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魔王女さまのレコンキスタ 〜勇者と魔王は並び立ち〜  作者: 空戸之間
第一話 勇者と魔王、並び立ち
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UNSTOPPABLE ~強行追跡~ Part.8

 敵をめがけて、勢いよく突っ込んでいくことを指して突撃とよぶ。


 歩兵戦術の一つであり、魔族との戦でもよく用いられる戦術であるが、敵に向かって突っ込むだけの単純なものでありながらも、決して容易いものではない。


 なにしろ敵に、突っ込むのだ。


 まだ戦力を残してる相手に行えば相応の犠牲がでることは当然で、さらに槍や弓、魔法なんかで迎え撃たれれば、一太刀を浴びせる前に自軍が崩れる事請け合い。重要なのは状況とタイミングで、それが噛み合えば突撃は最大の威力を発揮する。


 グリムは今夜、タコ野郎に幾度も突撃を行っていたが、その中に全力を注いだものは一つも無かった。なにしろ飛び道具を持つ相手に対する正面突撃、しかも単身でとなれば少なからず防御すること考えなければ、接近する遙か手前で撃たれることになるからだ。


 しかし、もうその心配をする必要は無くなっている。


 足腰立たなくなるほどにメアが魔力を注いだ魔族の秘術、獄炎の奥義によってタコ野郎の飛び道具は全て奪われているのだから。触手先端に付いていた緑光の発射口に、頭部下にあった弾を飛ばす機械。それに口のように開く度に極太の緑光を撃ち出してきた大口径の発射口も、すべてが獄炎によって灼かれ(ただれ)れてしまっている。


 それはつまり、タコ野郎には飛び道具がないことを示していて、そうなれば、グリムは今夜初めて攻撃のみに全力を注ぐことが叶い、そして彼の踏み込みはここ一番の鋭さでもって、易々とタコ野郎の懐に潜り込んでみせた。そして――


「お~お~、真っ赤に赤熱しちまって、まるで茹ダコだなぁ、おい……ッ!」


 彼は距離を殺してもなお勢いそのままに、大剣を叩きつけるとその力任せの一振りでもって地を踏みしてめいた触手の一本を飛ばしてみせ、同時に彼は確信する。


 獄炎に熱されたために明らかに柔くなっているタコ野郎の身体であれば、どこを斬りつけようが刃が通るだろうこと、そして、ここを逃せば勝機が失せることを――


「覚悟しろよ、この野郎! その触手、全部切り落としてやっからなァ!」


 気勢を上げてグリムはさらに攻め込むが、タコ野郎だって大人しく刻まれはしなかった。

 残る触手を振り回して抵抗は、すでに体力も身を守るための魔力も枯れかけているグリムにとって、一撃必殺の脅威であるが当たらない。


 しかし、かといってタコ野郎の抵抗が全くの無駄とも言い難く、振り回される触手を躱さざるおえないグリムは、あと半歩だけ踏み込めずにいて、その為か一太刀め以降は刃こそ通るが触手を落とすには至っていなかった。


 踏み込みが浅くならざるおえない理由は単純で、グリムの攻めが単調だからである。普段の彼であれば、抵抗する相手を焦らしたり崩したりしてから攻撃に移るところなのだが、如何せん時間が悠長を許してくれないのだ。


 熱湯がいずれ水に戻るように、焼けた金属もまた冷める。そして冷めた金属は、再び大剣を弾くようになるだろう。だからこそ彼は、安直だと承知したうえで、刃を通すしか――


 ガキィィイィン――……


 グリムの打ち込みで無情に響いたのは高らかな金属音

 その手応えに彼の口元はゆがみ

 そして触手に吹っ飛ばされた


 かろうじて大剣で受けていたので直撃こそ避けていたが、打撃はずしりと響くもので、グリムは着してもすぐには動けなかった。そもそも、悲鳴を上げている身体に鞭打って出た最後の攻めだったのだ、ここまで動けただけでも奇跡に近く、おなじくボロボロの身体でタコ野郎が振り上げている触手に踏まれれば、今度こそおしまいである。


