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魔王女さまのレコンキスタ 〜勇者と魔王は並び立ち〜  作者: 空戸之間
第一話 勇者と魔王、並び立ち
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UNSTOPPABLE ~強行追跡~ Part.2

 取るものも取り敢えず、グリム達は表へと飛び出していた。月明かり注ぐ夜の村はどこか幻想的であるが、何とも言えない不穏さが漂っている。それはきっと、険しい表情をしたグリムの手に大剣が握られているからではないだろう。

 彼と並んで森の様子を伺うメアは、人間に化けた姿で尋ねていた。


「あの足音は、魔物じゃろうか」

「……どうだろうな」

「同胞であれば、妾が説得することも可能やもしれぬのじゃ。人魔で争っている時ではない、我らが協力しあわねば、この世界が滅んでしまうと伝えれば――」

「――収まると思うか? 本当に?」

「収めねばならぬのじゃ、妾は!」


 それは魔王女であるが故だろうか。

 幼いメアが放った静かなる覇気は確かに王の気位を纏っていて、グリムも思わず神妙になる。魔王女の瞳に大きな器を見た彼はなるほど、メアならば確かに迫っている敵を止められるかもしれない(・・・・・・)し、連中を説得することも可能かもしれない(・・・・・・)と考えたが、首を縦に振ることはなかった。


「何故じゃグリム、何故止める!」


 メアが憤るのも無理はない。彼女が退くことはつまりグリムが前に残るということ、そして彼が残ったのならば、迫る魔物はすべて切り捨てるだろう。メアにとっていま退くことは、同族を見殺しにすることに等しい。


 だが、グリムにも当然うなずけない理由があった。


 まずは、村人達。説得するにしても逃がさなければ危険だ。メアの説得が失敗に終わった場合、誰一人として戦えない村人達は、無抵抗のまま魔物に虐殺されることだろう。

 二つめは、メアの説得が上手く運ぶ可能性が低いということ。夜間にもかかわらず、闇に乗じず、気配を殺すこともなく近づいてくるのは、すでに向こうが殺る気である証拠である。


 そして三つめ。

 ……これはメアにとって中々に辛い現実であるが、グリムは敢えて無遠慮に突き付けた。


「お前は、連中に認められてねえだろ」

「――――ッ⁉」


 まるで、突然殴りつけられたようにメアは大きく目を見開き、反論を探そうとしていた。だが、半開きになった彼女の口から言葉が出ることはなく、悔しさを噛みしめていた。


「魔王の血を引いている、それは俺にも分かる。だが血族を主と置くかは別問題だ。メア、お前は連中にとっちゃ魔王女でも何でもねえ、ただの魔族の小娘なんだよ」


 何を以て王とするのか、それは人間と魔族で別れることだろうがこれだけは言える、力を以て良しとする魔族が、血筋だけでメアを認めることはありえない。


 月夜に響く足音はまだ遠く、しかし確実に近づいてきている

 猶予は着実にすり減っていく

 足音は更に近くなり、地揺れはより明確になる


 ついには異常に気が付いたホリィの爺さんが、ランプを提げて外に出てきた。

「もし。グリムさん、メアさん……、この揺れは一体……」

「何かが村に近づいてきてる」

「ま、まさか、魔物ですか……⁈」

「まだ分からぬが、友好的でないことは確かじゃろうな」


 メアの声には明らかに不自然な悔しさが滲んでいたが、じいさんが気付くはずもない。じいさんにしてみれば今は一刻を争う一大事なのだから、メアを問いただすよりも孫娘の安全を優先するのが当然だ。


 だが、家へと急ごうとするじいさんをグリムが呼び止めた。


「慌てんなじいさん、連中が村に着くまでは少しだが余裕がある。ホリィを起こして、それから他の住民にも知れせてやれ」

「その必要はないようじゃぞ、グリム」


 メアの言うとおり、他の住民達も異常に目を覚ましたらしく、いくつもの灯りが木戸の隙間からチラついており、数分もしないうちに誰も彼もが戸口から外を覗っているのが分かった。

 こうなれば、わざわざ家を回るより声を張った方が早く、じいさんを家へと向かわせてからグリムは大きく息を吸い込んだ。


「デカい魔物が攻めてくるぞ! 死にたくねえ奴は逃げる支度して表に出ろ!」


 それは乱暴かつ詳細を省いた勧告であったが、各々感じていた違和感が確信へと変わったようで、家々の明かりの動きが激しくなった。

 効果は覿(てき)(めん)。とはいえ安心するにはまだ早く、彼はもう一つの心配事も片付けに掛かるが、提案する彼の口は重い。


「メア、お前もじいさん達と一緒に――」

「巫山戯るなッ」


 そして予想通り、メアは声を荒げる。ただでさえ未熟だと侮られているというのに、これ以上の恥を晒せというのかと、涙を浮かべて彼女は言った。


「誰が逃げたりするものか、妾も残るに決まっておるじゃろ! 妾から威厳も名誉も取り上げてなお足りぬのか⁈ 妾に残されているのは、最早我らの寄る辺たる力しか無いというのに、貴様はその誇りまでも捨てて逃げろ言う、どこまで愚弄すれば気が済むのじゃ!」

「してねえよ」

「しておるじゃろ! 戦うと申しておるのに、貴様は逃げろと言う。これが愚弄でなくて何だというのじゃ、妾は……、妾は弱いかも知れぬ、戦いの経験もろくになく、お主と比べれば遙かに力で劣るじゃろう……。じゃがそれでも、退けぬのじゃッ! ここで退けば、妾は妾たる由縁を失う!」


