PREPARE ~備える者達~ Part.1
人類の勢力圏北西にあるアルトリア大陸。
三つの王国が支配している、巨大な島とも呼べるこの大陸の中で、東に位置するアヴァロン王国は建国以来最大の珍事に見舞われていた。
長きにわたる魔族との戦争、しかし魔族が支配する黒の太陸から遠いことも在り、比較的平和な時を過ごしてきた当地であるが、その城内、客用の寝室の一つを開ける少女の、毛皮に覆われた黒い腕がすべてを物語っているのである。
「う~む、今日もよい天気じゃのう~」
朝日と共にもそもそと動き出した城下町、その様子を眩しそうに眺める少女の姿はおよそ人間とは程遠いものだった。
肌は空色で額には一本角、凜々しい瞳は燃えるような朱。
身体を覆う黒いドレスは自前の毛皮を魔法で変えたものだ。
そう、改めて言うまでもなく、この少女メアは魔族なのである。しかも彼女は人類と戦争を続けている魔王の娘、つまり王女であるからして、そんな魔族の王女様が、人間の城で寝起きをしているとなれば、これはもう珍事以外の何物でも無い。
例えば虜囚として扱われているならば、まだ理解は出来るところだが、メアは立派な客室をあてがわれ、手錠も首輪もしておらず、当然檻にも囲われていない。一応、廊下に監視役の兵士はいるが、部屋の出入りは基本的に自由で、しかも専属のメイドまで付いているのである。
魔族の小娘に与えるには過ぎた厚遇だが、そこには勿論理由がある。
端的に言えば、人魔で争っている場合ではなくなったのだ。
勇者アレックス率いる人類軍と魔王軍、その二つがぶつかった魔王城での決戦、その最中に雲の彼方より飛来した謎の軍勢により、戦場は大混乱。『宙渡りの蝗』と呼ばれるその勢力は瞬く間に戦場にいた人魔を鏖殺せしめ、だがメアは、父親である魔王と勇者達の手によって難を逃れたのである。
「おはようメア。同盟交渉は順調なのに今日も早起きなのね」
そんな魔族の少女に呼びかける優しい女性の声。その主は二対の羽根をはためかせて、メアが手を置く窓辺に妖精サイズの身体を下ろした。
スライムの様に半透明な若葉色の身体に、朝日がキラキラと反射している。
「あぁ、すまないテューレ、起こしてしまったようじゃな」
「気にしないで。私もそろそろ研究室に戻ろうと思っていたところだから」
テューレの姿は人型の妖精に酷似しているが、彼女の存在はこの世界――或いは星――にとっては異質そのものだった。
なにしろこのスライム状の妖精がやってきたのは、空の向こう側、外宇宙の生まれなのである。もっと分かり易くいえば、テューレは宇宙人なのである。
最初こそメアも受け入れがたかった。空の向こう側にある世界、そこには普段地上から見上げている星々が遙か彼方に存在しており、テューレはそこからやってきたと言うのだから、にわかに信じ難いのが普通だろうが、メア達は信じた。……いや信じざるおえなかった。
なにしろテューレと出会う前に、『宙渡りの蝗』の兵器を目の当たりにしていたのだから。
そうして、激戦を終えた後に姿を現わしたテューレは語った。
宇宙を旅しては目に付いた星を食い荒らしていく『星渡りの蝗』の脅威を
自分の故郷は奴らに滅ぼされた事を
辛くも脱出してたどり着いたのが、この星であった事を
そして、奴らに目を付けられてしまった以上、撃退するより選択肢は無いことを……
見ず知らずの星に暮らす人々に、知恵を貸すテューレの動機はきっと複雑だろうが、彼女は誠心誠意を以て自らに出来ることを成すと誓い、メアと共にアヴァロン王国に迎え入れられることとなったのである。
因みにだが、メアとテューレは同室で寝起きしており、彼女の寝床は室内に置かれた鳥かごの中である。アヴァロン王は個室を用意すると申し出てくれたが、妖精サイズには過ぎた扱いだと辞退して、代わりに覆いを被せた鳥かごを要求したのだった。
実際のところは、メアもテューレも気軽にお喋りしたかったというのが理由だが、流石に王様の提案を断わる理由としては使えない。
「テューレの方は、進捗はどうなのじゃ?」
「前進はしているけれど、正直芳しくはないわね。兵器に搭載されていた記憶装置から通信ログをサルベージ出来れば、連中の動きを知れるかもしれないのだけれど、破損が激しくって」
「派手に爆発したからのぅ」
思い返せば、よく勝てたものである。
大木の並の高さを持った機械仕掛けの蛸、それが『宙渡りの蝗』の兵器だった。魔法を諸共しない頑強な装甲に、奇天烈な多数の飛び道具。考えれば考えれるほど勝てたのが不思議な相手だったから、加減するなんて思いつきはよぎることさえ無かったのだ。
だからあの鉄蛸が爆散したのは、ただただ必死に戦った結果である。
「……う~む、それにしてもやはり、テューレの使う言葉は、妾には難しいのじゃ」
「この世界にはない技術だから、言い換えが効かないのよね」
同じ星に暮らす魔族と人類ですら、その技術体系は大きく異なるのだから、宇宙を跨いだ生命体のテクノロジーなど正しく未知で、テューレは毎度説明に難儀していが、彼女は自信を胸に言葉を続ける。
「――でも任せて頂戴、メアちゃん。助手に付いてくれた魔法使いがすごく優秀なの。きっかけさえ掴めば一気に解析が進むのは確かよ。朗報を届けられる日も近いわ」
「うむ、頼りにしているのじゃ。妾も、そしてアヴァロン王もな」
「ふふ、王女様のご期待に添えるよう頑張りますわ。でも、メアちゃんは少しお休みしないとダメよ? 人間と魔族の架け橋になれるのは貴女だけなんだから。無理をして身体を壊しては元の木阿弥になってしまうでしょ」
「分かっている。ようやく人魔同盟も進みを見せて一息つけそうじゃからな、今日はずっと楽しみにしていた計画を実行するのじゃ! おかげで気が急いて早く起きすぎてしまった」
牙を見せてニッコリ笑うメアには年相応の子供らしさがあった。まるでお祭りを待ちきれないような素振りに、テューレも思わず笑顔になる。
「そういえば、今日が約束の日だったのね。羽根を伸ばしてくるといいわ」
「楽しみではあるが、遊びではないんじゃぞ? 人魔友好の為に行うのじゃから」
「はいはい。楽しんできてね」
テューレはからかうように言うと、翼から光子を散らして窓の外へと飛んでいき、メアはその姿が見えなくなるまで見送ってから、視線をまた城下町へと戻す。
彼女と話している間に通りには人が増えており、活気づいてきているのが分かる。ただ、獣のように尖ったメアの耳は、その空気に混じった別の音を探していた。
それは小気味よい木の音色
木剣で打ち合う戦いの音
メアは魔族で在りながら人類との和平を望み、だが確かに戦いも好きであった。それは魔族の性によるものなのかも知れないが、多くの魔族と決定的に異なる点はその理由。
強者に立ち向かう気概や姿勢
その闘志が彼女は好きなのだ
人の耳では聞き取れないような、うっすらと届く鍛錬の波紋を閉じた瞼の裏に写して、メアは嬉しげに微笑んだ。
「今日もやっているのじゃな……」
数時間後を待ち遠しそうに、彼女はそっと呟いた。




