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魔王女さまのレコンキスタ 〜勇者と魔王は並び立ち〜  作者: 空戸之間
第一話 勇者と魔王、並び立ち
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C.o.D ~果たすべき誓い~ Part.3

「……やられたな。お見事、まんまと追い込まれたって訳か」

「警邏を担当している我が隊にとって城下町は庭も同然、獲物を網に導くなど造作も無い」


 その言葉を裏付けるように、周囲の路地から兵士達が姿を現しグリムを取り囲んでいく。彼等は、敢えてグリムを発見しないように行動し、そしていま、まんまと獲物が飛び込んだ罠の出口を閉めに掛かっているのである。


「よく伝令が間に合ったな、こっちは逃げ出したその足でここまで来たってのに」

「貴様は小狡い鼠のよう、逃げ出すだろうと思っていた。どうやってかは分からないが、逃げ出すだろうという直感がな。そして部下にはあらかじめ、貴様を誘導するように指示を出していただけのこと、私の前に導くように」

「そんな手間かけなくても、俺に会いたきゃ牢までくれば済む話だったろ」

「柵越しでは意味が無い、貴様を斬るには今一度の理由が必要だからな」


 グリムの軽口に付き合わずフェリシアがゆっくりと剣を抜けば、彼女の部下も合わせて構えを取っていく。


「……ウォーレンはこの事を知ってるのか?」

「騎士団長はアヴァロンの民からも愛される騎士の鏡とも呼べるお方。強く、聡明で私も深く敬愛している、しかし一方で優しすぎる面がある。貴様はこの国に魔族を引き入れた、いわば人類の裏切り者。本来ならば首を刎ねられて然るべき大罪人であるにもかかわず、こうして生き存えていられるのは、ウォーレン団長が王へと嘆願されたからだ。操られていたのであれば、いくら奴隷の身であろうとも、酌量の余地があるのではないかとな!」

「ふぅん。長々と説明してくれた点には礼を言うが、こっちの質問には答えてねえぞ。まぁ、もう答えは分かってるけどな、俺を斬るってのはあんたの独断だろ。勝手する部下をもって、ウォーレンも大変だろうぜ」

「屑が! 団長の名を馴れ馴れしく呼ぶなッ!」


 さっきまでのハンナは、いわば沸騰しているヤカンみたいなものだったが、今のグリムの一言で沸き立つ怒りが吹きこぼれたらしい。


「大人しく牢に繋がれていればよかったものを、貴様は団長の慈悲を踏みにじり脱獄した。それでも、団長が捕えたのならば貴様に再びの慈悲を施すだろう、まだ操られているのだと、それらしい理由も添えて。しかし、そんな事は私がさせない! 貴様のような卑しい奴隷に、団長を貶めさせてなるものかッ!」


 性格は絶望的に合わないが、フェリシアもきっといい騎士である。主義主張に齟齬こそあるがそれこそ他人というもので、そういった点や立場を別にして考えれば、グリムは彼女のことを気に入っていた。

 であればこそ、彼女の質問には偽りなく答えるべきだろう。


「魔族の女が口にしたあの言葉、団長の同情を買うためであったのは明白だ。例え見抜いていたとしても団長ならば慈悲を与えると考え、貴様等は卑劣にもその優しさにつけ込んだ! 『操っていた』という魔族の言葉は偽りだったのだろう⁈」

「隊長任されてるだけはある、ご明察だ」

「……これはこれは意外だな。卑怯な貴様のことだ、否定すると思っていたが」

「あの台詞にゃあ俺もカチンときてるもんでね。あと、告白ついでにいいこと聞かせてやるよ」

「なにを――」

「俺は正気だ、俺は自分の意思でもって魔族の王女を処刑台から助けようとしてる」


 訝るような、侮蔑するような。

 警戒の色を強く灯らせた彼女に向けて、グリムは事実だけを語り、そして続けた。


「どうだい? 迷いは晴れたかい(・・・・・・・)?」

「裏切り者め、もとより貴様を斬るのに迷いなど無い。だがその潔さに免じて、もう一度選択の余地を与えてやる。投降し、魔王女と共に首を刎ねられるか、或いは抵抗し、切り刻まれて果てるのか」