 グリムの前に立ち塞がるメア。動揺から揺らいだ変化魔法のせいで、時折彼女の表情は人間から魔族へと移ろいでいるが、そこに浮かんだ悲痛の色は変わることはなかった。


「妾は逃げぬぞ、なんと言われようともじゃ。説得が失敗に終わり、戦いになったとしても助けは無用、お主の手は借りぬ。見捨てようとも恨みはすまい、故に足手纏いとも呼ばせぬぞ。これでもまだ文句があるか、グリムよ」


 ある。いや、文句ではなかったが、言いたいことがいくつかあったグリムは、聞き手としての役割を捨てて、とりあえず「スッキリしたか?」と尋ねたのだった。

 その飄々とした口ぶりに、当然メアはまた頭に血を上げる。


「貴様……ッ」

「いやいや、コンプレックス吐き出してキレ散らかすのはいいけど、俺の話ちゃんと聞いてたか? 逃げろなんて一言も言ってねえだろ、俺はじいさん達と一緒に行けって言ったんだぜ」

「つまり逃げろ言っている、同じことじゃろうが!」

「そりゃあ、話の途中で割り込むからだ。俺はじいさん達が無事逃げられるよう、護衛を頼もうとしてただけだってのによ」

「……………………のじゃ?」


 万が一、攻めてきている連中がすでに村の背後に回っていた場合、足音と逆方向へ逃げたとしても着の身着のままの村人達は、自分から魔物が大口開けている罠の中へと飛び込むことになる。正直、この最悪の想定はないに等しい物であるが、とはいえ魔物たちが待ち伏せていなかったとしても、夜の森が老人と子供ばかりの集団にとって危険であることに変わりは無いので、グリムは彼らの護衛をメアに任せたかったである。


 と、丁寧に説明されてみれば、グリムの言動にはキチンと筋が通っていて、そうなるとメアは、先程と異なる恥じらいによって赤面することになっていた。


「では、妾は……」

「人の話を遮った挙げ句に早合点して、当たり散らしただけだな」

「ぬわぁーーッ! 皆まで言うでないのじゃ、悪魔か、お主はッ!」

「あんだけ八つ当たりされたんだ、愚痴の一つくらい許してほしいもんだぜ」


 やはり飄々とした様子でグリムは応じ、それからもう一度、同じ問いを投げかけた。

 腹立たしくも、優しい声で。


「スッキリしたか?」

「…………うむ。多少は、じゃが」

「ならよかった」


 バツが悪そうに口ごもる彼女はまるで普通の子供のようで、グリムもそれ以上責めることはしなかった。その代わりに、詰めるべき話を詰めていく。


「そしたら、俺の言いたいことも分かったろ? 俺が二人いりゃあ自分でどっちも面倒見るが、あいにく身体は一つっきりでね。足手纏いだなんて思っちゃいねえさ、じいさん達を守れるのはお前だけなんだ、頼んだぜ」

「妾が同行せねば危険が伴うと聞かされては、承諾するほかないじゃろ。分かったのじゃ、村人達の安全は、魔王女たる妾が守ってみせるのじゃ」

「そう肩肘張るなよ。俺は魔王女のお前にじゃなく、ホリィを庇ったメアに頼んでるんだ」


 その気軽な一言に、メアはハッとして呆然と口を開けていた。

 彼女が名を呼ばれるとき、そこには言葉にされずとも常に魔王女の地位がついて回っていて、その度に己のどこか重荷を感じていた。偉大なる魔王ディアプレドの娘でありながら、あまりにも無力な自分、魔王女と呼ばれるに値しないのではないかと、心の隅の方で、いつも不安がしゃがみ込んでいた。


 なのに思いがけぬ相手から唐突に差し伸べられた手によって、しゃがみ込んでいた不安は勇気に変わり、背筋を伸ばして立ち上がることになる。

 それは不思議な感覚だった。ほんの僅かな思考の変化、ただそれだけのことなのに、どうしてこうも肩が軽くなるのだろうか。


「魔王女である必要は、ないのじゃ?」

「少なくとも今はな。肩書きや綺麗事ばかり抜かす奴より、行動で示す奴を俺は信じる。それでいえばメア(・・)は、とっくに証明してるだろ」


 これまでもメアは、何度かグリムに名を呼ばれていたが、そこにある意味には気が付いていなかった。敬称も付けず、口ぶりは無礼。だが確実に尊敬が含まれている彼の言葉は、魔王女メアにではなく、魔族の少女メアに向けられた物であることに。

 であれば、自らが望んだ魔族の少女として出来ることをしようと、彼女は顔を引き締めてグリムを見つめ直す。


「では、こう言い換えるのじゃ。妾は妾の全力をもって、彼らを守ってみせようと」

「やっぱし、そっちの方が信用できる」


 同じく神妙な表情で応じたグリムが村の中へと目を向ければ、じいさんが馬車の支度を終えて村人達を集めていた。二十人ほどの村人達が最低限の荷物だけを持って三台の馬車に分乗していて、その中にはホリィの姿もある。


「……準備は終わったみたいだな」

「そのようじゃな。彼らを待たせるわけにもいかぬ、妾も急ぐとしよう」


 別れの挨拶もそこそこにメアは歩き去って行くが、馬車へと向かい初めて数歩で足を止めて振り返る。すると、見送っていたグリムと目が合った。


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