 潰されるまで五秒くらいだろうか

 動けるようになるまではあと十秒はかかる


 経験からくる予測と確信は、不足の五秒という明らかな矛楯を抱えているが、それでもグリムの眼に諦観はなかった。既に知った絶望に比べればこの程度まだまだ序の口で、そして絶望から永らえたからこそ、どんなに生き意地汚くとも二度と俯きはしないと決めたのだ。そうでもなけりゃ、逆転の女神の前髪を見逃すことになっちまう――


 タコ野郎の半身が反射する蒼い光は、メアがなけなしの魔力をかき集めた獄炎の煌めきで、しかし二度と同じ手を喰うまいと警戒していたのだろう、タコ野郎も最後の力でもって大きく後方へと飛び避けた。


 躱されたことに、メアはきっと驚きの声を上げただろうが、彼女はその直後にさらに仰天したはずだ。なにしろへたばっていたグリムが、自ら獄炎の射線上に飛び込んでいったのだから。


「馬鹿な、やめるのじゃグリムッ!」


 放ってしまった魔法は止めようがなく、彼の自殺行為にメアは絶叫していた。グリムは確かに頑丈かも知れないが、それでも人間で、しかも手負いだ。獄炎に捲かれて無事で済むはずもなく、彼女が叫ぶのも当然のこと……


 ところが、である。


「秘術とやらには及ばねえが、いい熱さしてやがる……」


 飛び上がりながら、中空で受けた獄炎を大剣に纏わせてグリムは不敵に嘯いた。

 構えるだけでクソほど熱いし、大剣を握る掌からはイヤな音と煙が上がっているが、なにするものぞとタコ野郎を睨め下ろす。敵をぶった斬るときは、弱味を抱えた面をしちゃならねえ、それがこれから命を奪う者への最低限の礼儀だからだ。


 グリムは下方へと向けた鋒から纏った獄炎を放って、更にもう一段飛び上がる。その高さは、ゆうにタコ野郎の二倍に達しようかという高度であり、大上段に構えた彼は、そこから急降下して斬りかかる。


「王女サマお手製の贈り物だ、受け取り拒否は不敬罪ってもんだぜ!」


 タコ野郎が防御のために触手を上げるが、まるで無意味。獄炎を纏ったグリムの大剣は、その触手諸共、頭部を割ってみせたのである。


 これぞ見事な兜割(かぶとわり)、と喝采するにはまだ早く、代わりにメアの声が鋭く響いた。


「浅いのじゃグリム! 彼奴はまだ――」


 動けるであろう事を手応えで感じ取っていたグリムは、すでに二の太刀を下段に構えて、倒れ込んでくるタコ野郎を迎え撃つ。狙いは初撃で割った頭部の亀裂で、大地を切り裂きながら奔る刀身は、地中でひたすら負荷を蓄え――


「いい加減、テメェの顔も見飽きたってんだよ! 地奔一閃(じばしりいっせん)蒼炎之太刀そうえんのたちッ!」


 そして振り抜かれた大剣が美しいまでの蒼い軌跡を描くと、斬り上げた勢いのまま背を向けたグリムの背後で、タコ野郎の頭部が二つに分かれて地に落ちた。

 かと思えば、次いでその切り口から吹き出した獄炎の蒼が揺らめいて、満身創痍で立っているグリムの姿を薄ぼんやりと照らすのだった。


 ……ついに決着である。が、疲れ果てて手も足も動かない。


 だが彼は肩で息をしながらも、遠くで膝を折っているメアを見つけると、彼女のなんとも言えない表情に剣を掲げて応えるのだった。


 ――それは静かなる勝ち名乗り


 本当は全力で歓喜の叫びを上げたいグリムであるが、死闘の果てでは、その余力さえ遙か彼方で、腕を上げるのが精々だったのである。

 だからまぁ、彼はしばらくその場に立ち尽くしていたのだが、その所為でタコ野郎の残骸が爆発した際に、それは盛大に吹っ飛ばされることとなった。


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