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魔王女さまのレコンキスタ 〜勇者と魔王は並び立ち〜  作者: 空戸之間
第一話 勇者と魔王、並び立ち
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UNSTOPPABLE ~強行追跡~ Part.3

「どうした?」

「……やはりいま一度、確認しておきたいのじゃが、村人達の護衛を妾に任せたのは、彼らの身を案じてだけのことか? 他にも意図があるのじゃろう?」


 グリムは片眉を上げて返答すべく息を吸ったが、Noの子音を吐く前にメアに先んじて釘を刺される。たおやかな笑みを浮かべたその口調は、お見通しだとでも言うようであった。


「誤魔化しはナシじゃ。安心せい、お主がどう答えようと、一度受けた頼みを反故にはせぬよ」

「参ったなぁ。感づかれるようじゃ、俺もまだまだ甘えや」

「して、本音は如何に?」

「足手纏いだとは思ってねえ。……でも半々だ、お察しの通りな」

「ふむ、そんなところだと思ったのじゃ」


 そう呟いたメアの表情は何故だか嬉しそうに思えたが、一度足音の方向へと目を向けた彼女は言いづらそうに続けた。慎重に言葉を選ぶその様子は、差し詰め、眠れる獅子の尾を起こさないように踏みつけようとしているかのようだ。


「のうグリムよ。妾は(たばか)ろうとしたお主の無礼を水に流し、頼みも聞き入れているじゃろ?」

「どうしたんだ、急にかしこまりやがって」

「頼みを聞いた代わり……、というわけではないのじゃが、お主にも、妾の願いを聞いてもらいたい。お主にとっては、酷く屈辱的な願いとなるかも知れぬが、どうか頼みたいのじゃ」


 メアは両手を合わせて、忙しなく指先を波立たせていた。まさにゆっくりとキマイラの尾を踏みつけている最中なのだから、落ち着けというのは難しいだろう。しかし、踏みつけられているキマイラはといえば、いかめしい顔色とは裏腹になんとも砕けた声で応じる。


「お固ぇな、メアは。やっぱし根っこは王女サマってことか」

「からかうでないのじゃ! 妾は真剣にじゃな――」

「――だから、それがお固えって言ってんだよ。貸しがあるから貸しを返せ、そいつを通して五分ってもんだ。取り立てるときに遠慮なんかいらねえんだよ」


 物事における貸し借りどころか、物を貸し借りする概念さえ稀薄なメアにとっては、目から鱗の価値観だったはずだ。だからグリムは、またしても固まってしまった彼女に代わって続きの言葉を促した。


「んで、お前はなにを頼みたいんだ?」

「……あぁ、うむ、そうじゃな。えぇと、お主はこれから、村へと向かってくる我が同胞と相対する事になるわけじゃな?」

「おそらくは。っていうか、間違いなく。――それで?」

「どうか剣を抜く前に、対話を試みてもらいたいのじゃ」

「対話しろって? それが頼みか」


 メアは首肯した。

 争いを止め、そしてこの世界が直面している共通の危機に対して、共に立ち向かおう。彼女が託したメッセージは、本来ならば彼女が自ら伝えたかったことであり、その為か、その嘘くさいまでに綺麗な文言は、だが温いと侮るには重みがあった。


「これまで我らと戦い続けてきたお主に頼むには、失礼であることは承知している。じゃがどうか、頼まれてほしいのじゃ」

「……メッセージは、いまので全部だな?」


 メアはもう一度首肯し、断れることを心配しながらグリムのことを見上げていたが、彼の返事は至って単純な物であった。


「わかった」と、この一言だけである。


「のじゃッ⁈ ほ、本当に良いのか、グリムよ⁈ お主にとっては、何一つ利にならぬ頼みじゃし、危険が増えるだけやも知れぬのじゃぞ? なのに、あっさり承諾して――」

「――吐いた唾は呑めねえだろ、やるだけやってみるさ。ただしこじれたり、向こうから斬りかかってきた場合は応戦する、それでいいな?」

「…………無論じゃ」


 にわかに沸き立った歓喜を鎮めてメアは静かに応じた。これから彼女が口にするのは、つまり同胞に対する殺害許可を与えるに等しいことだから、笑いながらなど口に出来るはずがない。


「同胞達が我らの流儀を、力による収奪を通そうとするのであればグリムよ、その時は全力を以て叩き伏せるのじゃ。一切の手加減も、毛ほどの慈悲も不要じゃぞ。魔族の流儀とは、奪うか奪われるかの二者択一、その流儀に従い奪い続ける事を選ぶのならば、無慈悲に奪われて滅ぶのもまた流儀なのじゃ」

「余計な心配だ、斬り合いが始まりゃあ加減もクソもねえって」


 もうじき戦いに身を投じることになるというのに、グリムはくだけた調子のままだ。まぁ、歴戦に加え、魔王とも闘りあったことを考えれば妥当ではある。


「俺に向ける気があるなら、じいさん達に向けてやれ。頼んだぜ?」

「それこそ余計な心配というものじゃ、妾がついておるのじゃぞ?」

 メアは強がってみせ、しかし別れ際に改めてグリムを呼んだ。

「もう話は終わったろ。時間がねえ、早く行けよ」

「気をつけるのじゃぞ、グリムよ」


 今度はグリムがぽかんと口を開ける番だった。耳になじむ言葉であるが、まさか魔族の口から言われる日が来るなんて、想像さえしたことがなかったのだ。

 だが、どうしてか不思議と、悪い気はしない。


「そっちも気をつけろよ、メア」

「うむ! ではまた後で会おう!」


 グリムの見送りを背中に感じながら、メアは駆け出し馬車へと飛び乗る。彼女が最後の乗客で、すでに村人達は全員逃げる準備ができていた。


「待たせたのじゃご老人、さあ馬車を出すのじゃ」

「しかしメアさん……」

「メアおねえちゃん。グリムおにいちゃん、おいてっちゃうの⁈」


 祖父の心配を継ぐようにして、隣に座っていたホリィに尋ねられるが、メアは毅然と背筋を伸ばしながら凜々しい笑みを作って教えてやる。心配なのはメアだって同じだが、彼女は魔族の本能として知っていた。戦場に臨む前ならばまだしも、残った戦士の身を案じるのは侮辱に近しい行為となる。


 故に守られる者、戦わぬ者が心に抱くべきは、戦士への尊敬と信頼だ。


「グリムは殿(しんがり)として村に残り、我らが逃げる時を稼ぐそうじゃ」

「でも、グリムおにいちゃん一人だよ⁈」

「案ずるのではなく信じるのじゃ、ホリィ。なにを隠そう彼奴(あやつ)は【授かりし者(ギフト)】じゃからな、一騎当千に値する力を有している。我らが村を離れるのも、彼奴を犠牲にして逃げるためではなく、彼奴の邪魔にならぬ場所まで離れるためじゃからな」

「ほ、ほんとう? メアおねえちゃん? おにいちゃん、だいじょうぶなの?」

「大丈夫だとも、我らがこの場から離れさえすればな。――ご老人、馬車を出すのじゃ。グリムが戦うのに邪魔になるぞ!」

「そ、そういうことでしたら……」


 老人が合図を出せば、老馬に引かれた馬車がゆっくりと村を離れていく。

 メアはその荷台から、遠ざかっていくグリムの……その堂々とした大きな背中をしかと目に焼き付けながら、誰にも聞こえぬ小さな声で呟いていた。

 彼が聞いたら怒るだろうが、しかし思わずにはいられない。


「……やはりお主は勇者たり得るのじゃ、グリムよ」


 そして馬車は夜道を進み、彼の背中も見えなくなった。


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