦しい限りである。
「諸君の行いは腹いせ以外の何者でもないッ!」
一喝。兵士達を黙らせるのには、それで充分だった。
「陛下への非礼に始まり、グリムの言動が褒められたものでないのは確かだ、その点には同意しよう。だが、勝負に敗れ、あまつさえ影で批難することに名誉があると言えるのか⁈ 諸君の抱える怒りは、名誉を傷つけられたことが原因ではない。あまりにも醜い妬みと嫉妬、己の弱さから目を逸らすための卑怯な言い訳に過ぎん!」
自らが振るう剣筋のように、フェリシアの言葉は真っ直ぐで容赦が無かった。そして彼女は、ぐうの音も出ない兵士達に向かって、さらに深く切り込むのである。
「実に腹立たしいことにグリムは一つ、正しいことを言っている」
「……なんですか、それは」
「諸君の実力だ。魔王女の言葉通り、魔王軍よりも強大な、そして未知なる脅威が迫っているならば、いまの我々で、果たして陛下を、民を、諸君が愛する者達を、お守りすることが出来るのだろうか。その是非を、自らに問うてみろ」
想像の域を出ない脅威は、だが確実に存在しており、彼等は一様に視線を落として口を噤んだ。漂う沈黙が、先程までと別種の重さで場を満たす。
「奴の言動が気に入らぬなら強くなれ。剣の不覚は剣で返せばいい、騎士団員であるならば、雄弁に語る手段はいくらでもあるはずだ」
そう言い残して、フェリシアは練兵場を後にした。