「どっちもお断りだ」

「ほぅ? では、聞かせてもらおうか。貴様が選ぶ死に様を」


 グリムは小さく笑った。

 散らすべき時をすでに逸したこの命なら、ここで捨てるにゃあ勿体ない。やるだけやって斬って斬られて、それで死ぬならそれでよし。しかしそれでも、すすんで捨てる意味はなしだ。

 彼は、手枷を持ち上げると頭を掻いてこう答える。


「あんたをぶっ倒して、メアを助けて、世界を救う。それがアレックスとの約束だ。死に様選べだ? 寝言は寝て言え莫迦野郎」

「正気のままに狂ったか、『授かりし者』としての力を封じられている以上、ただの人間と同等だというのに。この囲いの誰が相手になろうとも、貴様に勝ちの目はないぞ」

「試しみなけりゃわからねえだろ。例えば、こんな手はどうだい?」


 そうやって不敵に嘯くや、グリムは思い切り手枷に頭を打ち付けた。

 見る限り自傷。その明らかな異常行動には、フェリシアも困惑を隠せない。


「……やはり壊れているよ、貴様は」

「そいつはどうかな?」


 やはり不敵にグリムが嗤い、だがフェリシアは彼の表情を明確に認識することが出来ずにいた。

 唐突にぼやける視界、ふらつく足。

 急激に重さを増した瞼は眠気の襲来を告げていて、それはフェリシア以外の兵士達も同様だった。一人、また一人とふらついてはしゃがみ込み、或いは自ら座り込んで睡魔の手招きに身を任せる。穏やかな睡眠という名の沼に引き込まれた兵士達は、ついに寝息を立て始める始末。


 フェリシアが気付いたときにはすでに術中。

 どこかの屋根に身を隠しているテューレが唱えた睡眠魔法《深静な眠りへ(レストーラ)》は指定した範囲内の生命を眠りに誘う魔法である。この魔法の難点は、敵味方の区別無く効果を発揮してしまう点であるが、事前に《伝心(コネクト)》で警告を受け取っていたグリムは、痛みによって眠気を払っていたのだった。


「そのために、頭を打ったのか……、姑息な真似を……ッ!」

「だまし討ちも立派に戦術さ。悪いが、ここは通してもら――」


 だが、眠気に膝を突いたフェリシアの横を通り抜けようとしたまさにその時、グリムは振り抜かれた殺気に飛び下がった。彼が足を出そうとしたその場所に奔ったのは一筋の剣戟、反応が遅れていれば足を落とされていただろう。


 フェリシアが立ち上がる。どうやら彼女もグリムと同じように痛みでもって眠気を払ったらしく、かみ切った唇から血が滴り落ちていた。

 ただしその効果は覿面で、怪しかった足下はいまや確かに地面を掴んでいる。ついでにいえば、気力も充ち満ちているようで鬼の形相でもってグリムを睨み付けていた。


「貴様には、死ぬ前に騎士道精神というものを教育してやる必要があるようだな」

「寝ぼけてんのか、こちとら奴隷だぜ。貴族様の決まり事なんざクソ食らえだってんだよ」


 吼えてはいるが、流石に隊長格相手にハンデありの戦闘は分が悪く、グリムはじりと後退していた。彼がしているのは貴重な時間を消費しての時間稼ぎ。上から状況を見ているテューレによる、再びの援護を待っていたのだがしかし、無情にも聞こえてきた『伝心』は弱々しく、そして途切れ途切れだった。


『ごめ―な――グリム……。魔―がもう、わた―も、うご―ない――』


 グリムがチラと見上げれば、煙突に寄りかかるようにしてテューレがへたり込んでいた。息も絶え絶えの彼女の身体は毒沼さながらに濁っていて、動ける状態でないのは明らかだった。


 ――と、そんな彼の変化を見て取ったフェリシアが、鋭く問いかけてきた。


「あの魔族の他にも仲間がいるな、先程の魔法もその仲間が唱えたものだろう? 脱獄もそいつの手助けがあって為し得たわけだ」

「仲間なんざいるわけねえだろ、街に入ったのは俺とメアの二人だけ。あんたも見てたはずだ、その目が節穴じゃなけりゃあな」

「一緒に門を抜ける必要は無い。魔族を手引きする小賢しい裏切り者ならば、事前に人を送り込むだろう。いずれにしろ、その者も捕え裁きを受けさせる、貴様を斬った後でな」

「……俺は強えぞ?」

「枷がなければな!」


 吼えたフェリシアの踏み込みは


 矢のように鋭くグリムを捉え


 そのまま放たれる胴斬り一閃


 グリムに油断はなかったが、メアへ向けていた焦りが彼の反応を僅かに遅らせ、身を躱すにはもう手遅れ。なんとか手枷で受けはしたが不十分な体勢でフェリシアの力に押し切られ、彼はよろめきながら数歩後退。


「チッ、意外とパワーありやがる……!」

「私が女だから甘く見ていたか。鍛錬を重ねて身につけた力こそが本物、仮初めの力に頼り切っている貴様と同じだと思うなよ。地力(じりき)で貴様が勝てる見込みはないぞ!」


 フェリシアの宣言が事実であることは対峙しているグリムにこそよく分かる。

 枷で受け、身を躱し、剣戟を防いでこそいるが実力差は明らかで、純粋な腕前のみで立ち会うのならば、仮に両腕が自由であってもグリムが勝つ目は低いだろう。現状にしたって防戦に撤して持ち堪えるのが関の山、処刑台からは遠ざかるばかりであるが、それでも、グリムがまだ一太刀さえ受けていないのは、彼女の型がお手本のように綺麗だからだろう。


「よく粘るな、同胞を裏切る卑しい奴隷だけあってしぶとい」

「あんたの剣には見覚えがあるんでね」

「なに?」

「アヴァロン流剣術ならイヤと言うほど見てきた、ウォードの奴に習ったからな」


 もっとも、ウォードが使っていたそれはフェリシアの剣筋よりも鋭く、そして荒々しかったから、ある意味では、グリムが彼女の攻撃を防ぎ切れているのは師であるウォードのおかげと言える。

 ……だが、グリムの言葉は失言であったと言わざるおえない。


 考えてもみてほしい。

 人間を裏切った奴隷の男が、同門だと(のたま)ったのだ。それはつまり、栄誉あるアヴァロン王国騎士団、並びにアヴァロン流剣術に向かって唾を吐くのと同じ蛮行で、そんな侮辱を彼女が許すはずがなく、要するにだ……


 フェリシアは、ブチ切れた。


 石畳を踏み抜かんばかりの今日一番の踏み込みは、グリムでさえ目を剥く速度

 上段から振り下ろされる刃は彼の手枷が受け止めたが

 代わりに空いた鳩尾(みぞおち)にはフェリシアの前蹴りが食い込むことになる


 しかも鉄靴を履いた重量のある前蹴りであるから、直撃をくったグリムはそのまま仰向けに倒れてしまい、彼は息を詰まらせたまま鼻先に突き付けられた鋒を睨むことになる。


 ……いや、最早睨むくらいしか出来なかったのだ。

 フェリシアの実力は本物。

 男でも、彼女に並ぶ使い手はそうそういるものではなく、しかも人類の裏切り者を負かした。にもかかわらず、その表情にはいまだ怒りが渦巻いているのは何故なのか。


「……何故、貴様なのだ」

「あァ? なんの話だよ」


 かすれた声でグリムが問う。

 九分九厘決着は付いている、彼ができるのは口を動かすことが精々だった。


「何故、ウォードや貴様のような輩ばかりが選ばれる⁈ 神に選ばれし『授かりし者(ギフト)』たるのは、民を愛し、民を守る剣となれる団長のような高潔な人間であるべきだろうッ! なのにどうして、貴様ら無頼ばかりが神の恩恵を得るのかッ⁈」


 そんな事、むしろグリムこそ神様に訊いてみたいところで、降りかかった身からすればたった一言で片が付く。しかし彼の言葉は明らかに足りず、故に彼女の神経を逆なでした。


 フェリシアの手に、更なる力が込められる。

 生殺与奪は彼女次第。

 ほんのすこし押し込むだけで、グリムの喉には孔が開くだろう。

 とはいえ、言わずにいられないのがグリムという男だ。


「……運がなかったんだろ」


 フェリシアからは歯ぎしりが聞こえてきそうだった。広場が歓声に湧いても、彼女は刃にさながらの鋭さでグリムを睨め下ろすばかりである。

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